4─3 sideリゥゼ
「あれはねえよなあ……」
どかっとソファに座って足を組む。
転移術とはね。
詠唱無しでやってのける辺りは、流石としか言いようがない。
ラジア・ゼルダ──生ける伝説として名を馳せる裏魔術師。
その二つ名は今だ現役ってことか。
「何なのよ。辛気くさいわね」
キッチンでがちゃがちゃと夕飯を作っていたカゥゼが、苛々と一瞥をくれた。
「……お前ね、ラジアに逃げられたからって、俺に当たるなよ」
「はあ!?何で知ってんのよ!?てか、あーもーっ、思い出させないでよ!」
答えず煙草を銜える。
火を点けて、ぼんやりと揺らめく煙を眺めた。
「なあ、あいつさあ」
「は?どいつよ?」
尚もがちゃがちゃと騒々しくしながら、苛々とした声が返ってくる。
お前ね、何でそんなに一から十まで騒々しく出来るの?
弟の優しさで言わないけどね。
「リザ・レストル」
取り敢えず本題から逸れないよう簡潔に言えば、「ああ」と呟いて、カゥゼはその手を止めた。
カゥゼは情報屋をしている。
で、俺は賞金稼ぎ。
双子なだけあって職種的にも相性もよく、連携して仕事が出来るので、能率もいい。
ここも、俺達の自宅兼事務所だ。
「で?何が聞きたいの?」
止めた手を拭いて、カゥゼはこちらに来ると隣に腰掛けた。
ちらりと見えたキッチンの惨状は……今は見なかったことにしよう。
「知ってるだけ」
「ふうん……」
ちらと俺を見てから、カゥゼは考え込んだ。
「……確か、孤児だったわね。拾われたのは六歳のとき。あれよ、ラジアがこの間滅ぼした国。あそこで拾われたの」
噂通りなのかと少し驚いた。
大抵、噂ってのは尾鰭がつきものだ。
何となく耳にしてはいたが、まさかと思っていたのもまた否めない。
ただ、カゥゼが言うなら間違いない。
こいつはこうがちゃがちゃした性格している割りに、情報の正確性は非常に高い。
「……で?」
煙を一つ吐き出して、先を促した。
「拾ったのは気紛れらしいわ。あのラジアが珍しいよね。リザはやたらと懐いてるみたいよ」
「まあ、だからこそ半信半疑、面白おかしく噂になってるんだろうけど」と、カゥゼは何故か、溜め息混じりに続けた。
確実に今日逃げられたこと、吹っ飛ばされたことが尾を引いているが、今それはどうでもいい。
確かに珍しいのだ。
ラジアは、他人を寄せつけない。
それは俺の知る限り出会った当初からずっとで、だいぶ打ち解けて旧友と呼ばれるまでになった現在に至ってもだ。
俺達にでさえ、なのに──特に、あの朱い月の夜から。
「そうそう。リザは、ラジアに育ての親以上の感情を持ってるみたいよ」
カゥゼの言葉に、知らず、表情を歪めた。
「……やっぱりなー……」
途端カゥゼの眉が跳ねる。
「何よ、やっぱりって」
「今日、会ったから」
「ラジアも!?」
「あ」
しまった。
「何で言わないのよ!ちょっと!あのときの賭け金、返済するように言った!?」
カゥゼが喚き立てる。
相当根に持ってるな。
ここもまた弟の優しさで、敢えて言わないが。
ぶつくさ言うカゥゼを横目に、俺は煙草を捻消した。
部屋へ戻ろうと腰を上げたとき、カゥゼと目が合う。
「あんた、何でリザのことなんか?」
「……リザは、まだ?」
「……普通の人間らしいわ」
そうなのか。
だからあんなに、余裕がなかったのか。
「ラジアは……止めときなさいよ」
カゥゼの言葉に、軽く手を振って返す。
飽くまでも『確かに聞いた』という返しであり、『理解した』というわけじゃない。
伊達に永く相方(双子)をやっているわけじゃないので、あいつもそこはわかっているはず。
「もう少しで夕飯だからね!」
「わかったよ」
俺はリビングを後にした。
しばらくして、キッチンからはいい匂いが漂ってくるのだから、常々、カゥゼの腕はどうかしていると思う。
あの惨状と騒々しさから、まさかの絶品料理が製造されるのだから、世の中ってのは不思議なものだ。
それはラジアの行動然り。
「リゥゼ──っ、ご飯──っ!」
「あいよ」
さて、あいつの絶品料理でもって、少しは気が紛れるだろうか。