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h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Extra Chapter 2
33/33

little sound ー15 years oldー

こんなのは慣れていた。

幼い頃の記憶は鮮明で、朦朧としてくれればいいと思っても、都合よくはいかない。

とっくに消えたはずの体の傷が疼くような錯覚さえ覚える。



「ふふっ。貴方、すごく綺麗でいいわ」



跨って笑う瞳に、好き勝手に這い回る手に、ただ、嫌悪した。

あの時と違うのは、上に乗っているのが女であるということだけだ。






十五歳のある夜、空には朱い月が昇った。

いつだったか、路地裏で一人見上げた朱い月は、ラジアちゃんを初めて見たときに思わず呟いたそれ。

もう何年と見てなかったけど、俺は綺麗だと思って、深くなっていく紺色に浮かぶそれをぼんやりと見上げていた。



「リザ、約束だ」



ラジアちゃんの感情のない言葉に、最初に言われたことを思い出す。



『朱い月の夜は一人にしろ』



それが何を意味するのか──未だ、わからないままだった。






そして、俺は娼館にいた。

強制的に転移させられたわけじゃない。

でも、ラジアちゃんとの約束を反故にして、それから先があっさり消えてしまうことの方が怖かった。


薄く笑って歪む紅色、乱れたシーツに上がる嬌声、這い回る手に、舐め回すような視線。

虫酸が走る。

反吐が出そうだった。



「……好きな癖に」

「……うん」



好きだよ。

好きなんだ。



「ふふ……可愛い」



されるがままに体を投げ出して、ぼんやりと窓を眺めた。

反応する体に眉根を寄せて、固く目を閉じて、ただ、貴女を想う。

唇だけはやんわりと拒んで、後はときが過ぎるのだけを待った。


虫酸が走る。

反吐が出そうで。



「──ラジアちゃん」



呟きは嬌声に消えて、空に昇るは朱い月。

届かない──今はまだ、届かないどころか遠過ぎて見えないようにさえ思う未来に、零れた溜め息は、果たしてどれほどの意味があるだろう。

ここで吐き出すだけの欲に、どれほどの意味があるだろう。

いつか……いつか、いつか、ラジアちゃんのためになることがあるんだろうか。


例えば、女を悦ばせる手練手管を覚えたとして、ラジアちゃんは喜んでくれるだろうか。

この手でいつか、悦ばせることが出来るだろうか。



「──あら、やる気になった?」



顔どころか何もかもを忘れる気でいた女の体に、滑らせるように指を這わせてみれば、甘ったるさを乗せた言葉が返される。



「……やっぱり、無理……」



ラジアちゃん以外を悦ばせて、何が楽しいって言うんだろう。

そんなものを覚えたところで、ラジアちゃんが諸手を挙げて褒めてくれるとは思えない。

ずるりと落とした手が、スプリングを小さく鳴らす。

それ以上に弾むベッドの意味を考えることはやめた。


目を閉じて、闇の先に貴女を、貴女だけを思い浮かべる。


ラジアちゃん、ラジアちゃん、ラジアちゃん、ラジアちゃん──俺の世界、ただ一人のひと



「……可愛げのないこと」



一瞬だけ動きを止めた女がそう言ったけど、特に思うことはなかった。

あの人以外に心を動かされることなどないんだと、重症ぶりを自覚して思わず苦笑する。

十五歳の子供の思考じゃない。

そうか……もう、普通じゃいられないんだ。


ただ、


反吐が出るほど、愛してる。

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