little sound ー10 years oldー
“シヴァ”から“リザ・レストル”になって、四年の月日が流れていた。
何となく前々から気になっていたことを思い出して、何となく言葉にする。
「ラジアちゃん」
「何?」
ラジアちゃんは優しい。
ときどきすごく素っ気ないけど、俺の存在とかまるまる忘れてるんじゃないかなって思うときも確かにあるけど。
それでもよかった。
俺を拾って、養って、育ててくれる。
その事実と隣にある温かみだけで充分だった。
「俺の名前はどうして“リザ・レストル”なの?」
ラジアちゃんは黙った……そして、何となくその理由に予想がつく。
ラジアちゃんはお金が絡むとき以外で真剣に物事を思考することは、極端に少ない……ない、と言ってもいいようにさえ思う。
この頃になると、ラジアちゃんのことなら大抵はわかるようになっていたけれど、口は挟まずに一緒に黙っていた。
「気に入らなかった?」
「ううん」
笑顔で首を振った。
気に入らないわけはないし、そういうことで聞きたかったわけじゃない。
俺はもうシヴァでも──あの頃、名前なんて持たなかったはずなのに、いつの間にか呼ばれていた愛称とも言えない呼称の自分でもない。
現状で充分なはずなのに、欲張りになってきた俺は、自分である証が欲しくなる。
この人がくれた名前に、例えどんなものでも、理由が欲しくて堪らない。
「あー、適当に。何となく。思いついたのがそれだったから」
「そっか」
誰かの名前からとかじゃなくて、よかった。
それだけを思った。
“何となく”なんて、ラジアちゃんらしい。
「ラジアちゃん」
「何、やっぱ気に入らな──」
ちゅ。
ただ、嬉しくて。
ただ、愛しくて。
俺が俺でいることを、存在意義を与えてくれた人。
ただ一人の女。
いろんな気持ちが込み上げて、俺を覗き込んだラジアちゃんに、少し背伸びをして──淡く色づく唇に小さく音を立てる。
これが俺の、初めての口付け。
恋に落ちてそれが愛に変わったのは、きっと、この瞬間。