出会い 1
アメリカから日本に向かう飛行機の中に一人の女性がいた。
「クロエお嬢様、もう直ぐで日本でございます」
執事らしき老人が報告に現れる。
「そう。報告に上がってくれて、わざわざご苦労様」
「もったいなきお言葉です。それでは着陸した時の準備をしてまいります」
そう言って執事はクロエから去っていった。美しいロングブロンドヘアのクロエは、青い目をそっと閉じて、アメリカであったことを思い出した。
ーークロエは父親の前に立っていた。クロエはなぜ父親が自分を呼んだのかがわからないまま父の元にやってきたのだ。クロエの父はクロエが来たことに気づいていなかった。
「御呼びでしょうか、お父様?」
クロエの父親は、彼女の言葉に気づき、彼女の方を向く。
「おおクロエか、まあそこに座りなさい」
クロエは父親の机の前のソファにそっと腰掛けた。父親が他愛もない話を始める。
「6ヶ月ぶりかな。大統領になってから、仕事が忙しくて、なかなか会えなくて寂しい思いをさせているか?」
クロエの父親は、アメリカ合衆国大統領だ。大統領は日々の激務に追われ、一人娘と過ごす時間もない。
「いえ、お父様はアメリカのために働かれているのです。寂しいなどと言っては国民の皆様に申し訳ありません」
「そうか。立派な乙女に育ってくれて、私は嬉しいぞ。
分別のある発言をするクロエに、大統領は感心していた。
「ところでクロエも、アメリカINOの最高のエージェントとして忙しいんじゃないのか? ネオナチスとの戦いは順調ではないし、大変だろう。身の危険は大丈夫か?」
第二次世界大戦で連合国は、同盟国に敗北した。そこから世界中のソ連以外の国々は、同盟国の動きを危険視し、協力を始めた。この結果、1987年の第三次世界大戦ではなんとか同盟国に勝つことができた。
しかし、世界に平穏は訪れなかった。同盟国の残存勢力が、ネオナチスを創始し、再びファシスト主義による世界の席巻を試み出した。ここでは非人道的な人体実験も行われたとクロエは聞いていた。
INO(Intelligence of National Organization)とは、アメリカ、イギリスを始めとする連合国が、第三次世界大戦で敗北したドイツ始めとする同盟国におけるファシスト主義を、さらに推し進めた危険思想テログループであるネオナチスに対抗するために生み出された、世界秩序を守る特殊機関である。
そこでクロエは最高のエージェントとして所属していた。父親の心配などクロエにとっては杞憂にしか過ぎなかった。
「大丈夫です。私が作戦に失敗することなどありえませんから」
「そうか、ならいいんだ。ところで今日呼んだのは他でもない」
大統領は本題を切り出す。
「クロエ、お前は日本に留学しろ」
全く予想だにしなかった大統領の発言に、クロエは驚いた。
「どうしてです? 私にはお父様が日本留学を決められた理由がわかりません」
「日本は第二次世界大戦では同盟国側に属していたが、第三次世界大戦で連合国側についた。それ以降、日本は戦争責任を負うために、世界平和に貢献しているのは知っているな?」
クロエはこくりと頷いた。
「その日本の活動の中には、INOへの貢献ももちろん含まれている。日本のINOエージェント育成機関は本当に素晴らしいものだ。アメリカのどの機関よりも優れていると言っても過言ではない。現にINOにおける日本人の割合は年々高まってきている。日本の育成機関でお前はさらなる力を身につけることができるだろう。それに日本で学友を作るのも大切なことだ。新たなタッグパートナーを見つけるのもいいことだろう」
父親の日本留学を進める理由がクロエにはわかった。
「わかりました。そこまでおっしゃられるのなら、日本に留学します」
「うむ、それが最善だと思うぞ」
クロエは自分の力を伸ばしたかった。それならば、日本に留学しようと思った。ーー
そんなことを思っているうちに、飛行機は日本上空にたどり着いていた。
「お嬢様、間も無く着陸です」
クロエはシートベルトを締める。
「日本ってどんなところなのかしら?」
そんな期待を胸に、クロエは日本での生活に心躍らせていた。