出会い 7
「ーーこうして第三次世界大戦は始まりました。ここまでいいですか?」
上杉が授業にひと段落をつけ、みんなが理解できているかどうかを尋ねる。そこで煌が突っ伏して寝ているのを見つけた。
「煌はまた寝ているんですか。たまには意地悪してやりましょう」
上杉はニヤニヤしながら煌の元へと歩いていく。
「煌、起きてください」
「ん、ん……」
煌がまだ寝足りないという感じを出して、なんとか起き上がる。
「第三次世界大戦はいつ起こって、そしてどのような歴史的意義を果たしたかをみんなに教えてください」
隣で聞いていたクロエは答えられるわけがないと心の中でほくそ笑んでいた。みんなに恥ずかしいところを見せて、その怠惰を直せと思っていた。煌が起きて、答えようとする直前、クロエは煌の目の色が少し変わった気がした。
「第三次世界大戦は1987年勃発。これに連合側が勝利したことにより、同盟国はその覇権を失い、一党独裁制のファシスト主義が打倒され、連合側の共和制に移行。それにより、世界は連合の資本主義とソ連の社会主義の対立という二大勢力の図式ができた。こんなもんですかね?」
煌はクロエの予想に反して、立て板に水が流れるように淀みなく、すらすらと解答を始めた。これにはクロエも驚くしかなかった。
「ええ、その通りです。全く、授業も聞かない、予習もしない、そんなあなたがどうしていつもいつも正解するのか私には甚だ疑問です」
上杉はそう言い残して、再び教壇に戻ろうとする。その後ろ姿に煌は一言発した。
「予習ならしてますよ。まあ、俺が入学した1年前に一回だけですけどね」
上杉はああそうかと言わんばかりに右手を上げて、そのまま歩いていく。クロエは開いた口が塞がらなかった。1年前に一回だけ読んだことを、今でもまだ完全に記憶しているというのか。私が本気でやっても、ついていくのがやっとなのに。クロエはなんだか腹が立った。やはり煌は気に入らなかった。人の努力を鼻で笑っているようで、クロエはたまらなかった。
(でもこの才能、やはり煌はINOで一番のエージェントなのかもしれない……)
クロエの頭にはその考えがよぎった。気には入らないが、もう少し注意して見る必要があるようだと思った。
歴史の次の授業はINO訓練だった。生徒たちは訓練用の服に着替えるために更衣室へと、男女分かれて向かった。
クロエは愛佳と歩いている。
「ねえ、煌っているじゃない? あの人って、どうしてあんなにも賢いの? 寝てばっかりなのに」
愛佳はクロエの質問に首をかしげる。
「う〜ん。煌は一回見たらなんでかわかんないけど覚えられるって言ってたよ。どうしてそんなことができるのかはわかんないけどね」
考えられない。クロエは信じたくなかった。自分の努力が何の意味もなしていないようで、恐ろしいとも思った。
「どうして煌のことそんなに聞いてくるの? もしかしてクロエ、煌のことが気になってるとか?」
「誰があんなやつ!」
愛佳が茶化すが、クロエは大きな声で否定する。愛佳は何かまずいことを言ったと思って、クロエに謝る。
「ごめんねクロエ。怒らせちゃったね……」
クロエはそんな愛佳を見て、我に返った。
「私の方こそごめんなさい。でも、あんなやる気のないの、私は好きじゃないの。愛佳や岳は、煌に親身に話しかけてあげてるっていうのに、あの態度はないと思うわ」
クロエの的確な指摘に愛佳も頷く。
「確かにクロエにはそう見えるかもしれないわね。でも、煌は昔はとっても明るい子だったの。ああなっちゃったのには理由があってね」
「理由?」
クロエは愛佳に聞きかえす。
「うん。昔、煌はINOのエージェントだったの。さっきの歴史の時の様子を見て分かったと思うけど、煌はすごく優秀だった。だからINOの任務に駆り出されてたの。本当に凄かったらしくて、正規のエージェントを入れても、一番だったらしいわ」
クロエは黙って愛佳の話に聞き入る。
「でもね、任務中に事件が起きたらしいの。内容は何かは知らないんだけど、煌はそれであんな風になってしまったみたい。それほどショックなものだったんだよ、きっと。私は昔の煌を知ってるから、前みたいに普通に接して、煌に元に戻って欲しいだけ。もしもいつか戻ってくれるんなら、あんな態度とられてても、へっちゃらだよ!」
「そう、なの……」
クロエはそんな事情は知らなかった。確かに仕方のないことだ。それでも、そんな煌の過去を知らずに、一方的に嫌っていたことを申し訳なく思った。そのまま二人は更衣室へと入っていった。
煌と岳も男子更衣室へと向かっていた。
「おい、煌。九条にはもっと優しく接してやれよ」
岳が煌に助言をする。
「なんで?」
煌はまるで聞く気がない。
「なんでって、九条は煌に前みたいに戻って欲しいだけなんだよ。お前がそんな態度をとってたら、九条だって悲しいだろうに」
煌は黙って岳の言葉を受け止めていた。
「なあ煌、もういいんじゃないのか? 確かにお前は基を間違って撃ってしまったのかもしれない。でもそれは、もう過去のことだ。基だって、今のお前がそんなんでいることを願ってるわけないぜ」
岳は煌を励ます。だが煌は聞く耳を持たない。
「お前にとっては過去のことかもしれない。でも、俺とってはまだこの心の中で生きてるんだよ。俺はもう、INOエージェントには戻らないって決めたんだ。今こうして第一高校にいるのも、INOに、今は一旦ここで休養しろって言われてるからだ。卒業したら、大学に行って、普通に暮らすんだ。俺はもう、INOには戻らない」
煌は下を向きながら、岳にそう言った。しかし岳は煌の言葉に迷いがあるのを見抜いていた。岳も今は一旦諦めて、更衣室への歩みを進めた。
「俺は信じてるぜ、お前がINOに戻るってな」
うつむいてしか自分の意見を言えないものはまだどうするかを迷っているのだ。そう思った岳は煌もそうであると思った。岳の言葉に、煌は何も言わなかった。廊下の窓からは太陽が燦々と差し込み、煌の暗い顔を明るく照らしていた。