コンペティション 3
煌は屋上にいた。愛佳の言ったとおりだった。
煌は屋上が好きだった。過去のことを思い出して、苦しくなった時、屋上に来ると、誰もおらず、ただ上に広がる大空だけが煌を何も言わずに優しくも素っ気無く受け入れてくれるからだ。
煌は一人で静寂の中で何も考えずにあるがままに過ごしていた。
「ガチャン」
扉の開く音が静寂を破る。煌の意識も扉の音により取り戻された。
煌は起き上がって扉の方を見る。そこにはクロエの姿があった。
「何の用だよ?」
煌が静寂を破られたことにやや怒りを覚えながら、クロエに尋ねる。
「あんた、さっき急に取り乱したから、何があったのか聞きに来たのよ。私のせいなんて言われても後味が悪いしね」
クロエは煌の元へと近づく。
クロエは煌の目の前に立ち、煌の目をじっと見つめる。
「何だよ?」
煌はクロエの真意が分からず、怪訝な表情をしながらクロエを見ていた。
「さっきはごめんなさい」
クロエは突然深々と頭を下げる。
「ええ? どういうことだよ?」
煌はクロエが謝っている理由がわからない。
「さっき、普通に登校してきたあなたは私と話したことでに急に取り乱したわ。原因はもしかしたら私にあるのかなと思ってさ」
「ああ、そのことか」
煌はどうでも良さそうだった。煌は屋上で少し一人になったことである程度心が落ち着いていたようだ。
「そのことかって……。あなた、さっきはあんなにも取り乱していたくせに、今となってももうどうでもいいってこと? ありえないわ。私にも少なからず責任があると思ってこうして謝りにきてるっていうのに」
クロエは煌の態度に呆れてしまう。
「まあ、お前のせいではないというわけではないけど、俺の持病みたいなもんだよ。クロエが気にすることじゃないさ」
煌は手すりに手をかけながら外の景色を見ていた。
「ならいいんだけど」
クロエは長い髪をかきあげてそう言った。
「もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
クロエは煌に近づきながら言う。
「なんだよ?」
煌はいかにも面倒くさいというふうに返事をする。大方、どうして自分とペアを組まないのか、そんなことだろうと思った。
「あなたを苦しめている持病は一体なんなの?」
煌の隣に立ったクロエも手すりに手をかけた。煌の表情が真面目なものへと変わる。いつもちゃらけた感じしかしない煌を見てクロエはやはり何かあると確信した。
「あなたは素晴らしい力を持っているわ。それはこの前の訓練でわかった。でもあなたは再び前みたいに戻ってしまった。私にはその持病があなたの邪魔をしているとしか考えられないわ」
「それを明らかにしてどうするつもりだよ?」
煌はクロエと目を合わせようとはしなかった。
「その持病のせいであなたがコンペティションに出ないのはもはや明らかだわ。だったらその持病を解明して、あなたとコンペティションに出るだけよ」
煌は目を合わせないと確信したので、クロエも外の景色を見ながら煌と話していた。
「どんな人間でも秘密にしておきたいことの一つや二つを持っている」
煌はもっともらしい理屈をこねて自分の過去を明かそうとすることを避ける。
「私はあなたとコンペティションに出たいの」
クロエが煌の方を向いた。煌を見つめている。
「この学校の職員からも、上杉からも、この学校にはとんでもない生徒がいるって聞いたわ。私はその人とペアを組みたい。転校してから数日しか経っていないけど、あなたがその生徒だってことは明らかよ」
「とんだ買いかぶりだな」
煌はまるでクロエに取り合おうとしない。
「どうして!?」
クロエはついに話をはぐらかし続ける煌にしびれを切らした。
「あなたはすごいわ! とても強いわ! 私なんかの何倍も、何十倍も! それなのに、そんな持病とかのせいであなたが自分の力を発揮しないなんて、INOエージェント育成機関にいるものとしてありえないわ! ここにいる人間はみんな世界の平和を守りたいって思ってINOエージェントを目指しているのよ! それなのにあなたは……」
必死に説得する中、クロエは岳の言葉を思い出した。
「無理強いはしないでやってほしい」
その言葉がクロエを黙らせた。岳がそう言うぐらいなのだから、煌の持病はそんな単純なものではないのだろう。クロエはそう思うと、もはや何も言えなかった。
急に黙り込んだクロエに煌は不思議に思い、クロエの方を見る。
「そうよね……。私がお母さんの仇を討つためにINOに入ったように、あなたにもここにいながらもINOエージェントにはなりたくない理由があるのよね。勝手なことを言ってごめんなさい。この話は忘れて」
そう言ってクロエは煌の元を立ち去ろうとした。このような結末は、さすがの煌でも後味が悪く思われた。
「待てよ」
煌はクロエを引き止める。クロエは振り返った。
「わかったよ。こんな落ちこぼれでもいいんだったら、組んでやるよ。どうせもうペアもほとんど決まっちまってるだろう。このまま俺が組まなかったせいであんたが一人になっても、後味が悪いしな」
煌の言葉にクロエの表情をぱあっと明るくなる。
「本当!?」
「ああ、本当だ。ただし条件がある」
クロエは黙って聞いていた。
「俺は訓練をしない。もはやお前だけでも勝てるレベルだろう。それと、今回限りだ。コンペティションが終わったら、俺の過去を暴くのはもうやめてくれ。俺にも関わらないでくれ。お前といたら、思い出してしまうよ……」
クロエの必死な姿は、性別の差はあったが、基に似ていた。煌は悲しそうにクロエに言った。
「ええ、わかったわ。それじゃあよろしくね」
「ああ、一回限りのペア成立だ」
ペアこそ組んだが二人の間には隔たりがあった。二人の間を、涼しい風が吹き抜けていった。