始祖の少女
仕事が忙しく、更新が遅くなりました。
暇を見て書き溜めたい…
「うぅ…。いってて…。生きてる…?のか?」
全身から伝わる痛みは俺に生きてることを教えてくれる。
「ここはどこなんだ…?バベルに地下階層はないはずだよな…。これは…」
バベルに地下階層は発見されておらず、バベル周辺にも地下ダンジョンは発見されていない。
ではここがどこなのか?それは葉の視線の先にある物によって窺い知ることが出来る。
「レール…?バベルの下…。普通に考えれば旧新宿駅なんだろうけど…」
レールはコケやツタが生えており、辛うじてレールと判断できるような状態だ。
周りの壁も同じように緑に覆われており、レールが無ければただの洞窟にしか見えないだろう。
ここで葉は先ほどから感じていた違和感に気付いた。
何でこの洞窟は薄明るいんだ…?
『旧新宿駅を基にした未発見ダンジョン』
この文字がすぐに頭をよぎった。
当たり前の事ではあるが、普通の洞窟の場合は中が薄明るいなんてことはない。
薄明るいとすれば人工的な物か又はダンジョンか…。
バベルから落ちてきたことを考えるとダンジョンでほぼ間違いはないだろう。
葉はすっと腰からナイフを抜くと腰をやや落として周りの気配を探る。
ポタッ…ポタッと滴る水の音、サッサッという何かが地面を擦る音、風が吹き込んでいるのか僅かにだが風の音もする。
そのどれもが自分からはある程度、離れた距離から聞こえており、すぐ自分の身に危険が迫っているということはなさそうだ。
〈これからどうするか…。ここがダンジョンだとして、ダンジョンの難易度も自分が何階層にいるのかもわからないところで動くのは危険だろう。だけど、未発見のダンジョンだとしたら…。救助は望めない…か。ステータスもまだだってのにピンチは変わらずだな…〉
取り敢えず、いつ魔物に襲われてもいいように、ナイフを構えながら風の音がする方向へ歩を進めた。
歩き始めて数十分は経ったであろうか、風の音が強くなるのとともに、先ほどから聞こえるサッサッという地面を擦るような音も大きく強くなってきた。
目の前は曲がり角になっている。
恐らく、この曲がり角の先に音の正体があるのであろう。
葉は額からツーッと流れる汗を拭い、ナイフを構えなおすと、腰を低く落としてゆっくりと曲がり角に近づいていく。
ドキ…
ドキ…
心臓の音だけが頭に響くようにして聞こえてくる。
これが救助にこれるような場所であれば、こんな危険な行動はしないのだが、ダンジョンの難易度、魔物の強さを確かめなければ生き残ることも出来ないのだ…そんなことを自分にいいきかせながら葉は曲がり角から少しだけ顔を覗かせた。
子供…?
曲がり角の先に見えたのはブロンドの髪が美しい、小さな男女の子供だった。
だが、目の前の光景は何とも異様なものであり、葉は背筋を凍らせてしまう。
子供が二人、まるでホラー映画のゾンビのように、体中を真っ赤に染めながら魔物の肉を食い散らかしているのだ。
ゾンビと違うのは体が腐敗している様子もなく、全身が血まみれでなければ、10歳前後くらいのヨーロッパ系の子供にしか見えない。
〈魔物…なのか?食い散らかされてる魔物は弱くはなさそうだ。これをあの二人が倒したのであれば
…〉
食い散らかされている魔物は15メートルはありそうな蛇型の魔物で、これを一人で倒せと言われても難しいだろう。いや、仮に2人、3人であろうとも倒せるかはわからない。
それをあの二人が倒したのだとすれば、俺よりもよっぽど強い。
あの子供が魔物であれば倒すことは出来ないだろう。
ちょんちょんっと後ろから、突然、肩を叩かれた。
振り返ると、ゴシックドレスを着た美少女がポツンと立っていた。
歳は10代前半くらいであろうか、漆黒の髪を引き立てるような青白い肌、真っ赤な瞳、ダンジョン都市でも振り返ってしまうような整った顔立ちなのだが『こいつは人ではない』と俺の第6感が警鈴を鳴らしている。
「お兄さんお兄さん。貴方から美味しそうな匂いがしているの。変だなぁ…。お兄さんは人間?少しだけど、私たちと同じ匂いがする…。でも私たちとも少し違う?食べたいなぁ…食べたいなぁ…」
ゾクっという嫌な感じを振り払い、反射的にその場から飛び退くと、ヒュンっという風を切る音と共に、先ほどまで首があったところを手刀が空を切った。
「すごい!何で避けれたの?お兄さんはまだレベル0だよ?食べるのは中止!お兄さんが欲しい!一目惚れ?解体?飼いたい!お兄さんを飼いたい!」
〈何で俺のレベルがわかってる!?!!?それに今の手刀、下手なナイフよりも鋭いぞ!?!!?!?やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい、逃げられるか?いや、逃げる、絶対に逃げる、こいつには勝てない、絶対に勝てない、どうする?どうすれば逃げられる!?〉
紙一重で手刀は避けたはずのなのだが、首からはすーっと血が滴る。
避けていなければ首が落ちていたのは容易に想像がつく。
「「姫様、その変な奴は何ですか?食べていいですか?僕(私)達、お腹が空きました」」
「駄目?駄目!このお兄さんは私が貰うの。勝手にお兄さんに手を出したら殺すから?」
こいつらも気配が全くしなかった!?
気づけば自分の周りにいる異様な存在は3つに増えて、逃走の経路を確保するのは難しくなった。
この3人には今の自分では到底敵わないのはわかっているが、葉はナイフを構えなおし、戦闘体制を整える。
「クスクス。私たちと戦うの?今のお兄さんじゃマリルとマリナのどっちか一人と戦っても敵わないよ?死ぬよ?私のペットになれば生かしてあげるよ?」
マリルとマリナっていうのが少年と少女の名前なのだろう。
二人とも見た目は年相応の可愛らしい顔立ちをしているが、にこにこと笑っている顔は可愛いというよりも獰猛な印象を受ける。
「そんなに死にたいの?あぁ、人間はこんな時、生きたいから立ち向かうんだっけ?だっけ?昔、私たちの国を滅ぼそうとする勇者っていわれてる奴が言ってたっけ?言ってた?クスクス。弱かったから思い出せないや。そうだ。お兄さんにチャンスをあげる。私が今から、お兄さんを改造してあげる。死ぬかもしれないけど、どっちにしろ死にたいならいいよね?クスクス。生きれるかもしれないならいいよね?でも、もし生きてたら私たちと鬼ごっこしよ?逃げきれたらお兄さんの勝ち。今回は見逃してあげる。今回は…ね?ね?マリル、マリナ、お兄さんを押さえつけてー?」
嫌だいやだ嫌だ嫌だ!
勇者?弱い?改造?鬼ごっこ?意味がわからない。
視界が一気に傾いて衝撃が襲う。
地面が近づいていくのをスローに感じながら俺は地面へと吸い寄せられた。
仰向けにされて両手両足を押さえつけられる。
両手を少女が、両足を少年がしっかり押えており、体を動かそうとするも、全く動く気配はない。
「さてさて、お兄さん?お兄さん?改造と言っても難しいものではないの。でも私でも生涯、1人にしか施せない儀式だから少し緊張。死なないでね?ね?」
少女の指からは鋭い爪が伸び始め、その爪を少女は自分の手首にあてると、一気に切り裂いた。
手首からは血がドクドクと流れ、どこから取り出したのか、ガラスの瓶に自分の血を集め始める。
「私たち血族の血は劇薬にもなるし秘薬にもなるの。お兄さんには毒になるかな?薬になるかな?クスクス。あ、お兄さん、シャツいらないよね?もしかしたら死ぬかもしれないし?生きてても男の子だもん。平気だよね?」
俺の返事も聞かずにシャツを破る少女の顔は何とも言えない色気に満ちていた。
破ったシャツで少女は自分の腕を拭うと、傷口をぺろりとなめる。
さっきまであった傷口は綺麗に塞がっており、陶器のような肌に戻ってしまった。
「ふふふん~♪上手に脱げました?脱げました?さてさて、お兄さん?改造の準備は整いましたよ?クスクス」
どのような原理かはわからないが、鋭く伸びていた爪は今は無くなり、少女は女の子らしい細い綺麗な指で瓶に溜まった血を掬い取る。
その掬った血を葉の上半身に垂らし、魔方陣のようなものを描いていく。
あついあついあついあついあついアヅイアズイあついあヅいあつい!!!!!
体に浸み込むような熱さで言葉にならない叫び声をあげるが、少女はお構いなしと言わんばかりにニコニコしながら魔方陣を描き続ける。
「我は血を司る者の始祖也。始祖の血の導きにより、此の者に眠りし血を覚醒させよ。《ζχξυκΠΛσΛφπγΘξυ》」
聞いたこともない言葉を少女が口にすると同時に、瓶に残った血を口にふくみ、少女は葉に口移しで血を飲ませる。
葉も抵抗しようとするが、少女の顔が近づくと口が自分の意志とは関係なく開き、少女の接吻を受け入れてしまう。
熱湯でも飲まされているのではないかと思うほどの熱量が口や喉を蹂躙するが、体はそれを受け入れ、叫ぶこともゆるされなかった。
「死んだらもう会えないよね?名前だけは覚えておいて?私の名前は『テロミリア・バロン・ノア』原初の血族の末裔。」
ゴクリと飲むのを確認した少女はニコリと笑いながら、最後の言葉を口にした。
『血脈解放…』