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h.o's.O.way  作者: 鈴木真心
Extra Chapter 1
16/33

Witch of Gloden.6 sideルシア



「以上です」

「え?」



私の言葉に、ミリーは目を見開いてそれだけを返した。

まさに、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔だ。

思わずくすりと笑えば、はっと我に返ったのか、「え?でも、え?終わりですか?」と慌て出した。



「肝心なところは知らないんですかい?」



納得いかないのか、ゾルゲでさえも首を捻ったまま頭を掻いている。



「魔女そのものの容貌は知っていますよ。触手があります」

「触手?触手……あ、触手センサー……!」



ようやく行き当たった答えに明るくなったミリーの表情は、直後、急速に青ざめた。

砂漠に近いラグト国では珍しい真白い肌が、より作り物のように見える。



「で、強いんですかい?」



ゾルゲが舌舐めずりをした。

この男は専ら闘争本能が強い。



「強いでしょうね、そして大きい。『グレーデンの魔女』は、ラグト国が黙認した国そのものの闇です」



あの醜い老人が生み出し、ディノが憐れみ、情けを掛け黙認した巨大な闇の遺物。

くだらない。

ふと笑った私を見留めたらしいミリーが、一瞬、恐怖を顔に走らせたが、知らない振りをした。





館はただ、名も無き丘の上に静かに佇んでいた。

その周囲を焼くような瘴気が渦巻き、ぴりぴりと肌を刺激する。


そう、これは妄執。

あの醜い老人と、彼女自身の憎悪と思慕の成れの果て。


すでに感知はされているに違いないが、さて、かつての無知はどう出てくるのか。

『私』を嗅ぎ取って歓迎してくれるだろうか──否、いくら彼女が無知であったとしても、それは遥か昔の過去に違いない。

決して『私』を歓迎はしないだろう。



「間近だと肌が焼けそうですね……この瘴気じゃもう、娘は……」

「言わないでロイズ!まだ、まだわからなくてよ!」



本当はミリーも理解している。

魔力を持つ者であってこの肌を焼かんばかりなのだ、護られてもいない一介の娘が、無事であるはずなど皆無。



「く、あ、開けます!」



魔力防御壁に護られてなお汗を滲ませた一人の軍人が、先陣を切り、扉に手を掛けた──途端、だった。



「──っ!?」



素早く扉の隙間から這い出した触手が、あっという間に彼を連れ去る。



「ひ、ぎ、ぎゃあああぁあ!!!!!」



ぼき、ばき、ぽきべき、と滑稽な音がして、辺りはしんと静まり返った。



「──か、彼は!?」



走り出そうとしたミリーをロイズが咄嗟に羽交い締めにした。



「死にたいんですか!?」

「!」



ぎり、と彼女が噛み締めた唇からは、僅かに、鉄の匂いがした。



「あれが触手ですよ、初めて見ましたか?ラグト王城にはない代物ですからね」



ディノが総括となって以来、人間の尊厳を冒すような物騒な代物は全て排除された。

あの国の魔術は極めて穏やかなものだ。

このまま維持することが出来たなら、国内に至ってはそれなりに安寧が保たれるだろう。

まあ──『白き魔女』にでも目を付けられたなら話は別かもしれないが。


僅か暗闇を覗かせる扉の隙間をぼんやり眺める。

これが感慨深いという感情なのだと、遅まきに自覚した。



「ああ……」



零れ落ちた呟きに含まれた意味は何であったか。

意味などないのかもしれない。

しかし、どちらでもいいと思った。



「今行きますよ……ブライト」



どれほどぶりか、懐かしくも甘美な響きを伴った名を呟いて、意思を持って、私は扉を開いた。


──触手が襲って来ることはなく、背後から聞こえた様々な声をも無視して、懐かしくも歪な思い出を抱える『我が館』を進んで行った。



「グウ……ウウウ……ア、アア……」



醜悪な化け物はそこにいた。

声にならぬ声を漏らし、かつて歪んだ妄執を収めていた研究室に、ところ狭しと根を張り巡らせていた。

そこらじゅうにガラス片が散らばり、かつて存在していた妄執の欠片達は跡形もなかった。


いや、正確には『グレーデンの魔女』に吸収されていた。

現に、行方不明となった娘の顔が、肢体が、本体の右側に埋め込まれている。

破れた服から覗く発展途上の乳房が上下に揺れていたが、それは娘の息のせいではない。

触手が蠢く振動でそう錯覚するだけだ。


あれでは救出は無理だろう。

慈悲の欠片もなく、ただ、そう思っただけだった。


その他様々な生き物を飲み込んだらしい魔女の体──体と呼んでいいものだろうか。

そこにただ在る物としか、私には思えない。

狼やら野犬やら、ここにあったであろう実験体やらが、そこかしこから顔を覗かせていた。


ただ、あの紫の虹彩だけは中央に鎮座しており、澱みつつも、のっそりと私のことを見据えていた。

僅かながら、ぼんやりとしたブライトの輪郭を残して。



「ずいぶんと育ちましたね、あんなに小さかったのに」



ふふ、と小さく笑えば、紫の瞳が、まるで意思を持つかのようにきょろりと動く。

意思があるだろうか。

これまでに憎悪と妄執を喰らい、肥大してまで、それを持ち得るだろうか。


私ならば気が狂う。


ブライトだとて、正気とは思わないし思えない体たらくではあるが。


たん、と軽く靴で床を叩けば、ぶわっと一気に結界が広がる。


そう──ここはかつての我が館。

我こそが真の主であり、他の者は必要ない。

永年でもって館中に張り巡らし、構築し完成させたそれは、時を経てなお、完璧に作動した。



「私と貴女の時を経た邂逅です。邪魔をされたくはないでしょう?」



大きく、声にならない醜い咆哮が、館を震撼させた。





しかし、これほどに醜悪な化け物が存在するとは。


他人事のように『グレーデンの魔女』と成り果てたブライトをしげしげと眺めた。

あの華奢だった象牙色の体は歪な幹のように膨れ上がり、幾重にも絡まったそれによって、かつてブライトの体にあった傷跡など一つとして見つけられはしない。

癖のあった黒髪はもともと短いものだったが、すっかりぶくぶくとした肢体にめり込んでしまっている。

様々なもの達と一緒くたになってしまった彼女は、まさに、『合成獣キメラ』と呼ぶに相応しかった。


いつか彼女が見たと言う合成獣キメラは獅子に翼を生やした代物だろうと予測出来るが、それは副産物であろうと、それなりにしなやかで美しい造形であったと記憶している。


──あの日、湧き上がった感情は何であったか。


ただ赦せなかった。

私を見るたび鮮やかに輝く虹色の虹彩が、別の男に向けられることが赦せなかった。

生かしてやった恩を、傍に置いてやった恩を、情を傾けてやった恩を、全てを裏切られたような気になった。


私はただ笑い、そして、彼女もまた笑った。

赦されたように笑ったのだ。


懐かしい記憶が蘇る。





「──祝杯をあげましょう」

「祝杯、ですか?」



ちょこんと首を傾げたブライトに、年代もののラグト産の砂漠酒を勧めた。


メメンテ砂漠には極端にオアシスが少なく、そのオアシスの水は、水と思えぬほど爽やかな口当たりでまろやかな舌触りだと言う。

その水と、希少価値の高いガジュの実を漬け込み、魔力ある酒職人によって造られたラグト産の砂漠酒は、ブライトが一生を対価にしようと口に出来る代物ではなかった。



「こ、これが噂の、です、か……!?」



感動に飲まれた彼女は、疑問も抱かずにグラスを飲み干した。


先に酔ってしまえばいい。


思った通り、四杯目辺りで虚ろになった瞳が宙を彷徨い出す。



「これで最期にしましょう」

「最……後……です……かあ……」

「ええ、最期です」



グラスの中には一滴だけ、合成獣キメラ生成剤が混入されていた。





懐かしい記憶だと、場違いにも感嘆の息を漏らした。

あれは『特殊能力者ジャガーノート』専用に、ブライトに出会ってから、気紛れに作ったもの。

効果を試すつもりはなかったが、こうなるとは予想だにしなかったのも事実である。


あれからすぐに本来の目的は達成され、ディノと共に館を出てしまった。

当時荒れていたラグト国は私の幻術を完成させるための人柱の人選に苦労することはなく、訝しむ者、邪魔な者は掃いて捨てるほどいたのだから幸いだ。


私は『ルシア・アズガルド』。

それ以外では在り得ないし、疑惑の視線も貶めも必要ない。



「……グ、ギギ……ガ、アアアァアアッ!」



獣の咆哮で我に返る。

そうか、『グレーデンの魔女』は、私が『私』として在る前の、甘美で残酷な遺物。



「私はなかなかに、貴女のことを好いていたようですよ」



にこりと微笑んで指を鳴らせば、目の前には淡く輝く魔法陣が出現した。

五芒星を二重円で囲んだそれの中心には、私の真名まなが刻まれている。

館が、呼応するように震えた。


──ひゅ、と空を斬った触手を避ける。

ああ、こんな様になってなお、貴女は死にたくないと言うのだろうか。

確か、ヘンゼリーだったか……もう遥か昔に朽ちたであろう青年を、未だに想うのであろうか。


馬鹿らしいとは思わない。

くだらないと卑下もしない。

私はもう、その想いを知っているのだから。



「貴女はきっと……わかっていたのかもしれませんね」



邪眼持ちであったブライト。

『邪眼』とは、様々なる魔を見透かす特殊能力ジャガーノート

だから、私に付いた微かな合成獣キメラの魔力片も、この森の結界の穴も見つけることが出来た。


今思えば、酒に忍ばせた一滴であろうと、彼女ならばわかったはずなのだ。


それが幸か不幸か、私の知るところではないが、結末は目前にあった。



「ウ、ウウウ……デ、ディウ、ス……サ……マ……」



泣いているようにも聞こえ、哀願のようにも聞こえた彼女の声を本当の最期に、私は私の敬意で以って、魔法陣を発動させる。



「──我が真名は『ナゥサン・ディディウス』。の者に、永久とわの安らぎを──」



遥か彼方に追いやったはずの私の真名。

それを口にすることが、彼女に対し、過去に対しての、せめてもの私の敬意。


一瞬にして砕け散った肉片が、かつての研究室を惨たらしく赤で染めた。



「──さて、結界も解除せねば。我が『良心』は、満足してくれますかね」



ふと、頬に伝う久方ぶりの感覚に、少しばかり、胸が締め付けられたのは何故だろうか。



もう少しで番外編終了予定。


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