新しい任務
大空に翼がない。
この二百三航空隊には、少し前まで五十機の戦闘機があった。
だが戦闘を重ねるたびに戦闘機は減り、今の稼働機はナシ……。私たちの戦闘機隊はその機能を停止した。
今日も激しい爆撃だったが、幸い人的被害はない。守るべき戦闘機もないから、他の基地隊員も我先にと逃げる。戦闘機が飛ばないから敵もいいように爆撃を繰り返し、私たちもそれを「定期便」と呼んでやり過ごす。滑走路に穴が開けばそれを埋め直し、まったく無駄に時間を浪費していた。爆弾がきたら逃げる。穴が開けば埋める。爆弾がきたら逃げる……。
宿舎に引き上げて、私はやることもなくゴロゴロしていた。丘に上がったカッパ。戦闘機のない戦闘機乗りにやることなんてない。
「キュイ先輩、もうだめぽですね~」
ミカが、ふて寝する私に話しかけてきた。
みんな私を怖がっているのに、なぜかこの子だけは私に懐いてくる。まあ、ただ年上っていうだけで必要以上に怖がられているだけで、慣れたら私もけっこう優しい。たぶん。
「ミカちゃん、あんたたちは若いんだから基地の周りでも走って体を鍛えなさいよ。そのうち戦闘機だって送られてくるからさあ」
「じゃあ先輩も一緒に走りましょーよ」
「めんどくせえ……」
私は、またふて寝。
たしかにこの戦争はもうだめぽだ。さっさと戦争なんか終わればいい。戦う男どもがみんな戦死していなくなり、隊にはこんな十代の女の子たちしか回ってこない。こんな訓練もまともに受けていない子たちなんか、飛んでもすぐに戦死する。いっそ負けてもいいから戦争が終わって、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、そのあと平和になって子供でも産める世の中になればいい。
「――おい、みんな行くぞ!」
シオン隊長が、騒がしく女子の宿舎に入ってきた。
隊長がここに来るのは珍しい。でも女子の宿舎は更衣室でもあるから、いきなり入って来られても困る。
「ちょっと隊長! ノックしてくださいよ」
私は隊長を睨んだ。
「あ……すまん」
顔を赤らめて隊長は部屋から出て行った。なので、どういう話を持ってきたのかわからない……。うしろを見たら、下着姿の女の子たちがにやにやしていた。
「なによ、あんたたち隊長をからかわないで。そういう場合は『きゃー』とか言って下着を隠すの。隊長ってまだ若いけど妻子持ちなのよ。おかげで話が聞けなかったじゃない」
「シオン隊長って妻子があるんですかぁ? それは先輩、残念ですね~」
ミカが肘で私を小突いてからかう。片方の口角だけ上げて、ちょっとイヤラシイ顔をミカはした。
「はあ? 私が隊長に気があるとでも?」
「ええ」
「はっきり言うわねあんた。あんたも隊長に気があるんでしょ?」
「あんたも~」
「ば、ばか! かわかわないで! ちょっと、みんなも早く支度して。隊長になんの話か聞きにいきましょう」
隊長の様子に予感があって、私はみんなにきちっと戦闘服を着せて指揮所の隊長の所へ行った。体長は眉間に皺を寄せて、私たちの前で軍靴の踵を鳴らして揃えた。
「本国へ行く!」
これには寝耳に水で驚いた。隊長が「本国へ行く」と言って、私が「なんですか?」と言い、三回くらい同じ会話を繰り返した。隊長は別に面倒くさがりもせず、そのつど「本国へ行く」と丁寧に答えてくれた。本国へ行く……のは、死ぬか戦争が終わるしか考えられない。我がA国と相手のB国とは、もう六年も続く泥沼の戦争を続けていて、戦地に出たら最後という認識があった。
よくよく聞いてみたら話はこうだ。
基地には使われなくなった古い輸送機がある。その輸送機を飛べるように整備し、基地に残っている戦闘機パイロットがそれに乗り、本国に戦闘機を受領して帰ってくる……ということだった。
「あ、あの輸送機ですか……?」
それでも私には隊長が何を言っているのか理解できない。アレは、もとは飛行機と言ってもとっくの昔に使われていない。赤錆が浮いて森の木々の中に埋もれていて、敵が上空から見ても飛ぶとは思わないのか、攻撃されたこともない。
「そうだ、あれに乗ってパイロットは本国に行き、それぞれが戦闘機に乗ってこの基地に帰ってくる。パイロットは俺を含めて十二名。いきなり我が隊は稼働十二機の立派な戦闘機隊だ」
「まあ計算上はそうですけど、あんな古い輸送機、いくら整備しても飛びませんよ。だってあれプロペラ機ですよ? ロケットどころかパルスやラムジェットの時代に……」
「輸送機の整備はすでに終わった。明日の朝、出発する」
隊長は目を輝かせて言った。さらに、
「命令! 明朝六時に輸送機にて出発。全パイロットはこれに乗り、本国で戦闘機を受領し、本基地に帰還する。準備カカレ!」
こうなれば私も軍人だ。もうあれこれ言わない。いきましょう、ボロボロ輸送機に乗って麗しの故郷へ。途中でたぶん墜落ちますけど!