17 真っ黒ユリウス①
この17話からお立ち寄りの方へ。
ネタバレ要素が強いので、知りたくない方は1話からお立ち寄り下さいm(_ _)m
僕の名前はユリウス・シェル・エイナル・セーデルフェルト。
セーデルフェルト王国の王太子として生まれ、魔力の保持者でもある。
僕の魔力は平均的な魔術師より少しばかり高いらしい。そのせいで小さい頃は魔力をまき散らし、周りの者の手を焼かせたようだ。
棚に敷き詰められていた本を床にすべて落としたり、花瓶やお皿が宙に舞う。最後には床に落ちて粉々になる。周りにある物が勝手に動き好き勝手なことをする。
それは僕の意思とは関係なしに起こる。
困った父王が大魔術師クレーメンス・ルーベルト・アルムグレーンに相談し、僕はクレーメンスから魔力のコントロール方法を学んだ。
一見穏やかでやる気のない雰囲気のクレーメンスだが、暴走する僕の魔力を涼しい顔して止めていった。
自分の魔力が面倒くさいと思っていた僕だけれど、こうも簡単に魔力を鎮静化されて、なんだか悔しくなって腹が立った。
だからクレーメンスを困らせてやろうと考えた。
僕の魔力を止めたことから、クレーメンスには魔力ではかなわないことを悟った。僕は頭を使って質問攻めにしてやったよ。
質問はクレーメンスの専門外である剣術や国の統治についてだ。魔術師がそんなことはわかるはずもないと思ったからね。
でも僕の考えは甘かった。クレーメンスは嫌な顔一つせず全部答えたんだ。それもそのはず親切丁寧に図や絵を用いてね。
この時まだ小さかった僕にもわかった。
クレーメンスが大魔術師と呼ばれるだけでなく、魔術師長も兼ねている理由をね。
クレーメンスの頭の中には外見からは想像もつかないほど、多くの知識が詰まっているに違いない。
僕は勉強だけでなく剣術や馬術に弓もできる。周りから優等生だと思われているのは事実だから否定はしない。そんなことは王太子として当然で、誰かに言われるまでもないからだ。
褒められて嬉しくないわけじゃない。
だけど下心を隠してわざとらしく褒めてくる人間。ゴマをすりに来る貴族連中のうわべだけの言葉にはうんざりするよ。
いつもは適当に流していても、相手をするのが嫌になる時もある。
クレーメンスはゴマすり貴族とは違う。
一緒にいる時は気を使わなくて良い。
マイペースなクレーメンスは僕に気を使わないし、お世辞やおべっかも言わないからだ。
ゴマすり貴族に鬱々とした時は、クレーメンスの授業が僕のささくれ立った心を鎮めてくれた。
クレーメンスと過ごし魔力をコントロールできるようになった僕は、クレーメンスの授業を卒業させられた。
それから二年後だ。
「この度大魔術師長クレーメンスの申し出により、魔術師長の後任を探すこととなった」
僕は自分の耳を疑ったね。
突然、父君に広間に呼び出されたかと思ったら何の冗談さ?
クレーメンスは二十代前半だ。まだ引退するような歳じゃない。
だとしたら……病という文字が頭に浮かんだ。
クレーメンスの授業を卒業してからあまり会う機会がなくなっていたけれど、僕の知らないうちにクレーメンスは体を壊していたのだろうか。
「クレーメンスは体の具合が悪いのですか?」
「具合が悪いわけではない。クレーメンスは我が国に魔術師が少ないことを嘆き、セーデルフェルトの未来のために人材育成に力を入れたいと言ってきたのだ」
父君の言葉を聞いて僕は安心し、言われた言葉について考える。
国を守るためには騎士や魔術師はなくてはならない存在だ。しかし、魔術師になれる魔力の保持者が減っている。
それは国内に限らず、大陸中どこを探しても同じだ。
魔力の保持者が少ないのに、どうやって魔術師の育成をすると言うのか。
呼ばれてこの話の流れだ。
僕は頭の回転をフルにしある方法に思いあたった。
顔を上げた僕は父君と視線が合うと、意味深な顔で頷かれた。
やっぱり、そういうことか。
父君のこの顔で話の先が確信に変わる。
僕の知る限り一つだけ方法があるからだ。そして、父君は僕にそれをさせる気だ。
異世界転移術での境界越え。
父君が近くに来るように手招きするから、僕は父君との距離を縮めた。
「お前が異世界に行き魔力を持つ者を探し出してくるのだ。我が国の王太子よ、引き受けてくれるなユリウス」
僕の肩にゴツゴツとした手を置き顔を覗き込んでくる父君。
口調は穏やかだが、目が言っている。これは決定事項だと。
何か適当なことを言って断れないか考えを巡らせる僕に、父君はさらに言葉を続けた。
「クレーメンスの使命でもあるのだぞ」
それなら断る理由がないな。
「わかりました。境界越えの日時が決まったら知らせてください」
クレーメンスが僕を必要としてくれている。それなら期待に応えたい。それだけだ。
そんなわけで僕はクレーメンスの転移術で、セーデルフェルトと異世界を繋ぐ境界を越えた。
異世界転移術は高度な術で、術の発動者は転移できない。だからクレーメンスは境界を越えられない。
だから僕が境界を越え、異世界で魔力を持つ者を探しに来たのだけど、僕はその人物をあっさり見つけてしまうなんて、この時は思いもしなかったよ。
扉を開けると境界の番人だと名乗るイットと言う、妙竹林な格好をした胡散臭い男に出迎えられた。
イットは満面の笑みで両手を広げた。
「ようこそ、虹ヶ丘へ!」
ちょっとうるさいな。この至近距離で無駄に大きな声を出さなくても聞こえている。
こっちの世界で僕はよそ者だからね、印象良く対応しよう。
口角を引き上げて笑い返す。
「初めまして、セーデルフェルト王国から来ました王太子のユリウスです。通行手形はここに」
襟につけた記章を見せると、イットは頷いた。
「問題ないぞ。申請書を読んだが、俺はち〜っとばかし忙しくてな。案内人は他のやつに任せることにした」
イットがこの世界を案内してくれるわけではないのか。誰でも構わないけれど、できれば静かな人を希望したい。
イットは木枠に白い紙が貼られた奇妙な扉を開けた。
扉の向こうから草の香りとほんのり甘い香りがする。緑色の変わった床に木のテーブルと、つぶれたクッション。奥の壁には黒一色の地味な絵画が飾られ、その下の棚に白と紅の小さな花がそれぞれ花瓶に飾られている。
甘い香りの正体はこの花か。
「案内人がそろそろ来る時間だ。呼ぶまで少しここで待っていてくれ。あ、土足厳禁だから靴は脱げよ」
僕が部屋を観察しているうちに、イットは言うだけ言ってさっさとどこかに行ってしまった。
客を置いていなくなるだなんて、無責任な境界の番人だ。
僕の国の人間だったら即刻島流しにしているところだ。
でも僕はここでは異世界人。できないのが残念だね。
次回、もう1話ユーリ視点が続きます。