little sound ー14 years oldー
ラジアちゃんが依頼を受けた。
よく内容はわからなかったけれど、街にしばらく滞在することになった。
「リザ、明日から学校に行け」
「学校?」
いつもながらの唐突な発言に、でも、いつもとは趣向の違うそれに思わず首を捻る。
今も昔も学校には行ったことがなかった。
旅をして各地を転々としていた俺達の現状からすれば、それは当たり前のことだし、そもそも学校自体お金持ちの子供が行くところという認識が一般的だ。
実際、困ったことも羨ましいと思ったこともない。
必要なことはラジアちゃんが仕込んでくれたし、勉強だって例外じゃなかった。
あまり他の子供がどの程度の知識や教養を持ち合わせているかは知らないけれど、現状において、俺は結構高度な教育を受けているように思う。
期間限定ながらも剣は『宵闇の兎』から、学問は『最高の魔術師』から指南され、生きる術は『生ける伝説』から常に──時に強制的に学ばされているのだから充分だ。
「経験だよ」
煙草をふかすラジアちゃんの向こうで、依頼主だろう男の人が、にこにこと優しげに笑ってた。
その後ろに隠れる様にこっちを見てる女の子は同じ年くらいだろうか。
ちらちらと俺を見て、目が合うとすぐ逸らされる。
「……そういうこと?」
「そう、今回の依頼」
どうでもよさそうにしてるところを見ると、自分は楽出来てよかったとか思ってるんだろう。
確かにそうに違いないけれど……。
「お嬢様と学校に行ってこい。初のお前だけの仕事だ」
つまり、予想を外さない今回の依頼は、学校嫌いなお嬢様を通学させ友達を作ること。
説明を受けて、少しげんなりした。
当のお嬢様……ハミカ・サリミセルは、学校嫌いらしい。
俺がそれについてどう思うとかはないけど、一般的に見たならとても我が儘な言い分なんだろうなと思った。
底辺を這いずり回っていた頃の俺だったら、ぶち殺してやりたいと言ったかもしれない──いや、あの頃の自分にそんな力も気力もなかったけど。
「裏魔術師って呼ばれてる人が受ける依頼じゃないよね」
「受けたのはお前だよ」
「断っていい?」
「保護者のあたしが代わりに受けといたから」
「保護者……」
「違うか?」
「……違わない……けど……」
濁した俺の居た堪れなさや切なさなんてお構いなしに嬉々として続けるラジアちゃん曰く──サリミセル家は代々続くサウロス帝国王家の末席で、遥か昔、隠居した前王が現役の頃に受けた『裏』以来、何かとあちらから依頼の打診はあったらしい。
またラジアちゃん曰く「ずいぶんうざったいなと思ってしばらく無視してたけど、今回はね、くだらない依頼の割りには前金弾んでくれたからね」だそうだ。
俺が言うのも何だけどそれは……依頼にかこ付けてラジアちゃんに会いたいだけなんじゃないのかな……。
気づいてなさそうだったので、敢えて口は噤んでおいた。
「サリミセルって言いにくい!」
最後にラジアちゃんはどうでもいいことで怒ってたけど、俺は俺で、ラジアちゃんと一緒にいられないことが切なかった。
けど、引き受けてしまったのだから我が儘は言っていられない。
溜め息と共に了承したのは、前金以外の依頼金は全額俺が受け取っていいと言われたから。
魔力増幅石がそろそろ限界だとラジアちゃんが言っていたのを思い出し、それに充てようと心の中で決意した。
そして翌日。
「ハミカって呼んで……ね?」
同じ年なのに妙に色目を使ってくるお嬢様に、早速、やる気が削がれたのは仕方ないと思いたい。
それでも、毎日学校に行って、毎日ハミカのお守りをする。
そうすれば毎晩、ラジアちゃんは上機嫌で褒めてくれた。
ハミカはやっぱりというか予想を外さずそれなりに我が儘で、うんざりすることはあれど、ラジアちゃんが褒めてくれるというご褒美があったからこそ、大して気にはならなかった。
「ハミカね、これが好きなの」
ラジアちゃんは何が好きなんだろう。
お金と煙草かな。
「ハミカは、ここのレストランだいすき!」
ラジアちゃんなら宿屋の食堂で唐揚げだろうな。
ハミカが何か言うたびに、思うのはラジアちゃんばかりで。
会いたい。
傍にいたい。
離れていたくない。
そんなことばかり、延々考えてた。
「リザ、ハミカのものになって」
依頼最後の日、当然のようにそう口にしたハミカは、やっぱり俺とは育った環境が違うのだと実感した。
与えられることが当たり前にある世界。
思い通りになることが当たり前である世界。
運も実力のうちとはよく言ったもので、それが悪いとは言わない。
ラジアちゃんに出会わなかったままの俺がどこぞで野垂れ死んでいたとして、他人はきっと「運がなかった」と口にするのだろうから。
仮定は予想でしかなくとも、それはおそらく起き得たであろう事実だ。
だからこそ応えることなんて出来なかった。
ごめんね、ハミカ。
「俺は、ラジアちゃんのものだから」
まだ子供だった俺は、上手くかわす術を知らなかった。
だから──真実もまだ、知らなかったんだ。
「でもあの人、裏魔術師でしょ?」
言葉に含まれた意味がわからなくて、首を捻る。
裏魔術師だから何?
何かあるの?
「すごく永く生きるのよ。普通の魔力を持たないあたし達なんか、一緒にいられないわ」
意味が、わからなかった。
一緒にいられない。
魔力のない俺は、ずっと傍にはいられない──いられない?
「……けど、ごめんね」
それだけ言うのが精一杯で、きっと笑顔は引きつっていたと思う。
いつものように帰宅して、いつものようにラジアちゃんに褒めてもらって、いつものようにお風呂を借りて──
「う……あああああ!」
大理石に囲まれた豪勢なそこで、声を上げて泣いた。
人目がないことに気が緩んでいたに違いない。
ラジアちゃんの前でなんて泣けない、泣きたくない、重荷になりたくない。
いや──いつかいなくなるから、ラジアちゃんは自分を拾ってくれたんだろうか。
いつか──また、気楽になることが決まっているのだから。
俺はその程度?
ラジアちゃんにとって、俺は一体どんな存在?
俺は違うのに。
俺はもう、貴女なしではいられないのに。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
離れるなんて考えられない。
傍にいないなんて考えられない。
独りになるなんて、独りにするなんて考えられない。
真実を知って、初めて、一人で泣いた夜──それは俺が、俺の全てを賭けて、ラジアちゃんの傍にいると決意した夜のこと。
何があっても、どんなことをしてでも、俺は絶対、貴女の傍を離れない。




