東京を囲う壁
昨夜はみんなと話していたら、気づけば深夜の12時を回っていた。
そして現在、朝の5時。かっこよく言えば旅立ちの朝だ。
何でこんなに早いのか?それは敦士兄ちゃんの勧めで、混雑の少ない早朝に出発することになっていたからだ。
こんな早朝だというのに、俺と夜中まで喋っていた子供たちがしっかり起きて見送りにきてくれている。
「それじゃぁ行ってきます!いっぱいお肉とか持って帰ってくるから!」
軽い死亡フラグを立ててしまった気もするけど…気にするのは止めよう。
珍しく、おばさんと春香が泣いている。意外にも耕太が泣きそうな顔をしていたのには驚いた。
俺は絶対に戻ってくると、みんなに約束をして敦士兄ちゃんの車に乗り込んだ。
俺は昨日の寝不足がたたり、眠気を抑えることができず、途中で助手席から後部座席に移動させてもらい寝かせてもらっていた。
車に乗って1時間くらい、俺が寝始めて40分くらいだろうか、外に東京を遮る巨大な壁が見えてきたぞと言われ起こされた。。
「あれが鉄壁 だ。でっけーだろ?あれが東京都全体を覆ってるなんて、昔の俺なら絶対に信じられなかっただろうな…」
敦士兄ちゃんが言うように、目の前の壁は目が覚めるほどに巨大であった。
目の前で見ている自分でさえ未だにこの壁の存在を信じ切れていない。高さが300メートルはありそうな巨大な壁が東京都を覆っているだなんて、昔は誰が聞いたって信じるどころか笑われるだけだったろう。
わかりやすく言えば、東京タワーに囲まれてるようなものだ。
東京タワーは倒壊してしまったらしく、俺は1回しか見ることが出来なかったけど…。
「入り口は全部で城南門、城西門、城東門、城北門の4か所、海沿いも鉄壁に囲まれてるから、この門は必ず通らなきゃいけない。だから警備の点でも完璧だ。元々ダンジョンから魔物が溢れた時のことを想定して作られたらしいから、警備とかの細々したメリットはおまけみたいなもんなんだけどな。おかげで入るのには少し面倒だ」
俺は目の前に広がる壁や敦士兄ちゃんの説明に開いた口が塞がらない。
「なぁ?葉は拠点は新宿でいいよな?新宿のダンジョンは初級から EX まで全てのレベルが揃ってるし…。被災したのは確か新宿だったよな?それなら…家族の手がかりを掴むためにも俺は新宿をお勧めするが」
「うん。新宿で大丈夫だよ。ちなみに敦士兄ちゃんはどこが拠点なの?」
「まぁそう言うと思って城南門〈旧世田谷区側、神奈川方面からの入り口〉に向ってるんだけどな。俺の拠点?俺は渋谷だよ。って言っても都市部ではポタ屋っていう転移スキル持ちが店を構えているから、拠点ってだけで活動は全域だけどな」
ポタ屋〈正式名称:ワープポータルサービス〉とは転移スキルを習得した者が、依頼者の希望する場所に瞬間転移させてくれるサービスである。
往復、片道、距離などで料金が変わり、東京都内であれば割とリーズナブルな値段で行けるらしい。
ただポータル屋は1度行ったたことのある場所にしか行けないので、人によって行けるところと行けないところがある。
気になって、東京都外や海外にも瞬間転移は出来るのか聞いてみたが、どうやらそれも可能なようだ。しかし、事前申請が必要で更にその国の決まった箇所のみでの転移に限られる。その規則を破って瞬間転移届を出さずに転移すると初犯でも懲役30年という重い罪に問われることになる。
ちなみに懲役と言っても転移したりスキルで破壊して脱走すればいいのでは?と思っただろう。
それは不可能らしい。なぜなら能力によってSSSからEまでランク付けされ、魔石から作ったスキル封じの手錠を嵌められる、そこに24時間監視が付くのだから脱獄なんて不可能ってことなんだろう。
この手錠は指輪に形を変え、都外に出る冒険者にも装備が義務付けられている。
敦士兄ちゃんに魔法を襲われなかったのはそれが理由だ。
どっちにしろ敦士兄ちゃんにはあまり魔法の才能はなかったらしく、スキルはあるが水を出したり小さな火を出すくらいしか出来ないらしいが。
「それならすぐに敦士兄ちゃんに会いに行けるんだね。ちょっと安心したよ」
右も左もわからない東京で生活するのは少し不安だった俺はそれを聞いて安堵した。
「リーズナブルって言っても、それは俺たち冒険者の話だからな。葉がポタを利用するのはしばらく先になると思うぞ?物価もそれなりに高いから、お前の所持金や家族の遺産金を含めて円から DY に替えても入都料払って、装備を整えて、回復薬買って、宿に食費とかの生活費が固定でかかることを考えたらもって半年位だろうしな。それまでは俺がちょこちょこ会いに行ってやるからそんな顔するな」
「いやいや、そう言ってくれるのはありがたいけど物価も思ったより高いみたいだし。ダンジョン探索も不安だよ…。そういえば通貨は DY って言うんだっけ?同じ日本なのに通貨が違うって変な感じだね」
「お前は初級のダンジョンならパーティーを組めば深層に行っても問題なく稼げるはずだから、レベルを上げながら潜ってればその不安もなくなるよ。人間やってみなくちゃわからないからな、最初はみんなそんなもんだよ。あ、そういえば通貨の説明をしてなかったな。悪い悪い」
特に説明を忘れたことは反省していないようだが、敦士兄ちゃんは丁寧に通貨について教えてくれた。
ダンジョン都市では特殊加工された紙幣を独自通貨として流通させており、全世界、共通レートでの取引になるらしい。
10DY=100円〈世界共通で100円の価値で固定〉
100DY=1000円
1.000DY=10.000円
10.000DY=100.000円
100.000DY=1.000.000円
これがダンジョン都市内でのレートらしい。
通貨価値は日本円の10倍だと思えばわかりやすいか…。
駆出しのルーキーでさえ、安宿に一泊するのに2.000DYもすると聞いた。
一般の冒険者は高額な金を払い、冒険者学校に入学して初級ダンジョンの浅層をソロで稼げるくらいで卒業らしいから、普通はパーティーを組んで中層くらいに行き生活をギリギリで成り立たせているらしい。
パーティーだと頭数で報酬を分配するので、報酬の額もたかが知れている。ルーキーの報酬は殆ど生活費に消えるって話だ。
元が取れるようになるのは中級の浅層に行けるようになってからだという。
食事が都内であれば魔物の肉は安いので屋台で50DYから、レストランなら300DYくらいから食べられるのだけが救いらしい。
あまりにも物価が高いが、冒険者としてそれなりに安定していけば気にするような額でもないらしく、敦士兄ちゃんは「葉はそこまで心配することはない。」と言ってくれている。
何だかルーキーの死亡率が高い理由がわかってきた気がする…。
俺の予想だけど、ルーキーは自分に出資した額を早く取り戻したいが為に、自分の力量以上の階層に入るのではないか…。
この予想は間違っていない。ルーキーほどレベルが上がると自信過剰になりやすく、収入の増大を考えて、安全マージンを取らずにダンジョンに入ってしまう傾向がある。
勿論、冒険者ギルドもそれを注意、警告はしている。それでも死者が出続けているのはギリギリの生活を強いられ、尚且つ、ダンジョン内での命のやり取りという強いストレス下におかれたルーキーの精神状態からくるものだろう。
「葉の場合は中層をソロで潜ることも出来るだろうから、信頼できる人間に出会うまではパーティーを組まないって手もあるな。後ろからバッサリとか後ろから魔法が…。何てこともない話じゃないからな」
「それってただの殺人じゃないか!ダンジョン都市の治安ってどうなってんだよ…」
敦士兄ちゃんの言葉に俺の顔は青くなった。
『ダンジョン都市には力をつけたならず者も多い。そんな奴らを制裁する特殊治安対策組織『ペルソナ』があるが、治安はいいとは言えないな…。人数が全くもって足りてない。理由は色々とあるけど、戦闘能力が一番の問題だな。最低でもレベル25からしか試験を受けることはできない。現時点での最高レベルが35ってのを考えるとやばさがわかるだろ?確かにそれくらいのレベルがないと死亡率が高くなりすぎるってのはわかるんだけどな…。まぁレベルの底上げも時間の問題だろ。そのうち治安はよくなるさ』
そういえば、こんなことを話してもらった記憶がある…。
結局、まだ治安は良くないのかよ!!!
「ちょっと不安を煽るのは止めてよ…。でもそれならダンジョンに潜るのはしばらくはソロにしようかな…」
「悪いな。ただ、知っといて損はないだろ?それに前よりは治安が良くなった方だぜ?不夜城を除いてだけど」
「不夜城?何それ?やばいの?」
「不夜城はやばい。歌舞伎町の旧コマ劇にある成長型ダンジョンだ。ここは人型の高レベルモンスターや高レベルのお尋ね者のたまり場で、それに加えてダンジョンに潜った力不足の冒険者や飲み込まれた人間がモンスターに洗脳されて襲ってくる。ここは治外法権とまで言われていて、法律は無いに等しい。洗脳も解く為に治療はされているようだが、未だに洗脳が解けた人間はいねぇ。そんな場所だがドロップとお宝がとんでもなく高値で取引されることと、徐々に成長をすることから冒険者が潜らざる負えない…。全く性質が悪いぜ。ちなみにお前の家族はここには確実にいないから安心しろ。」
「敦士兄ちゃんが、確証もないのにいないなんて言うとは思えないけど。何でいないってわかるんだよ?」
「ダンジョンに飲み込まれた奴らは、全員が被災の時にいた場所に出現したダンジョンからしか発見されてないからだよ。今までのケースから考えればその考えは正しい。これは予想だけど、お前の両親がいるとしたら都内最大級の EXダンジョン『バベル』だ」
バベル…。聞いたことはある。
災害後に初めて探索された難攻不落の塔。
5年たった今でも攻略の見込みはない。
現在の攻略組みの最高到達層は54層、40階層からは5階層上るたびに強力な敵が出てくるせいで、攻略が中々進まないらしい。
「っとそろそろ城南門が見えてきたな。そろそろ着くから身分証と金を用意しておいてくれ。」
敦士兄ちゃんに言われて身分証とお金を用意しながら外を見る。
遠くから見た時には感じなかったが目の前に広がっている壁は圧倒的に高く、そしてとつもない威圧感を感じる。
。
「よし、着いたぞ!門は…今なら空いてるな。葉?どうした?お前すごい間抜けな顔してるぞ?まさかここにきてびびったんじゃないよな?」
「いや、壁の大きさに圧倒されてただけだよ!いいから行こう!」
俺の返事にクスクスと笑う敦士を気にせず俺は城南門へ視線をそらす。
それでも笑いを止めない敦士にいらっとした葉は後部座席から運転席に蹴りをいれるのだった。
次回!入都!




