コンペティション 1
訓練から数日が経った。
「煌は今日もお休みなの? 全く、あいつったら、あの訓練の日からずっと休みっぱなしじゃないの」
クロエや愛佳、岳は真面目に学校に来ているが、煌は学校に来ていなかった。
「どうしちゃったのかな? 訓練の結果だってクロエより良かったのに、何を落ち込むことがあるんだろう?」
クロエや、愛佳はなぜ煌が学校に来れていないのか、その理由がわからなかった。
「きっと何かあるんだよ。気長に待とう」
岳も知らないふりをしたが、煌の休んでいる理由を知るものは、生徒の中では少なくとも岳だけだった。岳はここで煌の過去を自分が言うべきではないと思った。煌が自分と向き合って、受け入れることができるようになるべきだとも思ったから、岳がそれについて言及するのは差し控えた。
クロエはもう誰が最高のエージェントなのかを分かっていた。間違いなく煌だ。あんな才能を見せつけられても何も気づかないクロエではない。クロエは煌のことをますます興味深く思った。
「そういえばINOコンペティションがもう直ぐだ。愛佳、また俺と組むか?」
「あーそうだったね、うん、岳と組むなら文句なんてないよ」
突然クロエの知らない情報が、岳と愛佳の間で交わされる。
「INOコンペティションって何?」
クロエが知らないことに二人は気づいていなかった。クロエに求められた説明を始める。
「クロエは知らないよね。INOコンペティションっていうのは、二人一組のペアを作って、この学校全体の各学年ごとでその頂点を争う校内大会よ」
「この大会の結果も成績に反映されるから、真剣に取り組まないとまずいんだよ。優勝ペアには彼らのINOエージェントとしての道も開かれるから、みんなこの時期は本気なんだ」
「そうなの…… 煌は出ている?」
「ううん。 一回も出たことないよ。今回出なかったら、退学になっちゃうかもしれないんだけどな」
愛佳と岳から細かい説明を受けたクロエは顎に手を当てて、考えごとをする。
「そのペアは誰と組んでもいいのかしら?」
「うん、基本的には学年をまたがなければ許可されているよ」
このやりとりを聞いていた男子生徒たちがクロエの周りに急に寄ってくる。
「クロエさん、俺と組もうよ!」
「俺こう見えても強いんだよ? 優勝狙えるって!」
「クロエさんに助けてほしいなぁー」
下心丸出しの男子生徒たちがクロエとペアを組むことを嘱望している。だがクロエの答えは既に決まっていた。
「ちょっと! クロエはあんたたちとなんか組まないわよ! だいたい釣り合ってないってなんで気づかないかな?」
愛佳が男子に強く当たる。これにクロエも畳み掛けて、やんわりと断る。
「悪いけど、もう当てができているの。だからあなたたちとは組めないわ。本当にごめんなさいね?」
クロエの言葉に一人の男子生徒が問いを発する。
「じゃあ、一体誰と組むつもりなの?」
クロエがその質問に答えようとした瞬間、扉が開く。煌だった。
「煌、おはよう! 久しぶりだね!」
「ああ、おはよう。お前は本当にいつも元気だな」
煌が愛佳の明るさに半ば呆れている中で、岳も挨拶をする。
「煌、しばらく休んでいたけど、どうかしたのかい?」
「ああ、前の訓練のことでいろいろ考えてたら、学校に行けなくてよ。答えが出なかったから、学校に来たら何か変わるかもって思ってな」
煌の言葉を聞いて、岳は煌が悩んでいる理由を確信した。やはり、あの訓練で味方を撃ってしまったことがまだ響いているようだ。
「そうか、まあとにかく元気そうでよかったよ」
岳はそう言ってごまかした。
「ところでなんでこんなにも賑やかなんだ?」
煌はいつもよりも自分の席の周りに人が集まっていることを不思議に思う。たかっていた男子生徒たちの煌を見る目は訓練を受ける前と後とで一変していた。その目には、畏敬の念すら感じられた。
「INOコンペティションの話をしていたのよ。これまであなたとは無縁だった大会のね」
「ああ、そういえばもうそんな時期だな」
煌はクロエからこの言葉を耳にするまで、その存在をすっかり忘れていた。
「そこで、あなたにお話しがあるわ」
「急に一体なんだよ?」
煌はクロエのかしこまった様子に身構える。
「今回のINOコンペティションの私のペアは鷹司煌、あなたに決めたわ! どうせ組んでくれる人なんて誰もいないでしょ? 私があなたと組んであげるわ!」
周りがクロエの発言に驚きを隠せない。煌は開いた口が塞がらなかった。
「何言ってんだよ? 俺はINOコンペティションに出るつもりなんてないぞ。勝手に決めてくれるな」
「もう無理よ、私決めたから!」
クロエは、一度決めた決断を変えるつもりはなかった。
「煌、クロエがそう言ってくれてるんだから、コンペティションに出ないといけないわ。この前だって、訓練に参加して、うまくできたじゃない」
愛佳も煌を誘ったクロエに驚いていたが、煌をコンペティションに出場させるため、前回の訓練の結果を煌に思い出させる。だがこれは逆効果だった。岳が突然焦る。もちろん愛佳には、悪気などなかった。皮肉にも、励ます言葉が、嫌味になってしまったのだ。煌の表情がとたんに曇る。
「愛佳!」
岳がそう言った時には既に遅かった。
「どいつもこいつもうっせえんだよ!」
そのまま煌は教室を出て行った。
「煌!」
岳は呼び止めるが間に合わなかった。