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h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Chapter 4
25/33

4─5 sideラジア

疲れた……流石に、詠唱なしでの瞬間移動は体に来る。



「若くないからなあ……」



こういうとき、外見が若いままだと損するような気になるが、体力は体に比例していると考えた場合、やはり、気持ちの方の問題だろうか。

いや、そもそもが魔力消費の問題であって、厳密に言うならば体力は関係ない。

呟いて、どさりとベッドに沈み込んだ。


あたしは若くない。

幾つだったかなんて、もう忘れてしまったけれど──それほどまでに永く生きている。


あたしの魔力は半端なくて、役立つけれど、恨めしく思うことの方が多い。


明日にでも尽きてしまえばいいのに。

眠ったまま朽ちてしまえばいいのに。


そればかりを願って、あの日、あたしは国を一つ滅ぼした。


どこの国だったかは覚えていないし、理由だってそう大したことじゃなかったような気がするが、あの頃のあたしは、他人なんてどうでもよかった。


──あの三百年は、ただ毎日が、地獄のように思えていた。


裏稼業ばかりを請け負って、自分ばかりがふしあわせなように思えて──それでも死ぬことは出来なくて、ただひたすらに、生きることを紛らわせていた。

あたしに死は叶わない。

自分より強い者はそうそういなくて、殺されたいと願うのに、いざとなればそこに立ち、残っているのは常にあたしだった。


あの日、あの覚える気さえなかった国を滅ぼした日。

何故、見つけてしまったのだろう。


見事な銀色は薄汚れていて、けれど、蒼い瞳は前だけを見据えていて、崩れた瓦礫の中、立っていた少年。

元々孤児だったらしいけれど、国を奪ったのは、紛れもなくあたしだったと言うのに。



「……リザ」



返事はないとわかっていて、その名を呼んでみる。



「……リザ」



あたしが名付けた。



「リザ」



あたしが育て、あたしが与えてきた。



「……リザ」



愛しい愛しい者の名前。


いつだって思っている。

いつからかずっと、半身のように思っていた。


朱い月の夜は一人でいたいけれど、それでも、誰かと共に過ごす時間が愛しく思えるようになったのは、貴方がいたから。

拾ったのは気紛れで、罪の意識があったわけじゃない。

顔と髪が、あまりに綺麗だったから。

あの時の姿が、余りに綺麗だったから。

ただ前を見据える蒼の瞳が、何を見て何を思い、この先どうなっていくのかを見てみたかったから。


……感傷的になっている。


軽く頭を振って、煙草に手を付けた。



「ごめん」



ごめん、リザ。

だからこそ、あたしは夢を叶えない。


軽くふかせば、紫煙は闇に溶けていった。

リザは今頃、高級娼婦とよろしくやっているだろう。


それでいいと思った。


別に娼婦と結ばれろとは言わないけれど、いつまでもあたしにべったりってわけにはいかない。



「どうしたもんだか」



遠く視線を投げれば、窓の外には、白い月。


とりあえず、カゥゼから逃げることだけをあたしは考えることにした。





「ラジア─────ッ!」



バンッと勢いよくドアが開かれ、同時に名前を叫ばれた。



「!?」



驚いて飛び起きる。

そこにいたのは、見間違いでなければカゥゼ。



「な、何で!?」

「あたしの情報網をなめないでよ」



得意気にそう言って、カゥゼはにやりと笑った。

どういうことだ。



「鍵掛かってたはずなんだけど」

「ここ、顔が利くから」



顔が利くって……つまり、ここの主人は情報を流した上に鍵まであっさり渡したと。

カゥゼの性格を考えるとあっさりかはわからないが、結果に変わりはない。

あり得ない、プライバシー保護はどこへ行った。

あまりの突然の訪問者に、あたしは唖然としてしまった。



「お金、返して」



てっと掌をあたしに出して、カゥゼはずいずいとあたしに詰め寄る。


そのとき──



「ラジアちゃ─────ん!」



開け放たれたままのドアから、今度はリザが駆け込んで来て、そのままあたしに雪崩れ込む。


何なんだ。


勢いでバランスを崩して、あたしはベッドに倒れ込んだ。



「寂しかったー」



あたしの胸に顔を埋めて、リザはひたすら腕に力を込めた。

ちょっと離して、今あんたの心情とか知らないし、何より関係ないから。

空気読め!



「その美青年が噂の?」



もう、その噂はいい……。


しげしげとリザを覗き込むカゥゼに、あたしは溜め息をついた。



「ラジアちゃん、キスしていい?」



ちゅ。


了解を得る前に、リザがあたしの唇に口付けを落とした。

──ちょっと。

あたしまだ、何とも言ってないんだけど。

尚も口付けを至るところに降らせるリザを引き剥がして、ようやくベッドから降りた。



「ようラジア、朝から忙しいな」



飄々とした声が、あたしを呼んだ。

顔を上げれば、ドアに背をもたれるリゥゼが目に入る。

もう言うだけ無駄だが、ものすごい早朝なんだけど。


とりあえず。



「うるさいから」



実力行使で三人を追い出して、あたしはまたもや、深く溜め息をついた。







「ねえ、お金返してよ」



ところ変わって、早朝の宿屋一階にある食堂。

あたしは何故か、四人で朝飯を食べている。

うやむやの内にあたしが支払うことになった品々を前に、カゥゼがしつこく食い下がっていた。



「しつこいな」



スクランブルエッグを頬張りながら、あたしは眉をしかめて言う。

そもそもこの料理の量からして、充分に返金分に値していると思うのはあたしだけか──いや、それは流石に言い過ぎかもしれないが。



「借りたものは返しなさいよ!」

「何で借りたの?」



リザがパンを千切りながら、不思議そうに聞いた。


何でって。



「ポーカーでボロ負けしたんだよなー」



にやにやと笑いながら、代わりにリゥゼが答えた。

うるさい、思い出したくないのに。



「ラジアちゃんが?ポーカーで?」



リザが追い討ちを掛けるが、明らかに信じられないといった表情だ。


そう。

あたしが、このあたしが人生で初めて負けた。

思い出したくもない。

負けた相手を思い出すと、余計に眉間に皺が寄った。



「誰に?」



リザはひたすら信じられないらしく、首を傾げて食い付いてくる。

あたしだって信じたくないが、本当、空気読め。



「氷の魔女よ。知らない?」



カゥゼが代わりに答えをくれてやった。



「……もう最悪」



朝っぱらからあいつの名前を耳にするなんて、それだけであたしは今、すこぶる嫌な顔をしているだろう。


リザは、氷の魔女を知らなかった。

裏業界ではそれなりに名の知れた人物だが、表に名が出ることは滅多にない。



「イメルダ・トーヤ。別名『氷の魔女』って呼ばれてるのよ」



カゥゼが説明しているが、あたしは黙って、黙々と食べることに専念した。

悔しい。

何故あのとき、あいつがロイヤルストレートフラッシュで、あたしがブタだったのか。

魔力を使ったとか……いや、違うな。

悔しいがあのときの奴は、世界中の、はたまた奴の人生での全ての運を総動員してるんじゃないかと思うほどに、すこぶる強かった。



「何はともあれ、お金は返してよね」



説明を終えたカゥゼは、にっこりと笑んで、あたしを見た。


結局、全額返金した上、しこたま利子を取られて、朝飯代も払わされて。

ついてない。

何だか、とことんついてない。

リザに抱きつかれたまま、あたしはがっくりと肩を落としたのだった。







「で?」

「え?」



リザはすこぶるご機嫌にこちらを向いたが、そういうことじゃない。



「いつまでくっ付いてるつもり?」



暗に離せと含ませ睨みつけてみたが、効果のほどは予想通り薄かった。


朝飯を食べ終えた後、あたし達は街を歩いていた。

カゥゼとリゥゼは、それぞれ仕事があるらしく、ようやくとばかりに解放され、財布の中身は軽くなれど、気分は上々だった。


──が、二人と別れた後、何故だかリザがくっついてくる。

腕に絡み付かれて、とにかく歩きにくいし鬱陶しい。



「ねえ、ラジアちゃん」



突然、リザが歩みを止める。

くっつかれていたあたしは、少しつんのめった。



「俺、やりたいことしても、いいのかな」



つんのめったあたしに謝罪の言葉はないらしく、代わりに呟かれた言葉の意味を理解するのは難しかった。



「何なのよ」

「何なんだろう……わからないんだ」

「はあ……まあ、いいんじゃないの」



全くもって話の筋が見えず、一瞬反射的に「何かの病にでもやられた?」と聞きそうになったが、昨夜、娼館に連れて行ったのは自分であって、それを口にするのは憚られた。

変に蒸し返されてもよけいに面倒なだけだ。

そうは言っても避妊云々は自己責任であるとは思うが。


まあ、今の会話だけで答えるなら、リザの人生だ。

やりたいことをして、悪いわけはない。

やりたいと思うことをあたしが止める権利はないし、やりたいと思うことをあたしが止める理由も権利ももちろんない。



「やりたいことが出来た?」



もちろん気になるのが、育ての親としての心情だ。

リザは何も答えずに、ただ、あたしを見ていた。



「我慢しなくても……いいのかな?」

「?いいんじゃない?」



ここまで全く会話の筋は掴めていないが、再度そう答えることで先を促した。

リザはときどき掴めないことを言う。

何を考え、何を思っているのか、気づいてしまえば後戻りが困難になりそうで、知らない振りをしているうちに、掴めなくなってしまったと言った方が正しいかもしれない。



「……そっかあ……」



何を納得したのか知らないが、端正な顔に、にこりと満足気な表情が浮かんだ。



「結局何なの?」

「こっちに来て」



会話になってないんだけど。


ぐいぐいと引っ張られながら、首を捻ったままに、あたしは顔をしかめた。


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