出会い 8
煌とクロエ、愛佳と岳たち、A組のメンバーは訓練場へと集合した。ここでの担当教員は担任である上杉が務める。
「ではこれよりINO実技訓練を始めたいと思います。それぞれ使用武器に分かれてそれぞれの訓練だ所へと向かってください」
重火器部門と近接部門とには分かれているが、このご時世に近接武器をメインに使うINO性などほとんどいない。実際分れろとは言われたが、全員が重火器部門へと向かった。
「じゃあまずは一条岳。あなたから始めてください」
上杉の声掛けで、岳はスタート地点まで進む。INOエージェントには、常に流動的に動き回って、敵に対処することが求められる。従って、この訓練では、ただじっとして迫り来る標的を撃つことではなく、あるフィールドの中を進みながら、ランダムに出現する標的を撃つことが求められる。
「準備はいいですか?」
「はい」
岳の返事が取れたところで、訓練開始のブザーが鳴る。それと同時に、岳は素早く動く。標的は数多く出てくる。さらに標的は味方と敵に分かれている。それでも岳はそれらを正確に見極め、撃つべき時とそうでない時を判断していた。多くの障害があるフィールドの中を岳は流れるように動き、早くも訓練を終わらせた。
「82%ですね。INO適性はAです。相変わらず素晴らしい結果ですね」
岳は、優秀であった兄、一条基を目指して常に努力をしてきた。この結果は当然といえば当然である。岳がクロエと愛佳のもとへ戻ってくると、賛辞の声が彼に向かってきた。
「さすが岳! いつも通りすごいね!」
愛佳の言葉から、クロエは岳がとても優秀な生徒であるということがうかがえた。
「本当にすごいわ。アメリカにもこのレベルのエージェントはなかなかいないわ」
クロエもお世辞抜きで岳を褒める。
「それほどでもないよ。いつも通りやってるだけだよ。あ、九条、次お前の番だぞ」
「本当だ、行ってきます!」
そう言って愛佳は訓練場所へと走って行った。
クロエは確かに岳のことはすごいとは思った。しかし、INOエージェントで最高の能力を持つほどとは思えなかった。ここでクロエは煌がいないことに気づく。
「あれ、煌は?」
クロエが辺りを見渡していると、岳がすぐに見つける。
「煌ならあそこだよ、ほら」
岳の指さした方を見ると、そこには壁に横たわって眠っている煌の姿があった。
「本当にINOエージェント候補生なの? 信じられないわ」
クロエが声を上げて驚き、呆れる。
「仕方ないよ。煌はいつも訓練の時間はああだよ」
クロエは煌が辛い過去を経験しているということを差し引いてもあの態度は許せなかった。クロエの心の中にふつふつと湧き上がるものがあった。
そこに訓練を終えた愛佳が帰ってくる。
「67%だったよ…… INO適性はCだったし……」
暗い様子で帰ってきた愛佳に岳は励ましの声をかける。
「そういう時だってあるさ。あ、次はクロエさんの番だよ」
「本当だわ、では行ってくるわね」
そう言ってクロエはスタート地点へと向かった。
クロエがスタート地点に立つと、全クラスメイトから、熱い視線が向けられる。
「アメリカ最高のエージェントだもんな」
「きっとすごいんだぜ」
「クロエさんなら90%も超えるんじゃないのかしら?」
そんなクラスメイトの声がそこらじゅうに溢れかえった。クロエはそんな声には耳も傾けずに集中している。
「では始めます」
上杉の合図の後にブザーが鳴らされ、訓練が開始される。クロエは目にも留まらぬ速さでスタートを切った。クロエの動きはさすがアメリカ最高のエージェントといったところか、その動きは岳のそれを超えていた。しなやかな動き、それでいて力強い跳躍、さらには冷静な判断力。クロエの力を以てすればこの訓練は余裕であった。クロエが訓練を終えると周りからは拍手が湧き上がるほどであった。
「95%です! この訓練でここまでを出すとは本当に素晴らしい! INO適性はSです!」
上杉の声は興奮しているようにも聞こえた。クロエが二人の元へ戻ってくると、愛佳も岳も驚きっぱなしだった。
「すごい、すごすぎるよ! あの訓練で95%なんて、先生でも出せないんだよ!?」
愛佳の声が裏返っている。それほど興奮することでもないとクロエは思う。
「ありがとう愛佳」
そう言うとクロエは煌の元へと向かった。
「クロエさん?」
岳がクロエの真意を捉えかねる。
クロエが煌の前に立つと、突然煌に話しかける。
「あなたはどうして訓練をしないの?」
煌がクロエの存在に気づく。
「面倒だからだよ」
煌のやる気のない返事にとうとうクロエはしびれを切らした。
「ふざけないで!」
クロエの突然の叫びに周りは驚く。
「どうしてあなたみたいな人がINOエージェント候補生なわけ!? みんな本気で世界を平和にしたいって思ってここに来てるのに、どういうつもりなの!?」
煌は黙っていた。そんな煌の態度がさらにクロエを苛立たせる。
「私のお母さんはネオナチスに殺されてるの!」
突然のカミングアウトに周りはざわつく。煌もこれには驚いたのだろうか、顔を上げてクロエの話に耳を傾け始めた。
「家族で出かけた時、ネオナチスのテロに巻き込まれて、私の眼の前で死んだわ! だから私はINOに入って、私みたいな思いをする人がいなくなるように今まで一生懸命頑張ってきたわ! それなのに、あなたは何なの!? 授業は寝てばっかりだし、訓練もサボりっぱなし! INOをなめないで! そんな中途半端な気持ちなら今すぐ出て行って!」
クロエは煌の態度を真っ向から否定した。
「わかったよ」
煌がため息をつきながら重い腰を上げてスタート地点へと向かった。
「え?」
クロエは起こったことを把握しかねて間抜けな声を出す。
「やってやるって言ってんだよ」
煌の言葉に外から見ていた愛佳と岳も驚くしかなかった。
「煌、どうしたのかしら?」
「俺にもわからないよ」
煌はスタート地点に立った。一体煌は何を考えているのだろうか? クロエはなぜ煌が訓練をやる気になったのかわからなかった。