little sound ー15 years oldー
こんなのは慣れていた。
幼い頃の記憶は鮮明で、朦朧としてくれればいいと思っても、都合よくはいかない。
とっくに消えたはずの体の傷が疼くような錯覚さえ覚える。
「ふふっ。貴方、すごく綺麗でいいわ」
跨って笑う瞳に、好き勝手に這い回る手に、ただ、嫌悪した。
あの時と違うのは、上に乗っているのが女であるということだけだ。
十五歳のある夜、空には朱い月が昇った。
いつだったか、路地裏で一人見上げた朱い月は、ラジアちゃんを初めて見たときに思わず呟いたそれ。
もう何年と見てなかったけど、俺は綺麗だと思って、深くなっていく紺色に浮かぶそれをぼんやりと見上げていた。
「リザ、約束だ」
ラジアちゃんの感情のない言葉に、最初に言われたことを思い出す。
『朱い月の夜は一人にしろ』
それが何を意味するのか──未だ、わからないままだった。
そして、俺は娼館にいた。
強制的に転移させられたわけじゃない。
でも、ラジアちゃんとの約束を反故にして、それから先があっさり消えてしまうことの方が怖かった。
薄く笑って歪む紅色、乱れたシーツに上がる嬌声、這い回る手に、舐め回すような視線。
虫酸が走る。
反吐が出そうだった。
「……好きな癖に」
「……うん」
好きだよ。
好きなんだ。
「ふふ……可愛い」
されるがままに体を投げ出して、ぼんやりと窓を眺めた。
反応する体に眉根を寄せて、固く目を閉じて、ただ、貴女を想う。
唇だけはやんわりと拒んで、後はときが過ぎるのだけを待った。
虫酸が走る。
反吐が出そうで。
「──ラジアちゃん」
呟きは嬌声に消えて、空に昇るは朱い月。
届かない──今はまだ、届かないどころか遠過ぎて見えないようにさえ思う未来に、零れた溜め息は、果たしてどれほどの意味があるだろう。
ここで吐き出すだけの欲に、どれほどの意味があるだろう。
いつか……いつか、いつか、ラジアちゃんのためになることがあるんだろうか。
例えば、女を悦ばせる手練手管を覚えたとして、ラジアちゃんは喜んでくれるだろうか。
この手でいつか、悦ばせることが出来るだろうか。
「──あら、やる気になった?」
顔どころか何もかもを忘れる気でいた女の体に、滑らせるように指を這わせてみれば、甘ったるさを乗せた言葉が返される。
「……やっぱり、無理……」
ラジアちゃん以外を悦ばせて、何が楽しいって言うんだろう。
そんなものを覚えたところで、ラジアちゃんが諸手を挙げて褒めてくれるとは思えない。
ずるりと落とした手が、スプリングを小さく鳴らす。
それ以上に弾むベッドの意味を考えることはやめた。
目を閉じて、闇の先に貴女を、貴女だけを思い浮かべる。
ラジアちゃん、ラジアちゃん、ラジアちゃん、ラジアちゃん──俺の世界、ただ一人の女。
「……可愛げのないこと」
一瞬だけ動きを止めた女がそう言ったけど、特に思うことはなかった。
あの人以外に心を動かされることなどないんだと、重症ぶりを自覚して思わず苦笑する。
十五歳の子供の思考じゃない。
そうか……もう、普通じゃいられないんだ。
ただ、
反吐が出るほど、愛してる。