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h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Chapter 1
4/33

1─2 sideリザ

今夜はラジアちゃんと寝る。

俺はそれがすごく嬉しい。

ラジアちゃんは迷惑そうだった。

知っている、そんなことは知っているけれど。


ラジアちゃんは俺を想っていない。

思ってはいるのだろうけれど。

それも、知っている。

知っているけれど、止められないんだ。

嫌がることはしない。

して欲しいと望むことは何でもしてあげる。


だから。

ずっと、永遠に傍にいさせて欲しい。



ごろごろとベッドの上を転がりながら、横目でラジアちゃんを見た。

さっきから後ろ頭しか見ていない。

煙草をふかして、ただ、月を見上げている。

いや、多分、睨んでいる。

彼女に関して、俺の勘が外れたことはない。


朱い月の夜は一人にしろ。


拾われた時、一番始めに言われたことだった。

最初は守っていたけれど、最近は守っていない。

いつも娼館に行く振りをして、部屋の外で待っている。

ドアが開いたことは、一度もない。

仕方がない、俺は気紛れに拾われただけなのだから。



「ラジアちゃん」



名前を呼んでみる。

寝返りを打てば、安いベッドが軽く軋んだ。



「ラジアちゃん」



もう一度呼んでみる。

振り向かないどころか、微動だにもしない。



「ラジアちゃ……」

「うるさい」



振り向かないまま、不機嫌な声が返って来た。


ああ、どうしよう。

嬉しい。


それだけで、ものすごく嬉しかった。

俺はきっと今、ものすごく笑顔だと思う。


煙草の白い煙がゆらっと揺れた。

ラジアちゃんが溜め息を吐いたんだろう。

そんなことでさえ嬉しく感じる。

自分のことで、彼女が溜め息を吐く。


そんなことで、どうしようもないほど、笑顔になるんだ。


俺は多分、病気だ。

それは多分、と言うか絶対、ラジアちゃんにしか治せない。


ラジアちゃんは知っている。

けれど、治すつもりはないんだろう。

だから永遠に治らないけれど。



「いいんだ」



それでも。

小さく呟いた。



「何が」



朱い髪が軽く揺れ、その夜色の瞳が俺を映した。

どうしよう。

すごく嬉しい。

俺は思わず、目を細めた。

煙草を捻消して、ラジアちゃんは立ち上がるとベッドに腰掛ける。

白く華奢なその指が、俺の頭を撫でて。


ただただ、どうしようもないほどの気持ちが、それに煽られた。


やばい。


非常にやばい。


やりたい。


こんなことで、簡単に俺の体は反応する。

けれど、しない。

約束をしたのだから。

ラジアちゃんに擦り寄って、目を閉じる。



「風呂に入って来るから。先に寝てな」

「……うん」



優しく俺に言って、ラジアちゃんは立ち上がった。

その綺麗な指が、あっけなくするりと頭から離れて行く。


寂しい、だなんて言えないままに。


ぱたんとドアの閉まる音に、俺は小さく溜め息を零した。


少し重たい瞼を開けて、そのままの体勢で窓に視線を投げる。

俺よりも長い時間、ラジアちゃんを奪っていた朱い月が、皮肉なほどに綺麗に見えた。



「何で」



何で。



「俺じゃないの?」



何で。


わかるはずはない。

きっとそれは、俺の知らない過去だから。


俺の時間は限られている。

残念だけれど、今のところは限られている。

この世界で魔力を持つ者は三割程度で、どちらかと言えば珍しい部類の人間だ。

その枠に、俺は入っていなかった。

ただそれだけなのに。


灰皿には、中途半端に消された煙草があった。

手に取って眺めてみる。

くわえた部分には、軽く歯型が付いていた。



「……あーやばいなあ」



口にくわえて火を点ける。

そんなことで、欲情した。

ありえないけれど、それは紛れもない事実。

寝転がったまま、煙草をふかす。

焦がれて、焦がれて、どうしようもなくて。


体に疼いた欲を紛らわすように、白い煙が、薄汚れた天井へと消えて行った。


暫くして、ラジアちゃんが戻って来た。



「まだ寝てなかったの?」



少し驚いて俺を見つめる。



「待ってたの」

「うんって言ってたじゃん」

「そうだけど、待ってたんだ」



ふうんと小さく零して、ラジアちゃんはベッドに腰掛けた。

俺はいそいそと起き上がる。

手荒く髪を拭く彼女から布巾を取り上げて、まだ濡れたその朱を丁寧に拭いた。



「綺麗だよね」

「リザの銀髪の方が綺麗だよ」



その一言は、狡かった。


気付けば押し倒していた。

体力だけなら、俺の方が上。

魔力を使われたら吹っ飛ばされるけれど。

実際、何度か吹っ飛ばされたけれど。

水を僅かに含んだ朱は深紅となって、安いベッドに散らばった。



「してもいい?」

「約束は?」

「……しても、いい?」



ラジアちゃんは何も言わなかった。

ただ、俺を見つめていた。

表情一つ変えることなく、ただ、見つめていた。


それがひどく、切なく胸を抉る。


胸元をはだけさせ、その白い肌に吸いついて、きつく、朱い花を咲かせて見せる。

駄目だ。

ごめん。

ごめんなさい。

三つ程咲かせて、俺は隣に寝転んだ。



「……ごめんね」



ここまでして謝るなんて、どれだけ俺は狡いんだろう。



「やっぱり娼館に行けばよかったじゃない」

「……大好き」



ここまでしてそんな言葉を口にして、どれだけ俺は卑怯なんだろう。

だけど、それでも。



「……知ってるよ」



ラジアちゃんは俺を抱き締めたまま、小さくそう口にした。

その感触は柔くて、抱き締める力も柔くて。

していないのに、何だか満足した。


今は届かないけれど、いつか届く日が来るのだろうか。

来ないまま俺は消えるかもしれないけれど、傍にいていいだろうか。

俺の夢をラジアちゃんは叶えてくれるだろうか。


今は、どちらでもいい。

抱き締め返したら、ラジアちゃんが笑った気がした。

それがまたものすごく嬉しかったから、ラジアちゃんの胸に顔を埋めて、俺は擦り寄る様にして目を閉じた。


それでも、ねえラジアちゃん。

やっぱり、きっとずっと、貴女しか見えないんだ。

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