2─5 sideリザ
ビーチェさんの所からの帰り道、ラジアちゃんはずっと無言だった。
複雑な顔をしていたけれど、多分それは、ルシアの気持ちを理解してのことじゃないと思う。
『何で』っていう顔だ。
ラジアちゃんは大概鈍い。
わかりやすく、わかって欲しくてあからさまにしていた俺の気持ちにさえ、気付くのに随分掛かったほどだ。
ラジアちゃんは本当に鈍い。
それは、他人は愚か、自分にも執着していない何よりの証しのようで、気づくたび、俺はこわくなる。
そこまで考えて、本当にこわくなってふるりと首を振った。
あのお姫様は不憫だと思うけれど、俺はそんな他人より、誰よりラジアちゃんが大切だから。
ラジアちゃんの傍にいることが大切だから。
俺はルシアみたいに、誰かを代わりには、出来ないんだ。
「おう、姉ちゃん。いい飲みっぷりだなー」
やんややんやと騒ぎ立てる人達の中心で、ごっごっと喉を鳴らしながら、ラジアちゃんはひたすらに酒を煽っていた。
椅子に乗っかり、片足はテーブルに乗っけている。
足下には無数に転がる酒瓶、卓上には山盛りになった吸い殻と食べ散らかし。
「おう。兄ちゃんはあの姉ちゃんの連れかい?」
「そうー。豪快でかっこいいでしょー」
「違いねえ!」
負けじと豪快に笑って、おじさんは俺の背中をばしばしと叩いた。
もやもやするのかもしれない。
何が、なんて俺には計り知れなくて、掛ける言葉は見つからない。
こんな気分の時、ラジアちゃんはいつも、浴びる程 酒を飲む。
だからただ、ひたすらに傍にいて、飽きるまで付き合うしかないし、それが出来るのは今のところ自分しかいないと思っている。
同じテーブルにいるので、顔を上げれば目の前にはすらりと伸びた白い脚。
深くスリットの入ったスカートを穿いているから、太腿までが露わになっている。
「見えちゃうよ?」
一応、声を掛けてみる。
聞いてないだろうけれど。
「何っ?よし、賭け事やるか!」
誰もそんなこと言ってないけれど……。
わーっと歓声が上がり、うやむやの内にカードゲームが始まる。
勿論、ラジアちゃんの一人勝ち。
たんまり稼いだお金を眺めて、にんまりしている。
「可愛いなあ」
「兄ちゃん、あの姉ちゃんの恋人かい」
おじさんの言葉に、目を剥いて驚いてしまった。
「……そう、見えるかな?」
「それ以外に見えねえよ!」
やばい。
もう、どうしよう。
顔が緩むのを必死に両手で押さえていれば、おじさんは豪快に笑って、酒瓶を担いでどこかへ行ってしまった。
「あ」
気づけば、いつの間にかテーブルに突っ伏し寝入ってしまったラジアちゃんが目に映る。
それでも巻き上げたお金を離さないのは、いかにもラジアちゃんらしい。
凄いな、幾ら稼いだんだろう。
酔っ払っていても強いなんて、流石としか言いようがない。
「よいしょっと」
寝入ったラジアちゃんを背中に乗せて、勘定を済ませ外に出る。
俺の肩に顔を乗せて、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てるラジアちゃんを見た。
可愛い。
どうしよう。
大好きだ。
朱い髪が、俺の肩から滑り落ちる。
瞼を縁取る長い睫毛が、白み始めた月灯りに照らされて白い肌に影を作る。
その額に軽く口付けると、ラジアちゃんは少し身じろぎをした。
無防備過ぎるよ。
ねえ。
「ラジアちゃん」
少しでいいから。
「……俺のこと、すき?」
……応えない、なんて、わかりきっているのに。
当たり前だ。
ラジアちゃんは寝ているのだし、起きていたら尚答えてはくれないと思う。
寧ろ、起きていたら俺はそんなこと怖くて聞けないだろうから。
「……うん……」
小さな小さなその声に、思わず足が止まった。
「……ラジアちゃん?」
名前を呼んでみるけれど、反応はない。
耳元を規則正しい寝息が掠るばかりだけれど、それでも、嬉し過ぎて、思わず泣きそうになった。
わかっている。
あれはただの寝言で、応えてくれたわけじゃない。
それでも――。
俺はやっぱり、ルシアみたいに誰かを代わりには出来ない。
今ここに、愛しい人がいて、今ここで、愛しいと思うことが出来る。
「俺、諦めないからね」
大好きだから。
だからずっと、いつまでも、俺の世界の中心でいて。
すやすやと眠る俺の世界にもう一度口づけて、そのアルコールの匂いに、少しだけ笑った。