表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Chapter 1
3/33

1─1 sideラジア

寂れた酒場。

薄汚れたランプ。

木製のテーブルも大分くたびれており、カードを取ろうとしたら、少し引っ掛かった。

くわえ煙草で五枚のカードを眺めて、あたしは密かにほくそ笑む。



「いいか?」

「いつでも」



目の前で同じく五枚のカードを眺めるオヤジの言葉に答える。

オヤジの喉元がごくりと鳴るのを見届けて、行く末を確信した。



「ええいっ、ままよ!ツーペア!」



ばんっとカードを卓上に叩き付け、オヤジはあたしの顔を見た。


ふん、甘いな。



「ロイヤルストレートフラッシュ」



ゆっくりと手元のカードを裏返して見せて。

がっくりと肩を落としたオヤジに、笑みを浮かべた。



「じゃ、そーゆーことで。これは貰って行くからね」



煙草を灰皿に捻付け、卓上の小袋を手に取る。

持ち上げるとじゃらっという音と、心地良い重量感。

気分いい、最っ高。

あたしは満面の笑みで、立ち上がった。



「姉ちゃん、俺らを五人抜きとはかなりやるな。何者だ?」



肩を落としたまま、オヤジがあたしを見上げる。



「別に。ただの旅人」



短く答える。

まあ、間違ってはいない。



「また来るか?」

「気が向いたらね」



オヤジはにやっと笑った。

どうやら気に入られたらしい。

もう一回位、来てやってもいいか。


あたしはそんなことを考えて、寂れた酒場を後にした。


外に出れば、もう日はとっぷり暮れていた。

手に持った小袋に目をやってから、高く昇った月を見上げる。

朱い月。

あたしの髪と、同じ色。


少し睨んで、溜め息混じりに歩き出した。



「染めようかな……」

「何で?」



独り言に返事があって、見知った気配にようやく気づく。

見れば、いつの間にか隣にいる青年。



「……リザか。相変わらず気配を消すのが上手いな」



こいつはリザ、リザ・レストル。

銀髪蒼瞳の美青年……に育った。

まあ、綺麗になるだろうと踏んで、あたしが育てたんだけど。

あたしの観察眼は確かなものだった。



「ねえねえ、何で染めようと思ったの?」



隣に並んで首を傾げる。

あたしを覗き込む様に。

見事な銀髪が、月の光を含んでさらっと揺れた。



「今日は娼館に行けって言わなかった?その分の金、渡した筈だけど」



さり気なく話を変えて、リザに一瞥くれる。



「貰ったけど行かなかった。だって俺、ラジアちゃんといたいもん」

「健全じゃないな。溜まるじゃない」



リザとはずっと一緒に旅をしている。

育てていたから、当たり前ではあるけれど。

彼が十五歳になった頃から、定期的に娼館に通わせている。

男だからというのもあったが、それは主に、あたしが一人になりたい時だった。



「俺はラジアちゃんとやりたい」



端正な顔が嬉しそうに歪められ、嬉しくないことを言った。



「駄目」



あっさりと拒否して、そのまま歩みを進める。


リザとそういった行為をしたことがないわけではない。

何度か金がなくて、何度か一緒に寝て、その時、何度かやった。

男だから溜まっているのだろうと思って相手をしていた。

何度かしてわかった。

リザがあたしに触れる時、そこに愛情がある。


それは、まずい。

愛情のあるそういった行為をあたしはしない。

ある時から、そう決めている。



「ラジアちゃんが嫌ならしない。けど、今日は一緒に寝てもいい?」



あたしは溜め息をついた。

駄目と言っても、リザは間違いなくベッドに潜り込んで来るだろう。


宿部屋は一つしか取っていない。

娼館に行かせたので、安心していた。

まさか、戻って来るとは。考えていなかった。



「……朱い月の夜は駄目だって言ったはずだけど」



一応、遠い昔に言いつけたことを持ち出してみる。



「髪、染めるとか言うからだよ」

「それが何」

「今日は一緒に寝る。嬉しいなー」



投げ掛けた言葉はあっさりと遮られ、会話にはならなかった。

溜め息をついて、朱い月を見上げる。


こんな夜は、やり切れない気持ちになるのだ。


リザは知らない。

何故あたしが朱い月を嫌うのか。

知るはずがない。

言っていないのだから。

理由は、遠い昔。

遠過ぎて、もう届かない昔。

普段は気にもならない自分の朱い髪色が、こんな夜は嫌になる。


また溜め息が出そうになり、それを飲み込む。

そんなことは、無意味なのだ。



「……特別だからね」



その言葉に、リザはまた、嬉しそうに笑った。



「染めなくていいよ」

「何で?」

「俺は好きだから」



あたしは答えなかった。

代わりに、その蒼い瞳に視線を投げれば、当たり前のようにそれが交わって弓なりに細められる。


いつからリザは、こんな瞳であたしを見るようになったのだろう。

熱を含んだ、愛しい者へと向ける瞳。


あたしはそれに応えることは出来ない。


永い時を生きる。

あたしの中の強大な魔力が、普通の人のような時間の歩み方を許さない。

永い、永い、それこそ、いつ果てるともしれない命を。



「あんたを拾ったのは、間違いだったかな」



呟いて、一度伏せてからその目を逸らす。

リザは何も言わずに、ただ、笑っていた。


何はともあれ、今夜は一緒に寝るのだろう。

リザの中でそう決まってしまったらしいし、それにわざわざ、今更どうこう言うのも面倒くさい。



「……いつまで……、」

「え?」

「……何でもない」



わかっているのに知らない振りをして、曖昧に、あやふやにして。



「行くか」



朱い月の下、あたし達は宿屋へと足を進めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ