なんとしても基地へ
輸送機は海上を脱出し、ついに陸地まできた。基地までの距離、あと五分。
私はまた操縦桿を握った。
「隊長、もう十分です。不時着しましょう。お願いだから!」
「だめだバカ、手を離せ!」
「隊長こそ離してください! エンジンが爆発します!」
私も必死だ……。
左のエンジンから異常な熱が伝わってくる。もう、今にも爆発。
「やめろキュイ! 操縦桿から手を離せ!」
操縦桿を押す私の圧力に負けじと、隊長は渾身の力で操縦桿を引く。
「おいみんな、キュイを止めろ!」
「みんな、隊長の方を止めて! もうエンジンが爆発するのよ。ここまできて、みんな爆死しちゃう!」
隊長と私に怒鳴られて、みんなはオロオロしている。
階級が高いのは隊長だけど、どっちが恐いかと言えば、先輩の中の先輩の、先任搭乗員の私だ。でも隊長が、
「キュイを止めろ! 命令だ、命令だぞ!」
と何度も叫ぶと、軍人の悲しさか、みんなは私に抱きついて私の手から操縦桿を離させようとした。
「……わかったから、もう離して」
私は観念して操縦桿から手を離す。
もう、どうしようもない。あの世で隊長に言う恨みの台詞を考えよう。
そのとき、
ボゴーン!
と大音響がして、ついに左エンジンが爆発した。メラメラ火炎を上げてエンジンは燃える。
「自動消火装置を使えーっ!」
隊長が絶叫する。
幸い自動消火装置が働いて、火はすぐに消えた。
こんなものが役に立つとは運がいい。でも機はもうだめだ。引力に逆らえない。エンジンが動いていたら不時着地を選べたのに、隊長のせいでそのへんに落ちなければならない。
「隊長! あとは任せてください。私は不時着の経験があります!」
「だめだ。お前、どうせ死ぬからって、宙返りするつもりだろう」
「するわけないでしょう! したくても、もうできませんよ!」
「やっぱりやるつもりだったんだな!」
眼下の森がぐんぐん迫る。
ひときわ高い杉の木が迫り、もうあれを飛び越えられない。
がーん!
と杉の木の先端に翼が当たった。でも、まだ飛んでいる。
わっ……と視界が開けて、基地の滑走路が目の前に広がった。死の森を抜けた。整地した滑走路はどこにだって下りられる。まるで天国。
「車輪を出せ」
と隊長は冷静を装ったが、そんな暇があるわけない。機体はすぐに滑走路の端に滑り込んだ。ガタガタ滑走路を滑って、突然静かになる。機体が止まったのか、死の国に行ったのか……。
「やった、やったぞ……」
と、隊長が顔中を穴だらけにしたようなバカのような表情で言うと、後席からも、やったあ! と歓声が上がった。
「やった、本当にやった!」
私たちは基地にたどり着いた……!
あと一分、いや、あと十秒エンジンが早く爆発していたら、森の中に墜落して、私たちは死んでいただろう。窓から左エンジンを見ると、かすかに白い煙を上げ、エンジンの満足そうなため息にも見えた。私は思わず左エンジンに敬礼をした。
私たちは死ななかった。
念のためみんなを数えたら、しっかり十二名全員が乗っていた。
私は隊長に奥さんと子供の写真を返した。
「捨てられないものもあるな」
そう言って、隊長は写真を胸に抱いた。泣いてたかも……。
大きなボロボロの輸送機から、みんなは下着姿のまま胸を張って出ていった。下着姿の女の子たちが、ぞろぞろ機外に出てゆく。すぐに基地航空隊の消防車がサイレンを鳴らしてやってきたが、彼らは首をひねって私たちを見ていた。私たちは、まるで飛行機から生まれてきたように見えたという。
なんの因果かこの日が終戦。私たちは元の基地には戻らなかった。
敵も苦しかったのか、私たちが戦争に勝ったという……。でも、私はどうでもよかった。ただ、戦争が終わったのが嬉しい。
そうしてミカちゃんやみんなは普通の女の子に戻ったんです。
シオン隊長は除隊して小学校の先生になった。きっといいパパになっているだろう。
私はやることもなかったから隊に残った。ここで彼氏でも探そうか……。戦争はもうこりごりだけれど。
了