little sound ー6.3 years oldー
暫くお風呂に入ってなかった。
ぶんぶんとたかってくる蠅を軽く振り払いながら、どこの宛てもなく、街外れを歩いていた。
そんなときだった。
「君、君、ちょっと待って!」
やたらと慌てた声が耳を掠め、こんな場所に他に人がいることが珍しいなと思いつつ、特に気にしなかった。
「君!銀色の君だってば!」
俺?
銀色の髪なんて、いるにはいるけど、あんまり見掛けるものじゃない。
こんなところを歩く銀色なんて、ちらと見回しても俺だけだし、そもそも他に人などいなかった。
振り向けば、柔らかい茶色の長い髪を揺らした女の人が、息を切らして走り寄ってきた。
「はーっ、よかった……歩くの早いから。君、一人なの?」
ああ、またか。
そんなことを思った。
「お父さんは?お母さんは?おうちはどこかな?」
矢継ぎ早に、躊躇いもなく聞いてくるこの人に驚いた。
大体の人は、言いにくそうに言葉を濁すことを笑顔で堂々と聞いてくる。
「いないよ」
しかし、僅かな驚きはすぐ強かさに紛れ、小さく、どうでもいいように答えた。
本音は鬱陶しいに限るが、いつものように俯いて少しでも憐れみを誘えたなら、何かしらのお零れだって期待出来るかもしれない。
「そう……」
予想通りの小さな返答だった。
それだけなのに、そこに含まれた憐れみが、あまりに真っ直ぐに感じられて、何故か、自分が悪者になったような気がした。
両親なんて、記憶がない。
いたには違いないけど。
それは俺を生んだだけで、親と言えるのかさえわからなかった。
蠅が、うるさい。
うるさい、うるさいうるさいうるさい。
何も知らないみたいな笑顔に、苛々した。
施しならさっさと寄越せばいいのに。
そんなことを考えてたら、ぎゅうっと抱き締められた。
反射的に身を捩る。
「きっ、汚い、から!」
咄嗟にそんなことしか言えなかったのは、やっぱり俺が子供だからだろうか。
かなりじたばたしてみたけど、回された腕は、力が込められるばっかりで、放されることはなかった。
「……汚い、か、ら!やめっ……」
だって、だって、俺。
「汚くないよ」
嘘。
嘘だ、嘘吐き。
「……汚い……よ」
昨日だって、知らない奴に身を売った。
鞭で打たれた跡が、背中でずくずくと痛い。
あいつは最低だった。
痛みを必死で堪えていればもっと啼けと言い、痛みを訴えればうるさいと罵倒され、薄汚いと罵りながら、汚い舌で傷口を唾液塗れにして嘲笑いながら抉り続けた。
背中が痛い。
心が、痛い。
だから、やめて。
「……君は、汚くなんかないよ」
またこもった腕の力に、涙が出たことに気づいた。
「きたな……きたな、い、よ……」
汚い、俺はきっと、昨晩のあいつなんかより、ずっとずっと汚いに違いないんだ。
物心ついて、初めて、誰かに抱かれて泣いた。