出会い 2
空港に降り立つと、そこにはクロエの転入先の第一高校の職員が待っていた。
「お待ちしておりました。これから私が第一高校へとお連れいたします」
アメリカ大統領の娘で、なおかつアメリカINOの最高のエージェントということもあって、出迎えは大きなものであった。
「ええ、よろしくお願いしますね。では爺、ここでお別れね。日本を楽しんでアメリカに帰りなさい」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、クロエは使用人達と別れて、第一高校の職員に連れられて、歩き始めた。
しばらく歩いていると、周りから黄色い歓声が飛んでくる。
「クロエ様!」
「なんとお美しい!」
アメリカ大統領の娘が日本に留学するという情報は大々的に報道されていたようだ。多くのやじ馬が集まっている。
「どうしてこんなにも私のために人が集まるのかしら?」
クロエは理由がわからなかった。大統領の娘ということはもちろんあるとは思うのだが、それだけがここまでの多くの人が集まるのもおかしな話だ。
「おそらく、彼らはクロエ様のお美しい姿を一目見たいのでしょう」
職員がクロエにそう告げた。クロエは本当に美しい。長い金髪、青い目、細い足、大きな胸、小柄で可愛らしい感じ。どれをとっても完璧であった。
「まあ、お上手ね」
クロエはそう言って、観衆の間を職員に連れられながら歩いて行った。
空港から出ると、駐車場に出た。職員に連れられて第一高校へと向かう車に乗せられた。
「クロエ様、お乗りください」
「ええ、ありがとう」
クロエは車に乗る。車は発進して、空港を出発した。空港の周りは多くの高層ビルが立ち並んでいて、その光景にクロエは感動した。
「日本って、本当にビルが多いのね。噂には聞いていたけど、びっくりしちゃった」
「そうですね。ここは東京ですから。日本はアメリカとはあらゆる面で全く違うと思います」
クロエと職員はとりとめもない会話をしていた。
「ところでクロエ様は、アメリカINOの最高のエージェントであられると聞いております。どうして、こんな島国の第一高校になど留学なされたのですか?」
職員の疑問は初めて留学を聞かされたクロエとよく似たものだった。
「お父様の勧めです。日本は素晴らしいINOエージェント育成機関があるから、私の力を伸ばすことができると。それと日本で学友を作って新たなタッグパートナーを見つけるのもいいと。そうおっしゃって私は日本に留学することにしました」
クロエは嬉しそうに職員に話す。
「いいお父さんをお持ちになられましたね。羨ましい限りです」
職員はアメリカ大統領には娘思いの面もあったのか、と心で思っていた。
「しかし、アメリカ最高のエージェントでいらっしゃられるのですから、第一高校でトップになられるのは容易なことでしょう」
職員はおだてでもなんでもなく、ただただ本音で、クロエの能力を高く評価していた。
「いえ、きっと素晴らしい方がいらっしゃいます。その中で頑張ってトップになることができればいいですわ」
クロエは表面上ではそうは言ったが、自分にかなうものなど誰もいないと思っていた。第一高校でも自分が一番になれると確信していた。
「ああ、確かに一人いますね。とんでもない化け物が」
職員の言葉が水を差す。クロエは職員の言葉に疑いの表情を見せる。
「そんなに優れた方がいらっしゃると?」
クロエはーー自慢ではないにせよーー自分よりも優れたINOエージェントがいるなどとはにわかには信じられなかった。
「ええ、能力値だけでは間違いなくINOエージェントで一番です。まあもっとも、過去の作戦のトラウマで第一高校に都落ちしてきて、現在は見る影もありませんがね」
「過去のトラウマ?」
クロエは理解できなかった。自分が最年少のINOエージェントであると常々、耳にしてきた。自分と同年代のエージェントがいれば噂も届くはずだ。にもかかわらず、自分と同じ年代で過去の作戦のトラウマを受けるとかそういった話は聞いたことがなかった。
「申し上げにくいのですが、これ以上は極秘扱いとなっております。あとは実際にご自分でお見極めになってください」
職員はそれ以上は語らなかった。
「私よりも優れたエージェントがいるなんて信じられないわ……」
クロエはそのことで頭がいっぱいになっていた。職員と会話をしている間に第一高校はすぐ近くへと迫っていた。
「到着です。ここが日本のINOエージェント育成機関、国立第一高校です」
クロエは職員の言葉に頭を上げると、驚くべき光景を目にした。
「これが……」
クロエは、第一高校の壮大さに思わず息を飲んだ。建物だけではなく、訓練場と思わしき土地も広大であった。
「まずは寮へとお送りいたします」
職員は車を第一高校学生寮へと走らせる。クロエは第一高校の敷地に入ってから、周りを見渡して、ただただ驚いていた。
「ここが学生寮です」
クロエが第一高校に心を奪われている間に、学生寮へと到着した。クロエと職員は車を降りる。
「この寮は最新の設備を整えておりますので、お困りになられることはないかと……」
職員はクロエに寮の説明を始める。クロエは職員の説明に初めこそ耳を傾けていたが、突如寮の一室の扉が開いて、中から生徒と思わしき男が現れた。その生徒は今から学校に向かうのだろうか。間違いなく遅刻の時間だ。寮から歩いてくるその男は制服を着崩し、だらしのない態度だったが、何か悲しげな雰囲気を身にまとっていた。
「おい、鷹司。今何時かわかっているのか? 遅刻じゃないか。さっさと学校へ行け」
鷹司と呼ばれた人物は職員に軽く会釈をして、クロエの横を通り過ぎた。
「お恥ずかしいところをお見せしました。それでは続きですが……」
クロエは特に気にすることなく、説明を受け続けた。これが鷹司煌とクロエ=アシュフォードの出会いであった。この時クロエはまさかこの男が自分に匹敵する、いや、全てを凌駕する能力の持ち主とは思いもしていなかった。