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機体を軽くせよ


 バスン!

 という音がして、ぱっと右エンジンから火が出た。

 幸いすぐに火は消えたが、その現実に頭の中が真っ白になる。右のプロペラは止まり、機体はどんどん高度を失っている。

「左エンジンの出力を90%に上げろ」

 隊長は冷静に指示を出す。

 言われた通りに、まだ動いている左エンジンの出力を上げると機体は水平に戻った。エンジンが二発あるのはいいことだ。単発の戦闘機ならこうはいかない。

「キュイ、不要なものを機外に捨てさせろ」

「はい!」

 機体を軽くして浮力を回復させるのだ。私は後ろのみんなに言って不要品を機外に捨てさせた。食料や水も捨てる。だが、機の降下は止まらない。

「エンジン出力95%」

「はい!」

 エンジン出力90%以上は緊急時にしか使用しない。長く使えばエンジンは焼き付く。左エンジンまで止まれば、もはや処置なし。私は止まった右エンジンを恨めしく見つめた。できれば、あの止まったプロペラを手で回したい。

 うしろを見てギョッとした。ミカが下着姿になっている。

「ミ、ミカちゃん? どうしたの」

「はい、少しでも軽くなればと服を捨てたんです」

「捨てられる物はもうないの?」

「外せるものは座席も捨てました。機銃も一梃は捨てて、弾丸も半分捨てました」

「そう……。残りの機銃と弾丸も捨てて。どうせ役に立たないし。みんなもミカちゃんみたいに服を脱いで捨てて!」

 しょうがない……。

 パイロットは拳銃を持っているが、それも捨てた。恥ずかしいもない。隊長の前だったけど、私も下着姿になった。隊長も服を脱ぐ……。

 拳銃、飛行ブーツに飛行眼鏡、戦闘服とカボック製の救命胴衣は総重量三キロほど。それが十二名分だから、合計三十六キロも軽くなる。

 それでも高度はどんどん下がる。ついに高度は五百メートル。

 本国の基地まで、あと二時間は飛ばなければならない。とても無理だ。海上に不時着して海に投げ出され、荒波に揉まれる自分の姿が鮮やかに想像できた。

「先輩、お世話になりましたあっ!」

 なんのことかと振り返ったら、ミカが敬礼して機から飛び降りようとしていた。

「ちょ……ちょっと、なんの真似? 扉を閉めなさい。はやまんないで!」

 これには驚いた。

 念のため数えたら、まだ誰も飛び降りていない。

 私に怒鳴られても、ミカは納得できないような顔をしている。ひよっこパイロットの、どこにこんな気概が隠されていたのだろう。

「隊長もミカに飛び降りないように言ってください!」

 おう、と隊長は振り返ってミカを見た。

「む……」

 隊長はへんな顔をした。乙女の下着姿に面食らっている。全員が白い下着姿で十代の玉の肌をさらしていた。

「ミ……ミカ。お前、勝手なことをするな! 航空隊は指揮官先頭だ。飛び降りるなら、まず俺が飛び降りる。お前は最後だ!」

 隊長が飛び降りる真似をする。

「ちょ、ちょっと隊長?」

 私はびっくりして隊長の腕を掴んだ。隊長の顔は真剣で、冗談でもなさそうだ。ミカが最後なら、彼女が飛び降りたあと、この機をいったい誰が操縦するって言うの?

 残りのエンジンもいつ爆発するかわからない。やっぱりだ。やっぱりこうなった。こんなオンボロ輸送機で洋上を長時間飛ぶこと自体が無茶だったのだ。最初の予感が当たってた。鉄の集団棺桶だ。

 ただ、まだみんな生きている。こうなったら海上に不時着して運を天にまかせるべきだ。もしかしたら哨戒艇か、遠洋の漁船に拾われるかもしれない。

「隊長、不時着しましょー!」

「ばか! あきらめるな。海上に不時着しても、すぐに波に飲まれて死ぬぞ」

「でも……」

 エンジンが爆発して、燃料に引火したらそれまでだ。

 ついに高度は百メートル。海上の砕ける白い波がはっきり見える。

「エンジン出力、100%にしろ!」

「……はい」

 私はエンジンの出力を100%に上げた。

 ぶわあん!

 と、一層大きな唸り声を上げてエンジンは躍動する。

 もう絶対に本国の基地までもたない。エンジンの出力計の針が危険を示すオーバーブーストの位置に入りっぱなしだ。油温も筒温も、あり得ない高い温度を計器は示す。相手は機械で、人間の想いとか祈りとか、そんなものは無関係に爆発するときは爆発する。エンジンの出力が上がり過ぎた状態では冷却が追いつかない。

 隊長が座席の下を探って小さなブリキ製の物入れを出して、私に渡した。

「それも窓から捨てろ」

「はあ……」

「ばか、中を見るな!」

 中を開けたら、輪ゴムで止めた写真の束や万年筆、爪切りなどがあった。隊長の私物だ。写真の女性が赤ん坊を抱えて笑っている。隊長の奥さんと子供か……。

「キュイ、早く捨てろ」

「……隊長、写真みたいな軽いもの捨てても何も変わりませんよ。これは持っていてください」

「いや、捨てろ。紙一重で助かることだってある。最善の努力をする」

「そこまで言うなら捨てますけど……」

 私は捨てるふりをして写真だけはこっそり残した。お守りだ。

 ブルブル機体は振動し、がおーっという悲鳴のような咆哮をエンジンは続ける。

 ついに、海の向こうに本国の陸地が見えてきた。

「た……隊長、奇跡です! 陸地が見えます。あとは私が操縦します!」

「だめだ! お前、不時着させるつもりだろう。このまま基地まで行く」

「ここなら泳げば助かる可能性があります」

「だめだ、向こうの基地に連絡してある。俺たちは、今日中に新しい戦闘機に乗って、二百三空に帰るんだ!」

 隊長は操縦桿を握って離さない。

 でも、もうこれ以上は飛べない。無理やりにでも海上に不時着させるべきだ。じゃなきゃ隊長を奥さんと子供に二度と会わせることができない。

 私の席にも連動する操縦桿があるので握ったら、

「離せキュイ!」

 と血走った目の隊長に睨まれた。



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