失ったものと得たもの
暗い話ですがお付き合いを。
5/30加筆修正
5年前の今日、俺は家族をあの大災害で失った。
父さん。
母さん。
そして妹の千佳。
その日は、春休みで暇を持て余していた千佳のお出掛けしたい発言をきっかけに電車に乗って新宿へ映画を見にきていた。
『お兄ちゃん!映画面白かったね!』
ぱぁーっと晴れたかのような眩しい笑みで千佳が俺に話しかける。
妹ながら将来、美少女になるだろうなと思うほど可愛い。
先に言っておくが決してシスコンではない。
断じてない。
そんな俺の思いをよそに微笑みながら俺たちを見守る父さんと母さん。
理想の家族。
まさにそんな言葉が当てはまるような幸せな家族だった。
大災害が起こったのは家族と映画を見て、これから食事をしようと話しているところだった。
立てない。
膝が崩れるほどの揺れだった。
倒れた時に父さんと母さん、千佳の悲鳴が聞こえた。
家族のほうを見ると突然現れた建物に飲み込まれるようにして消えていく姿が見えた。
俺は叫んだが、まるで俺の声をかき消すかのような轟音と共に3人の姿が見えなくなった。
俺が覚えているのはそこまでだ。
目を覚ますと病院のベッドだった。
「父さん、母さん、千佳…」
ベッドから起き上がり点滴の針を抜くと、俺は病院の中で涙を流しながら自分の家族を探してまわった。
俺の声が聞こえたのか、すぐに看護師さんがやってきて「大丈夫だから、大丈夫だから」と抱きしめて声をかけてくれた。
部屋に連れ戻され、安定剤を投与された俺はまた眠りについた。
何日位たっただろうか、しばらく入院すると落ち着いてきたのか人の話も少し耳に入るようになった。
『東京は経済機能が停止したらしいぞ』
『死者、行方不明者が三百万人を上回りそうだってさ』
『ダンジョンの資源で日本は持ち直せそうだ』
沢山の話が聞こえた。
どれも難しいことを話していてよくわからなかったが、大変なことが起こっているのだろう…とは直感的にわかった。
それから数日すると怪我も良くなり退院することになった。
どうやら親戚の家へと預けられるらしい。
車で迎えにきた叔父の顔は迷惑そうだ。
元々、親戚の家とうちは仲が良くなく。親戚の家は俺にとって居場所がなかった。
家族が行方不明になり、俺は心配で家族の安否を聞くが叔父さんは迷惑そうな顔をする。
俺は叔父さんに家族のことを聞くのを止めざるおえなかった。
お世話になっているのだ。
少しでも迷惑はかけないようにしよう。
だから俺はいつも寂しさで押しつぶされそうになりながらも、それを見せまいと明るく振る舞うように努めた。
だがそれも癇にさわったのだろう。
『お前を預かってるのはお前の両親が死んでれば遺族には金が入るからだ』
そんなことまで言われた。
俺は寂しさや不安を抑える為、そして少しでも迷惑にはなるまいと明るく振る舞っていたのに、それすらも許されはしなかった。
素直に感情をだして泣いてみれば蹴られ、食事さえも食べさせてもらえない日もあった。
悔しかった。
殺してやりたいとも思った。
だけど家族の顔を思い出すとできなかった。
それからしばらくして区役所の人が家にやってきた。
「残念ですが…」
叔父さんは悲しそうな顔を作り話を聞いていた。。
玄関の閉まる音と同時にこちらに向かってドスドスと歩いて近づいてくる。
薄暗い部屋に自分の心臓の音だけが響いていた。
子供のころの自分にはその時の叔父さんのニタァとした顔が恐ろしく、今もその顔を忘れることはない。
「お前の家族はみんな死んだってよ!これで俺へ拾ってもらった恩返しができるなァ!」
何度も何度も蹴られながら家族の死を伝えられた。
涙もでてこなかった。
お金なんてどうでも良い。
きっとみんな生きてる。
それだけを信じて辛い目にも耐えてきた。
だけどもう限界だった。
薄暗い部屋に何かが折れたような音が響いた。
次に目を覚ましたのは懐かしい薬品の匂いがする場所だった。
瞬間的に病院だ…と理解することはできた。
「こんにちは。体の調子はどうかな?」
目の前にはすごく優しそうな雰囲気をした50代くらいのおばさんがいた。
俺は返事もせずにじっとその人をうかがうことしかできなかった。
おばさんは俺に構わず話を続けた。
叔父さんに暴力を振るわれ、物音を聞いた近所の人が通報してくれたこと。
叔父さんはそのまま警察に捕まったこと。
このおばさんは施設の園長だということ。
そして、俺はそこに住むことになったこと。
自己紹介もしてくれた。
田淵恵子、それがこのおばさんの名前だ。
だけど、当時の俺はおばさんが話をしている間、あの時のニタァとした叔父さんの顔を思い出していた。
あの時の俺はかなり青ざめていただろう。
捕まった原因になった俺へと仕返しにくるのではないかと体が小刻みに震えていた。
だが、おばさんは何も心配はいらない。
終始、そう思わせてくれるような優しい笑みを浮かべている。
「あなたは立派な男の子だわ。貴方の叔父さんからは何があっても守ってあげる。もうあの家には帰らなくていいのよ」
話半分くらいにしか聞けていなかったことに怒られるかもと思ったが、おばさんの口からは予想外の言葉が出てきた。
怒られると思っていた不安は嬉しさに消えていた。
もうあの家に帰らなくてもいいことが。
そして、何よりおばさんの優しさが。
まずはお礼を言おう。
あ…っと言おうとして気が付いた。
いくら喋ろうとしても声が出ない。
「無理して話さなくても怒らないから大丈夫よ。もしかしたらと先生が言っていたの。ストレス性の物だから本当に声がでないわけじゃない。きっとお友達や生活に慣れれば治るわ。だから今は大丈夫」
言いたいことが伝わったのにびっくりして少し目を見開く。
おばさんの微笑んだ顔は何だか懐かしさを感じた。
きっとこのおばさんは本当に怒らない。
このおばさんはちゃんと俺のことを考えてくれているとわかった。
そして、退院の日。
おばさんは俺のことを車で迎えにきてくれた。
きっと迎えに来てくれると思っていた。
黒の軽自動車の窓からおばさんが手を振ってくれている。
俺は何だか照れくさくなり小さく手を振りかえす。
車に乗り込むとおばさんは運転しながら改めて自己紹介をしてくれる。
「改めまして、私の名前は田淵恵子。坂江 葉君。これから一緒に頑張ろうね。葉君のこと、他の子供たちも楽しみにしてるわよ。きっとすぐに友達ができるわ」
俺も自己紹介をしなくちゃいけないと思い声を出そうとするがやはり出ない。
入院してる間も出そうとはしたが結局それが叶うことはなかった。
悔しい気持ちを抑えながら頭を俺は小さく縦に振る。
車に揺られて15分くらいであろうか、目的地に到着した。
「着いたわよ。どう?大きいでしょう?ここが貴方の新しいお家」
目の前の家は確かに大きいが古い建物で、お世辞にも綺麗とは言えなかったが嫌ではなかった。
おばさんは迎えに来る前に買い物に行っていたのだろう。
後部座席から両手一杯の買い物袋を取り出し車にキーを掛けると、それを持って玄関の方へ歩いて行く。
「みんなに紹介するからついてきてね」
その言葉に頷きおばさんの後ろについて歩く、大きな玄関の横には葵学園と書かれた板が立てかけられている。
扉を開けて玄関で靴を脱ぐと「この部屋にいてね。」とすぐ横の扉をあけて案内してくれた。
中は食堂のようになっていて大きなテーブルに椅子が沢山おいてあった。
買い物袋を降ろしたおばさんは、また廊下へと消えていく。
「みんなー!新しい家族がきたからご挨拶しますよー!」
部屋を見回していると廊下からおばさんの声がした。
どうやらみんなをこの部屋に呼んでいるようだ。
おばさんの声と同時にドタドタと廊下を歩く音や階段を下りてくる音がした。
部屋に入ってくる子たちは下は幼稚園くらいから上は自分と同じくらいの子まで、あわせて9人程だ。
みんな元気そうで、この場所が良い所なのだろうと感じさせてくれる。
「今日から新しい家族になる坂江 葉 (さかえ よう)君です。みんな仲良くして下さいね!葉君は今、喉が痛くて喋れません。喋れるようになったらいっぱいお喋りしてあげてね!」
はーい!と元気な返事が返ってきた。
おばさんが察してくれて、声が出ないのは喉が痛いということにしてくれた。
「坂江!俺の名前は中本 耕太!10歳だ!よろしくな!」
短髪の髪を逆立たせたやんちゃそうな同い年の少年だった。
「耕太!葉君が困ってるでしょ?あんた元気すぎんのよ。ごめんね、坂江君。私の名前は水門 春香、耕太と同じで10歳。坂江君も10歳なんだって?同い年同士よろしくね?」
「え?坂江も同い年なのか?それなら余計仲良くしようぜー!!」
耕太に比べる大人びた印象があり、黒いストレートの長い髪がよく似合う整った顔をしている。
「だから、坂江君が困ってるでしょって!」
「困ってないよな?坂江!!」
肩を組んできてこっちに同意を求める耕太に向って特に困ってはいないので首を縦に振った。
「ほーら!困ってないじゃんかよ!」
「耕太…私たちが一番年上なんだから子供みたいなこと言わないの…下の子達が真似するでしょ!」
「はいはい、すいませんでしたすいませんでした」
春香はため息をつきながらもう慣れたと言わんばかりに面倒そうな顔をしている。
「さぁーって!今日は葉君の歓迎会も兼ねて晩御飯は少し豪華にするからみんな手伝ってー!」
おばさんの声に子供たちが返事をしてキッチンの方へと向かっていく。
「坂江!俺たちも行こうぜ!今日はご馳走だー!」
「葉君は今日は大丈夫だからゆっくりしてて!耕太はこっちこないで!どうせつまみ食いしかしないんだからそこで葉君とお喋りしてて!」
春香の言葉にぎくっとした耕太は拗ねながらも渋々だが従うようだ。
「春香の奴、自分は味見とか言いながら食べる癖に…。あいつは母ちゃんかっつーの!なぁ!坂江!」
肩をばしばし叩いてくるが声が出ないため返事ができない。
「あぁ…お前まだ喋れないんだっけ?てかお前って本当に喋れないのか?たまにいるんだよなぁ…。親に捨てられてショックで声が出なくなる奴。だけどここの奴はみんな同じだ!お前も元気だせよ!」
同じだ?元気だせよ?だと?
笑いながら肩を叩いてくる耕太に、まるでお前のことは全部わかってるぜ?と言われたような気がしていらっとした。
気づいた時には拳を握りこみ、耕太の顔を殴っていた。
耕太が倒れて椅子にぶつかった音で我に返る。
耕太は殴られるとは思っていなかったようで唖然としていたが、だんだんと怒りが込み上げてきたようで起き上がると葉に向かって飛びかかった。
「何すんだよ!折角、俺が励ましてやろうと思ったのによ!!」
「こら!耕太!止めなさい!!」
キッチンからでもその音は聞こえたのだろう。
おばさんがこちらに戻ってきて耕太を止める。
それに耕太は大人しく従うがまだ耕太は納得できていないのかおばさんに文句を言っている。
俺はおばさんにも嫌われた。
もう本当に帰る場所が無くなったのだと思い気づけば靴も履かずに飛び出していた。
兎に角、何も考えずに走った。
しばらく走ると少し広い公園を見つけた。
俺は公園に入るとベンチに座って泣いた。
声は出ないが涙だけはこれでもかとばかりに流れてくる。
どれくらい泣いていたのだろう、今はもう覚えていない。
気づくと公園の入り口からこちらを見ているおばさんがいた。
俺は咄嗟に逃げようとするが、そんな俺に向っておばさんが言葉を投げかけてきた。
「どこか行くあてはあるの?」
俺は足を止めて首を横に振る。
「そう、それなら帰って来なさい。みんな待ってるわよ?」
そう言いながらおばさんは俺に近づいてくる。
俺がどうすればいいのかわからず愚図愚図しているうちにおばさんが俺に追いついた。
おばさんは俺を抱きしめてくれた。
「無事で良かった。心配したのよ?耕太から話は聞いたわ。あの子も反省してる。ただ暴力は駄目。力は誰かを守るために使うものよ。いい?それと、あの家の子達はみんなが遠からず、葉君のような経験をしているの。勿論、耕太もね。それだけは忘れないでね?」
抱きしめたまま、おばさんはそんな話をしてくれた。
おばさんの声は優しく暖かかった。
あぁ、これは母さんと一緒だ…
ふとそんなことを思い出したらまた涙がこみ上げてきた。
気づけば俺は声を出して泣きわめいていた。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
と何度も言った。
その度におばさんは俺の頭をなでながら「大丈夫、大丈夫」と何度も言い聞かせるように、あの優しい声で俺を包み込んでくれるのだった。