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h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Extra Chapter 2
29/33

little sound ー6.5 years oldー

それから二ヶ月後、内戦が始まっていた。

国の偉い人達が、くだらないことで争ってるんだって、ライラが嘆いていた。



「シヴァー!お昼のお手伝いしてー!」



ライラが玄関先から、俺を呼んだ。


ライラ・クロザジー。


孤児院をやっていて、あの日、俺を抱き締めてくれた人。

柔らかい茶色が風に靡いて、晴れやかな笑顔で手を振っていた。



「……はーい」



『銀色だからシルバー、じゃあ君はシヴァね!』



なんて、笑って俺に名前を付けた。

簡単だなあと思ったけれど、何も言わなかった。

本当はこの色をまだ好きにはなれなかったけれど、それでも、ほんの少しでも、好きになれる切っ掛けを貰ったようで、嬉しかったのは確かだった。


穏やかな丘で、穏やかに過ぎる時間。



「内戦、かあ」

「シヴァってばー!」

「……はーい!今行くー!」



他人事みたいだった。


俺が孤児院に来て、その二ヶ月はあっという間に過ぎていた。





──どうして。


それは言葉にならなくて、俺はただ、立ち尽くす。


どうして、

どうして?


ライラ達が悪かったわけじゃない。

蠅のたかった中身まで汚くなってた俺を、躊躇いなく抱き締めてくれて。

お風呂に入れてくれて、笑顔を向けてくれて、居場所をくれて、名前をくれた。



「内戦がね、いよいよ本格化したみたいなの」



ライラがそう言ったのは、昨日や一昨日の話。



「どこかの国が、この機会に、一気にここを潰しに掛かるらしいって」



政治とか世界情勢とか、そんなことを近所の人達と話していたけど。



「──噂では『生ける伝説』が──」

「──どちらにしろ、あたし達は生きてるかどうか──」

「──……ですよ、ね……──」



近所のおばさんの言葉に、小さく呟いて俯いたライラ。


内戦がここを蝕む前に、他国がここを潰した。

ライラはもういない。

やっと出来た孤児院の友達も、近所のおばさんも、皆、いない。

いなくなった。


あるのは、やっと見つけた居場所──今はただ、瓦礫の山。


動けなかった。



『シヴァ』



呼んでくれる人は、もういない。



『シヴァ』



抱き締めてくれる人は、もういない。



『シヴァ』



微笑んで、大丈夫だと、汚くなんてないと、言ってくれる人はもういなくて。


かつての居場所が焼けて崩れて、この国の兵士なのか違うのか、わからないけれど、とにかく皆は突然来た兵士に連れて行かれたり殺されたりしたのだろう。

やっと見つけた。

やっと、やっと、見つけたのに。


なのに自分は、死にたくなくて、たくさんの叫びを耳にしながらも、必死になって隠れていた。

逃げるのも目を背けるのも、俺にとっては大したことじゃない。

誰よりも上手く出来たことを、また、やっただけに過ぎなかった。



「……ライラ……──」



小さく呟いたそれは、僅かな風にさらわれて消えた。



「……ライラ……ごめんね」



ありがとう。

でも、ごめんね。

俺、泣けないんだ。


世界は広くて、けれど、俺が知ってる世界は小さくて。

それがなくなってしまえば、生きてる俺は、やっぱり生きるしかなくて。


ただ、立ち竦んでいた。

ただ、前だけを見据えてた。


ありがとう。

ありがとう。

生かしてくれて、許してくれて、受け入れてくれて、ありがとう。

でも、ごめんなさい。


何もなくなってしまった俺は、俺は、また。



「……子供、か?」



じゃりっと瓦礫を踏む音がして、誰かが俺に向かって言葉を投げた。

声のした方に、少しだけ顔を向ける。


殺されるのかな。


抑揚のない声に、何となくそう思って──息を呑んだ。


崩れた壁の影から、朱い髪が揺れる。

近づくにつれ交わった瞳は深い夜の色をしていて、月明かりに浮かぶ肌は、ものすごく白かった。



「……朱い、月……」



きっと彼女には届かなかったんだろう。

首を傾げ、しばらくした後、無表情なままにこう言った。



「来るか?」

「……」



答えることは出来なかった。

どう見たって、この惨状において、敵じゃないと断言することは出来なかった。

少しだけ考えるように首を傾げた彼女は、また口を開く。

射抜くような夜色を宿した視線に、動けないまま、それを見詰めていた。



「もう一度だけ──来るか?死にたくばそこにいろ。すぐ殺してくれるかは知らんがな──どうする?」



敵か──そんなことが、どうでもいいことに思われた。

どうして──そんなことも、どうでもいいことに思われた。


月夜に白く浮かぶその手を取る。

触れた柔い感触に、一瞬にして幼心に悟った。





何もかもをなくした俺は、何もかもを捨てた。

忘れたわけじゃなかったし、きっと一生、忘れないと思う。

抱き締めてくれた温もりも、優しく包んでくれた笑顔も。

たった二ヶ月だったけど、欠けていたものを埋めてくれた。


ただ、そう、それだけだったんだ。



「お前……ああ、そうだった」



繋がれた手はそのままに、しばらく無言で歩いていれば、ふいに彼女が思い出したかのように呟いた。



「名前は?」

「……あ、……」



立ち止まって俯く。



『シヴァ』



ライラに付けてもらった名前があるにはあるけれど。

捨てると、決めた。

この人について行くために。

生きて、俺が俺だと、自分で認めるために。



「……ない、の」



嘘を吐いた。

慣れていたはずのそれは、ちくっと胸を刺したけれど。



「じゃあ、リザ。リザ・レストル」



無表情にもあっけらかんと言い放った彼女に、思わずぽかんとした。



「……それ、俺、の?」

「そう、お前の名前」



後々聞いた由来は『適当につけた』だったけれど、当たり前のように、迷うことなく与えられたそれは、何故か、するっと体に入ってきて。



「……リザ・レストル……」



口にしてみて視界が滲んだら、白くて綺麗な手が、くしゃくしゃと俺の頭を撫でた。



「大事にしろ」



思わず抱きつけば一瞬の躊躇いの後、柔く優しく、抱き締めてくれた。


ラジアちゃんの名前を教えてもらったのは、その後。


ラジア・ゼルダ。


彼女があの『生ける伝説』だと知ったのは、もっとずっと後。


恨んではいなかった。

あの優しい日々は消えてしまったけど、俺は確かにここにいる。

ライラも皆もいなくなってしまったけど、俺は確かに彼女の傍にいる。



「後、これだけは守れ──朱い月の夜は一人にしろ」



それは約束という名の強制。

理解は出来ないままにゆっくりと頷けば、酷く切なげに笑った。


ラジアちゃんの真実を知るのは、これからまだ先のこと。



「リザ・レストル──」



俺の名前。


ラジアちゃんが最初にくれたのは、これからの運命と、この名前だった。

悟ったことは一つだけ。


これが、恋だということ。

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