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Artificial Selection  作者: 宮本護風
第一高校編
10/15

出会い 9

「おや、煌、訓練に参加するのですか?」


上杉が滅多に、というかこれまで一度も訓練に参加しなかった煌にそうたずねる。


「ああ、あそこの転校生がピーピーうるさいから久々にやってやろうと思ってさ」


煌はそれを理由にした。スタート地点で準備をしていると、他の生徒たちがざわつく。


「おい、あいつが実技すんのか?」


「やめときゃいいのにな、どうせ判定もFとかだぜ」


「クロエさんや岳の後にやるなんて、惨めなだけよ」


口々に煌の行動が生み出すであろう結果を決めつけていた。煌はここで短剣を取り出した。上杉はそれに気づく。


「煌、それは短剣ですね? ここは重火器部門ですから、近接部門に行ってください」


「あー、そういやそうだったな。まあもうめんどくさいから、ここでいいわ」


煌は上杉の指示をないがしろにする。これを見たクロエが岳に話しかける。


「煌って近接武器の使用者だったの? 今時近接をメインに使うなんて、遅れているわね。それに近接部門の武器で、重火器部門の訓練に対応できるわけないじゃない」


クロエは馬鹿にするようにそう言った。それに岳と愛佳は反論する。


「煌ならきっとできる。クロエは煌の力を見ていないからそんなことが言えるんだよ。私たちにはわかるわ」


「いろいろ批評するのはいいと思うけど、結果を見てからにした方がいいと思うよ。クロエさんの評判に関わるよ」


二人から同時に反論を受けて、クロエは罰が悪そうに黙り込んだ。それでもクロエは、煌の結果がひどいものに違いないと確信していた。


「そうですか、それでは重火器部門でいきましょう」


上杉は煌の力を知っているのか、近接部門への移動を強いなかった。


「準備はいいですか? ブザーが鳴ったら訓練開始です」


「ああ、いつでもいいぜ」


煌は短剣を構えながら、目を閉じた。そんな彼の行動が笑いの的となる。


「なんだよあいつ、構えだけは一丁前だな」


「かっこつけてんじゃねーよ」


そんな言葉が飛び交う中、煌は自分の世界に入り込む。


これまでずっとやらないとダメだと思ってきた。このまま止まるわけにはいかないと思っていた。でもそれを行動に移すことはどうしてもできなかった。愛佳や岳が、どんなに優しく俺に語りかけてくれても、それはできなかった。


もちろん、二人のせいにしているわけじゃない。悪いのは他の誰でもない、この俺だ。でも、二人の優しさが俺に甘さを与えていたんだ。俺はまだ辛いだろうから、無理しなくていいんだ、っていう甘さだ。でも、あの女は違う。クロエは、俺に真っ向からぶつかってきた。俺のそんな事情なんて知らない、俺は甘えているだけだ。そんな俺はINOエージェントとして相応しくないから出て行け。そう言われたことで、なんか俺まですっきりしたよ。踏ん切りがついたよ。だから基、俺もう一回やってみるよ。お前のためにも、何より俺を立ち直らせてくれた愛佳や岳や、クロエのためにも。俺がいつまでもいじけていても、お前は帰ってこないもんな。基、ちゃんと見ててくれよな。


「煌ならできるさ。頑張れよ」


基の声が聞こえてきた。物理的な音はもちろんありもしなかった。それでも煌の耳には、確かに基の声が聞こえたのだ。その基の言葉が、煌を完全に決心させた。


ブザーがなった。煌の目は見開かれる。それと同時に、煌はスタートした。煌の動きは常人のそれを凌駕していた。煌はまだアウスバルの能力を使っていない。それでも、煌の動きは何よりも素早く、無駄がなく、しなやかだった。短剣が届く位置にある標的には、自分から短剣を当てに行った。今の所はノーミスだ。周りが再びざわつき始める。


「おい、嘘だろ?」


「重火器部門に近接武器で挑んで、これはありえねえって」


クロエも驚く人間のうちの一人だった。まさかここまでの力を持っていたとは思いもしなかったのだ。しかし、銃でしか狙えない位置の標的ももちろん存在する。それにはさすがに対処しきれないだろうと、クロエは高をくくっていた。だがその期待は奇しくも裏切られた。


短剣の届かない標的に向かって、煌は、小さな短剣をいくつも取り出し、投げ始めたのだ。投げられた短剣は、寸分の狂いもなく、標的の頭の部分に的中した。


これまで騒がしかった周りも黙り込んで煌の動きに見入る。まだノーミスで来ている。パーフェクトもあり得る。その期待が募ってくる。クロエはもはや言葉を失っていた。煌とは何者なのか。それはわからなかった。しかし、一つだけわかった。煌がINOで一番のエージェントであるということだ。クロエは愛佳と岳とともに煌を見守っていた。


残りの標的がどんどん少なくなっていく。5、4、3、2。あと一つだ。これでパーフェクトだ。周りの期待は募った。


「これで終わりだ」


煌は出てきた標的に短剣を投げる。誰もがパーフェクトを確信したその時、煌の表情が曇る。そう、その標的は味方のものだったのだ。煌の脳裏にあの習慣が蘇る。煌の投げた短剣は標的の脳天に命中した。


訓練終了のブザーが鳴る。


「99%です。惜しかったですね。判定はもちろんSですよ」


上杉は別段驚かなかった。煌の能力値をやはり知っていたのだ。全員が脱帽する中、煌の鼓動は荒かった。呼吸も徐々に早まってきている。


愛佳と岳は駆け寄ってくる。


「煌、やっと立ち直れたんだね!」


愛佳の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。それほど嬉しかったのだろう。


「さすが煌だ。俺の期待に応えてくれたな」


岳も嬉しそうに煌に話しかける。


「なんだ、あなたやればできるんじゃない。すごいわ」


クロエは自分の記録が抜かれたことを少し悔しく思ったが、こんな記録を、しかも短剣で出されてしまっては、煌の力を認めざるを得なかった。クロエの賛辞に、後ろめたい心はなかった。


しかし、煌の表情は晴れなかった。


「やっちまったよ……」


クロエと愛佳はなんのことかと首をかしげる中、岳の表情が曇る。もしかしたら、、煌はやっと立ち直れたのに、味方の標的を撃ったことで、またトラウマが立ち現れたのかもしれない。そう思うと、煌が不憫で仕方なかった。


「やっぱ俺INOエージェント向いてねえわ……」


そう言って煌は訓練場から出て行った。


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