18 真っ黒ユリウス②
イットはすぐに戻って来た。
案内されるまま連れて行かれた先は、高い天井に明るい室内。棚やテーブルに綺麗に並べられた色とりどりの小袋。箱詰めされた小袋もある。
ガラスケースの中は形も大きさも色も違う、見たこともない物がたくさん並んでいた。
外見は茶色で中は黒という地味な物から、黄色やピンク色の色鮮やかな物。丸や四角に花や蝶の形。
ここはどこかのお店のようだ。
店員だと思われる女性が、椅子に座ったお客らしき子供と談笑している。
そのテーブルの上にはコップやお皿。
なるほどね、ここは食べ物を売るお店ってわけか。
僕にとっては初めて見る異世界の店内だけど、視線を彷徨わせるのはやめておいた。
僕の視線が動くとイットがニヤついた顔でこっちを見てくるからね。
ここでイットに紹介されたのがミリィだ。
黒髪黒眼は僕の国には滅多にいなく、神秘的だけれど間抜けそうで頭悪そう。
これが僕が初めて異世界虹ヶ丘で出会ったミリィの印象だ。
だからと言って僕は礼儀を欠かすことはしない。相手がどんなに間抜けそうで頭が悪そうな子供でもね。セーデルフェルトの名において、王太子として恥じない行動をするだけだ。
ミリィの手に触れた時、手を伝って何かが僕の体に流れ込んできた。血がざわざわと波打ち胸のあたりに温かさを感じた。
なんだこの感覚。
その時僕の頭によぎったのは、転移術を発動させる前に言ったクレーメンスの言葉だった。
『ユリウス様、魔力の保持者は魔力を持つ者にしか見つけられませ〜ん』
『どうやって見つけろと言うのです?』
何か目安になる物でもあればわかりやすいが、クレーメンスの答えは僕を戸惑わせた。
『魔力保持者が近くにいると体が相手の魔力を感じ取るのです。ですからユリウス様はご自身のお体の反応に耳を傾けて下さいね〜』
もっと明確な答えが欲しかったのだけれど、クレーメンスはそれしか方法はないと言う。
『魔力の保持者を見つけ、その者を連れ帰れば良いのですか?』
『ユリウス様は見つけるだけです。見つけてその人物が我が国へ招くのに相応しいか、じ〜っくり観察すれば良いのですよ。ユリウス様自らお持ち帰りしなくて大丈夫です』
後のことはクレーメンスの執事アントンに引き継がせるということだった。
魔力を体で感じ取るとはこういうことか。
クレーメンスの言葉を思い出した僕は、彼女が魔力の保持者で間違いないと頭で理解し、そして愕然とした。
こんな子がクレーメンスの後任になるなんてあり得ないね。
でも別の魔力の保持者を探すのも面倒だ。
魔力の保持者が目の前にいるのに、それを無視して異世界を歩き回るのは無駄だからね。
何より魔力の保持者が僕と同じ子供であるのは都合が良い。大人を言いくるめるより子供なら容易いからだ。
そうだ、この子に決めてしまおう。
ミリィがクレーメンスの後任に相応しいか僕が見極め、相応しくないと判断した時は自分の世界に帰ってもらえばいい。
「はい、一緒に食べよ!」
ミリィから渡された地味な物体は名前をどら大福と言うらしい。
「お店で売っているのだから安心して食べれるよ」
ミリィの言葉に引っかかりを感じる。
そういえば店を出る前、イットに試作品がどうとか確認していた。
この世界ではお店に売っていない物には不安要素があるのだろうか?
得体の知れないどら大福と言う物を食べろと言われても困る。
手の中にあるずっしりとした重みに似合わぬふかふかな手触りに甘い香り。
僕がどうしようかと押しつけられたどら大福に悩んでいると、その横で大口を開けて頬張るミリィが視界に映る。
口も目元もゆるめてしまりのない顔。さっきは気づかなかったけれど、よく見たら横の髪がはねている。寝癖か?
ゆるみきった顔に寝癖で、間抜けな顔が余計に間抜けになっている。
見た目の悪いこのどら大福はそんなに美味しいのだろうか?
「お腹すいてない?」
「そんなには……」
その時、不覚にも僕のお腹からきゅるると音がなった。
「これはその……」
僕は内心で自分の頭をかきむしったね。
ミリィの食べている顔を見ていたら、なんだかお腹が空いてきたなんて言えるわけない。
こんな子に弱みを握られるのも最悪だ。
ミリィは少し驚いたような顔をした後、真面目な顔をした。
「家のお母さんが子供にとっておやつは文化を学ぶ大事な習慣なんだって。それと子供がダイエットすると成長止まるとも言ってたよ」
「それは初めて知りました」
僕が減量中で食べたいのにやせ我慢をしているとでも思ったのだろうか。
それで僕に説教しているの? 君が僕に?
僕はミリィに悟られないように深く深呼吸する。少し心が落ち着いてきた。
セーデルフェルトとこの世界では考え方が違ってもおかしな事ではない。
ミリィの言っていることは胡散臭くて、いまいちピンとこないけどね。
僕は顔には出さずに穏やかに笑っておいた。
セーデルフェルトの王太子たる者、常に冷静で相手に感情を読まれてはならないからだ。
「僕はダイエットなどしていませんよ」
「それなら、自分のノルマは自分で食べてね。捨てたらうさぎ堂を出禁になっちゃうし、私一人でこのどら大福を食べたら夕ご飯が食べられなくなっちゃうもの」
美味しいから食べて、と勧めてくる。
再びどら大福を食べ始めたミリィ。
ミリィの顔を見ていたら、柔らかいけど焦げているようにしか見えない茶色い食べ物になんとなく興味を惹かれた。
普段なら出どこの不明な食べ物は口に入れないのだけれど、僕のちょっとした気まぐれだ。
これを食べてお腹をこわした時はイットに苦情を言えばいいか。
僕はそう思い直して地味な食べ物を思い切って口に入れた。
「あ、美味しい……」
どら大福は見た目に似合わず焦げた味はしなく、外はふかふか中はもっちりと濃厚で甘酸っぱい味がした。
「壱兎はお菓子の腕だけは良いんだよね」
ミリィがにっと笑ってきたので僕はいつもの笑みで返した。
境界の番人でもあるイットは、菓子職人としては良い仕事をするらしい。
こうして僕の異世界虹ヶ丘での、魔力保持者探しは終わった。
僕の境界越えは、決して大魔術師長クレーメンスの後任探しではない。
僕にとってミリィはあくまで魔術師候補で、クレーメンスの後任候補なんかじゃないからだ。