little sound ー7 years oldー
「……びっくりだわ」
「……俺も」
あれから一年。
俺はずっとラジアちゃんの傍で、ラジアちゃんの仕事を手伝ったり、賭け事の極意を仕込まれたりしていた。
そして連れて来られたここは、何だかやたらと立派な大豪邸。
目の前には、目を見開いて驚いてる銀髪隻眼の女の人と、やたらと綺麗な顔をした金髪碧眼の男の人がいた。
「拾ったの」
そんな空気を気にすることなく、ラジアちゃんはそう言う。
最近わかってきた。
ラジアちゃんは、空気を読まない。
面倒くさいのか、本当に読めないのか──使い分けているのかはわからないけど、多分、両方なんだと思う。
「拾ったのって、あんた……犬じゃあるまいし」
「犬みたいじゃない?」
わしゃっと俺の頭を撫でて、口端をつり上げるラジアちゃん。
「賢いのよ。ポーカーは十分で覚えたわ」
「何教えてんのよ」
「食費とかバカにならなくて」
そうだったんだ。
確かに最近、自分でもよく食べるなあと思ってたけど。
ラジアちゃんもすごく食べるから、あんまり気にせずに一緒になって食べてた。
「……ごめんなさい、ごめんね、ラジアちゃん」
泣きそうになって見上げれば、きょとんとした顔が俺を見ていた。
ラジアちゃんに捨てられたら、きっともう、生きていけない。
前までの自分ならそんなことは思わなかっただろうし、そこまで誰かに執着なんてしなかった。
知ってしまった今は、もう後戻りは出来ない。
独りでなんていられない。
本気で、そう思い始めていた頃だった。
沢山食べたりしないから。
我が儘も言わないから。
だから、お願い。
お願いだから、傍にいさせて。
気紛れに拾われたのは、何となくわかってた。
だから、精一杯やってきたつもりでいた。
『……あのおじさんに、俺、言ってお金……』
一回だけ、口にしたことがある。
持ち金がなくて、初めて野宿をした夜だった。
思いっ切り殴られて、三日、口をきいてもらえなかったのを覚えてる。
だから、また気に障ったのかと思った。
「……ああ、別に」
軽く肩を落とし、小さく溜め息を吐くラジアちゃんを食い入る様に見詰める。
「成長期なんだろう。沢山食えばいいから」
呆れた顔で笑うから、また、泣きそうになった。
「じゃあ、ラジアはもっと成長するのね」
「まだ成長期なんだ。へえ……」
「……スピカ、胸を見るのはやめてくれない」
「成長の余白はたくさんありそうだよ、よかったね」
「失礼な」
続く三人の会話は仲の良さが垣間見えて、少しだけ切なくなったけど、少しだけ嬉しいようにも思えた。
三ヶ月間、ラジアちゃんと俺は、豪邸にお世話になった。
銀髪の女の人がアレックス、金髪の男の人がスピカ。
アレックスはレックスと呼んでいる。
二人はラジアちゃんの友達で、ここで依頼を受けて、仕事ついでにしばらく住んでるとのことだった。
「ラジアちゃんてすごいの?」
ある日、俺はレックスにそう聞いた。
「何で?」
剣を磨きながら、ちらと視線だけを投げて、レックスは首を傾げる。
「だって、皆そう言うよ」
「ああ、まあねえ」
けらけらと笑うレックスに、きょとんとした。
「何て聞いたの?」
「えっと……『生ける伝説』とか『最強の裏魔術師』とか。あ、レックスは『宵闇の兎』って通り名があるんだってね!後、スピカは『最高の魔術師』なんだって」
「あはは!そう聞いたのか」
最後の辺りで、レックスは盛大に笑った。
「『最強』と『最高』ってどう違うの?」
「前者は『最も強い』、後者は『最も気高い』って意味かな。まあ、スピカのそれにはあいつの面も含まれてるんだよ」
「なるほど」
確かに、スピカの美しさは度を超えている。
綺麗とかかっこいいとか可愛いとかそんなのじゃなくて、彫刻みたいに『美しい』って言葉がよく似合う。
いつも優しげに微笑んで人当たりもいいけど、うっかり触りでもしたなら切れてしまいそうな気高い美しさ。
ラジアちゃんも充分綺麗だとは思うけど、短気な性格が勝ち気な瞳によく出ているなと思った。
それでも、俺の一番はもうラジアちゃんしかいないのだけど。
納得しながら頷いた俺に、レックスは優しく笑って言った。
「大切なものがあると、強くなるかもね」
「大切なもの?」
立ったままに聞き返せば、隣に座れとソファをぽんぽんと叩かる。
促されるままそこに座って、レックスを見つめた。
「レックスは、強いよね」
三ヶ月間、レックスには剣を教えてもらった。
ラジアちゃんはただ、煙草をふかして見てるだけだったけど。
ラジアちゃんは強いんだと思う。
けれど、皆はすごいと囃し立てて、そのたびに、夜色の瞳が歪むのを見てきた。
すごいと強いは、違うのだろうか。
まだ俺に、その違いはよくわからない。
「レックスは、大切なものがあるの?」
素朴な疑問を投げれば、やっぱり優しく笑ったのみだった。
俺も強くなりたい。
もっともっと、強くなりたい。
ラジアちゃんの傍にいるために。
ラジアちゃんの傍にいさせてもらうために。
「リザ、大切なものは守っていくの。守って、ときには守られて、だから大切なの」
磨いた剣を見つめたレックスがそう言った。
呟きには、確かな思いがあるように感じる。
それが、思いか想いか、まだ俺にはわからないけれど、きっと間違ってはない。
「あたしは三ヶ月間、リザに剣を教えたよね」
こくっと頷く。
「リザ、あんたは筋がいい。魔力はないけれど、なくていいとも思う」
俺には魔力がなかった。
拾われてすぐ、そうラジアちゃんも言っていた。
俺からしたならとても残念のことだったけれど、なくてもいいのだとレックスは言う。
何故か──それはやっぱり、今の段階ではわからなかった。
沈黙の後、ふいに問い掛けられる。
「君は大きくなったら、その剣で何をしたいの?」
「俺、あの人を守りたい」
答えはたった一つだけ。
「どうして?」
どうして?
そんなのは決まってるんだ。
あの人は世界でただ一人。
あの人は世界のただ一人。
あの人が、俺の世界の全て。
「……だいすきだから」
真っ直ぐ見返して言った言葉に、レックスの紅い瞳が、満足そうに弧を描いた。
「じゃあこれ、あげるよ」
それは、今し方レックスが磨いていた剣。
「……いいの?」
「いいよ。大事にしなよね」
「うん!ありがとう」
笑顔で受け取った三日後、ラジアちゃんと俺は、また旅に出ることになった。
彼女は別れ際、こう言った。
「選ぶのは君だよ」
選ぶのは、俺。
後々、その意味を知ることになるとは、このときはまだ、わからなかったけど。




