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h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Chapter 2
5/33

2─1 sideラジア

あたしはしかめ面だった。

それはもう、この世で一番見たくないものを見たというような顔だったに違いない。


さっきまではご機嫌だった。

旅の途中に立ち寄ったこの国は、とにかく飯が美味い。

昼飯を食べるつもりで適当に立ち寄ったこの食堂も、味付けが素晴らしい。



「美味いな!」

「うん、美味しいー」



そんな会話をリザとしながら、卓上に所狭しと注文した品々を堪能していた。

最高、久々に気分がいい。

そんな感じで至極ご機嫌に、あたしがエビフライを口に放り込もうとした時だった。



「探しましたよ、ラジア・ゼルダ」



聞き覚えのある声に、あたしは箸を止めたのだ。


そして今に至る。


目の前には、にこにこと笑顔を湛える黒髪朱瞳の美麗貴公子。

と、リザ。

リザが笑顔なのは、いつものことだけど。



「何で座ってんの?」

「貴女に用があるからですよ」

「あたしはない」



ばっさりと切り捨てて、エビフライを頬張る。

さっきまでご機嫌だったのに。

何でこいつが。

最悪。

何でこいつが。



「『何でこいつが』って顔してますよ」

「わかってるなら、どっか行って」

「ラジアちゃん、この人誰?」



押し問答をしていれば、リザが訝しげに、あたしに尋ねた。

そうか、リザは知らないんだった。


ぼんやりと思い至って、さて何と答えるべきかと考えあぐねていれば。



「君が噂のリザ・レストル?」



先に、嘘くさい笑顔を湛えた紳士が、よくわからないことを口にした。



「噂の?」



何故かあたしが聞き返す。


何だ、噂って。



「ええ、巷で噂ですよ。『あの』ラジア・ゼルダが、旅のお供に美青年を連れているってね」



『あの』?


失礼極まりない、どういう意味だ。

ますます不機嫌になりながら、尚もエビフライを頬張る。

美味いな。

鶏の唐揚げも行ってみようか。


そう思って箸を伸ばした時、リザが少し冷ややかな声で言った。



「あんた、誰?」



リザがご機嫌斜めとは珍しい。

あたしが知る限り、人に冷たく当たったところなど見たことはなかった。

何か気に障ったのだろうか。

まあ、どうでもいい。

あたしは唐揚げを頬張りながら、その状態を放置することにした。



「ああ、失礼したね。私はルシア・アズガルド。ラジアの昔の恋人だよ」



すこぶる笑顔で、ルシアは面白くもないとんでもない冗談を言った。

リザの眉が跳ねたのが、視界の端を擦る。


勘弁してくれ。


大人しく用件だけを聞いておけばよかったと、小さく吐息した。

どちらにしろ、面倒なことには変わりないかもしれないが。



「本当なの?ラジアちゃん」



笑顔だけれど笑顔じゃない笑顔をあたしに向けて、リザが問う。

本当で堪るか。



「違うよ」

「照れてるんですね。相変わらずだなあ」



ああもう、黙れ。


この場で吹っ飛ばしてやりたいのをぐっと堪えて、かちゃ、と箸をテーブルに置いた。

眉間の皺はそのままに、深く溜め息を吐く。



「……で?用って何」



それを聞くまでルシアは席を立たないだろう。

昔から、そういう奴だった。



「裏です」



その言葉に、あたしではなくリザが眉をしかめた。


『裏』。


知る者ぞ知る合い言葉、そしてあたしの本職。



「ここでは何ですよね。私の屋敷に部屋を用意しましょう。場所は……知っていますね、変わってませんから」



あたしを見てそう言うとルシアは席を立ち、薄らと嫌な笑みを残してから、食堂を後にした。

知らなければよかったとは、言うだけ無駄なので口にせず。


美麗貴公子は消えたが、美麗剣士はまだそこにいた。

当たり前だけれど……取り敢えず視線が痛い。



「……何?」



聞くだけ聞いてみる。



「……恋人、なの?」

「だから違うって」

「……ほんとに?」



子犬の様な目で、その蒼い瞳があたしを見つめていた。

そういうのは困る。

溜め息しか出て来ない。



「俺、ラジアちゃんが好きだよ」



ここで何でそうなる。

意味がわからないし、溜め息の数が増えるばかりだ。



「結婚しても、傍に置いてね。愛人でいいから」



子犬の瞳をしたリザの余りに容貌と不似合いな発言にがっくりとうなだれて。

あたしは、唐揚げを黙々と食べ続けることにした。




刻は夕暮れ。

穏やかな気候のこの国の穏やかな風が、あたしの朱い髪をふわりと巻き上げる。

目の前には、昔と変わらないやたら豪華な洋館。

いろいろと面倒な予感。


さっきの一件以来、リザはやたらとくっついて来る。

あたしよりだいぶ背の高いリザは、背中越しに抱き付いたまま離れない。

とにかく歩きにくくて、やっぱり溜め息が零れた。



「何なわけ?」

「俺、大きくなったでしょ」

「なったけど」



だから、何。


大きくならなければ逆に問題である。

人間なのだから、成長するのは当たり前だ。

リザの言いたいことが掴めずに、あたしは首を捻った。


――ちゅ。


途端、リザの口付けが、そこに落とされた。

首筋が無防備になっていたらしい。

軽く睨みてはみたものの、効果は期待出来ない。



「何してんの、勝手に」

「俺がしたかったのー」



耳元を心地良い声が掠める。

リザは男にしてみれば、そんなに低い声ではない。

世に言う『甘い声』ってやつだと思う。



「発情してんの?娼館行く?」



あたしの提案にリザは少し不貞腐れた顔をしたが、何がそんなに面白くないのかわからない。

面倒くさい奴だな。

放っておこう。


そう決めて、あたしはやたらと大きな扉に手を掛けた。


――ばちいっ。


小さく閃光が走り、思わず顔をしかめる。


生意気に呪が掛かっていた。

人を呼び出しておいて、どういう待遇なのか。

気に入らない、本当にあいつは何から何まで気に入らない。

わざわざ出向いてやったというのに。


まあ、あたしにしてみれば大した呪じゃない。


無理矢理こじ開ければ、ばちばちっと、静電気の様な音と小さな閃光が再び走った。



「無理矢理やったでしょ」



リザが背中越しに言う。

いい加減退いてくれないだろうか。

そんなことを思いながら、答えないままに足を進めた。


館の扉の呪も無理矢理こじ開け、迷うことなくルシアの自室に向かうあたしに、リザの訝しげな言葉が耳を擦る。



「来たことあるの?」



またもや答えずに、代わりに眉間に刻んだ皺を濃くした。


ようやく、ルシアの自室前に立つ。

気配がするということは、中にいるのだろう。



「むかつく」



部屋の扉を前に、思わず吐き捨てた。


何でたかが自室に、こんなに高度なじゅが掛かってるんだ。


吹っ飛ばしてやってもいいが、奴のことだ。

間違いなく賠償金を請求される。

しかも、事外に高額を。

それは悔しい。



「リザ、退いて」



リザはあっさり手を離した。

あたしのやるべきことを理解したのだろう。

こういう時は聞き分けがいい。


印を組めば、目の前に魔法陣が小さく浮かぶ。

魔力を集中し、片手でそれを扉に叩きつけた。

魔法陣が光の粒となり弾け飛ぶと、音もなく呪は消し飛んだ。



「そんなに高度な呪だったの?」



再度あたしに抱きついて、リザが不思議そうにドアを見つめる。


リザには魔力がない。

拾った時から、全くなかった。

だからわからないのだ。



「むかつくほどに高度なやつよ。……あたしを試してる」



気に入らない、このあたしを試すだなんて。

これから多分、依頼をされる。

だからルシアは依頼主。

依頼主でなければ、ぶち殺す。


そう心に決めて、あたしは扉を無遠慮に開いた。



「流石ですね、ラジア」



部屋に入れば、ルシアは豪華なソファに身を沈めていた。



「むかつくのよ、昔から」

「貴女がいけないんですよ」

「は、あたし?」



にっこりと微笑むルシアの言葉に、思わず聞き返す。

眉根を寄せて考えてみるが、何のことだかわからない。



「……わかりませんか。相変わらず鈍いんですね」



相変わらず腹立たしいですね。


思ったけれど、飲み込んだ。

埒があかないことなど最初からわかっている。



「仕事の話でしょ」



向かいのソファにどかっと腰を下ろす。

リザも隣に座ってから、あたしの腕に、また抱きついてきた。

……もう、何も言うまい。



「やたらと懐いてますね」

「俺はラジアちゃんのものだもん」



そうだったか?


リザの言葉に、あたしは首を捻った。


煙草に火を点け、二人を見やる。

笑顔こそお互いに絶やさないが、何故か睨みをきかせていた。

が、それこそ口にするだけ面倒な気がして、見て見ぬ振りをする。

美形二人が、何とももったいないことだ。


どうでもいいことを考えて、あたしは苦笑した。



「まあ、いいでしょう。そう、仕事の依頼をしたいんです」



穏やかに言って、あたしに向き直るルシア。



「内容と報酬は?」

「もうお金の話ですか」

「大好きなの」



にっこりと笑顔で答えた。



「そうでしたね。ではまず、報酬から」



ルシアは立ち上がり、後ろの豪奢な机の引き出しから、白い小袋を取り出す。

それをあたしの前の硝子テーブルの上に置いた。

じゃらっという音に、口角を上げる。

この音に勝るものがあるかと問われたなら、ないと断言出来るに違いない。



「確認して下さい」



言われなくてもだ。

中身を見て、奥を掻き回す。

そしてあたしは――思わず顔をしかめた。



「……内容は?」



面倒なことになりそうだ。

予感は当たった。

中身は全て、金貨。

豪邸三軒は購入出来そうな大金である。



「玩具を手に入れたいんです」

「玩具……?」



そう言って細められた朱い瞳に、あたしは、この上ない嫌悪感を抱いた。

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