出会い 6
扉から入ったきた男に、クロエは面識があった。クロエは必死に思い出そうとする。
「あ、煌、おはよう!」
愛佳は煌に駆け寄る。
「もう、今日も遅刻? 昨日は明日は遅れないって約束したじゃん! 約束破ったらいけないんだよ!」
愛佳は嬉しそうに話すが、どこか寂しげだった。
「そうだっけか? ごめんな」
その男は全く心のこもっていない返事をして、クロエの近くへと歩いてきた。
そうだ、この男は、私が初めて学校に着いた時に、寮から出てきて、私とすれ違った男だ。クロエはこの男のことをはっきりと思い出した。
煌はクロエの隣の席に乱雑に座る。相変わらず制服は着崩し、だらしない格好だ。INOエージェントとしての心構えがなっていないとはこのことか、とクロエは思った。
「今日はね、煌に報告があるんだ! 左を見てみて!」
後ろからついてきた愛佳が煌に嬉しそうに話しかける。煌はいかにも面倒くさいといった感じでクロエの方を見る。
「転校生か? 見ない顔だな」
クロエは驚いた。クロエは煌のことを覚えていたのに、煌の方は全くの無関心といった感じで何も覚えていないのだ。
「正解! 新しく入ってきたクロエだよ!」
「へえ、そうだったんだ。俺は鷹司煌だ。よろしくな」
煌の態度は他の男子生徒のそれとは全く違っていた。お前なんぞに興味はない、そう言っているようにも思えた。
「私はクロエ=アシュフォード。これからよろしくね。ところでなんて呼べばいいかしら?」
「好きにしてくれ。どうせ呼ぶこともないだろからな」
クロエは煌の態度に苛立った。煌の態度は、多めに見積もっても、およそ初対面の人間にとるものではなかった。クロエは機嫌の悪さを表情には出さないが、愛佳は雰囲気の悪化に気づいたのか、とりなすように煌に話しかける。
「煌、クロエに失礼でしょ! ごめんねクロエ。煌はこういう子なの、本人に悪気はないの」
「いいのよ。私は嫌な気分になってないから」
クロエは本当は嫌な気分でしかなかった。しかし、愛佳の顔に免じて、ここは穏便に済まそうと思ったが故の行為をとった。
「おはよう、煌」
岳が煌の元へと歩いてくる。
「岳か、おはよう」
煌はここでも雑に返事をする。
「次は歴史の授業だぞ。予習はちゃんとしてきたのか?」
「そうだったっけか? 何もやってねえわ」
「上杉のやつ、前の授業で今日は誰かを当てるって言ってたからな。当てられても知らないぞ」
「まあ何とかなるっしょ」
クロエは、煌の、何にも関心がない、という態度にとても腹が立っていた。煌はいつも誰かの質問に対して、そうだったか、などと答えにもなっていない言葉を使う。この態度が、クロエはもっぱら気に入らなかった。しかし、転校初日からいざこざを起こすのは面倒だったので、黙っておくことにした。
授業が始まる時間が近づいている。すると教室の中に上杉が入ってくる。
「では授業を始めますよ」
愛佳と岳は自分の席へと去っていく。上杉はそう言って教壇に立つが、煌が来ていることに気づく。
「煌、今日も遅刻ですか。全く、あなたはINOエージェントとしての意識がまるで見られない。一体いつまでこんなことをしているつもりですか?」
上杉はため息をつきながら首を振る。
「すいません」
煌はこの一言しか言わなかった。しかし、クロエにはこの言葉の裏には煌の隠された何かがあるように思われた。煌のすいませんは何か重苦しいものだった。
(考えすぎね……)
クロエはそんな感覚的な直感を退けて、歴史の授業に集中を始めた。しかし、隣の煌といえば、始まるとすぐに机に突っ伏して寝始めた。クロエは開いた口が塞がらなかった。
「では今日は第三次世界大戦に至るまでの流れと第三次世界大戦の内容を説明していこうと思います」
上杉の言葉で授業は始められる。クロエは煌などとは絶対に仲良くすることができないとこの時確信した。