Witch of Gloden.4 sideルシア
討伐隊としてハシルスを出発して僅か三時間程度で、隊の者達がミリーをどう思っているのかが容易に理解出来た。
それはミリーが部下であるロイズをどう扱っているかに起因しており、隊の中に彼のかつての弟子ゾルゲ・ヴァイヴァリーがいたことが問題だ。
ゾルゲは粗野で大雑把だが、あれでいて人望は厚い。
それは彼が師事したロイズが出来た人物であった故に育まれたものであり、ゾルゲ自身、きちんとそれを理解していた。
ただ暴れ回っていたゾルゲ自身を見てくれた自らの師に対する彼の心酔ぶりは半端ない。
よって、ロイズを蔑ろにするミリーを目の敵にしていた。
それは自ずと、ゾルゲに人望を寄せる周りにも波及していく。
「あの女」と口にしたときは、少しばかり首を傾げたが。
中には小娘などと口にする者もいた。
女であることは間違いないが、女や小娘と形容するにはミリーの出来は良過ぎる。
たかが小娘は若干十八にして専属魔術師になどなれない。
まあ、中身は小娘かもしれないが。
ミリーのロイズへの態度は彼自身が何であるかを知らない故のものだと、わかってはいた。
──それを仕組んだのがロイズ自身だということも。
『特殊能力者』──いや、ロイズの能力は『最強兵器』と形容するに相応しいと私は思っているが、その彼がミリーの部下を希望したのだ。
いつか、たまたまそのことを耳にした私は、彼と会話する機会があった。
「仕組んだそうですね」
「いやあ……お恥ずかしいです」
ロイズのほのかに染まった頬に、懸想しているのだとすぐわかった。
人畜無害な空気を纏い、誰をも魅了する美しい顔を持ち、それでいて規格外の体躯を持つ誰もが手を焼いたゾルゲを懐柔し『特殊能力者』と呼ばれる彼は、若干十八歳の少女に取り入りたいがため、彼自身好まない手段を使ったのだ。
経歴を弄り、特記を削除し、自らの地位と権限でもって、部下という地位をもぎ取った。
「どなたにお聞きになったんですか?」
「ディノが笑ながら言っていました」
「あはは、笑ってらっしゃいましたか」
私は笑わなかった。
私はもう知っている。
如何にしてでも手に入れたいものがある、その欲求を知っている。
「おかしなことではないですよ」
「……そうでしょうか」
ロイズは穏やかで優しく、真っ直ぐな男だ。
それでも抗えない欲求に手を染めつつある自分と葛藤しているのだろう。
ほんの僅か、伏せた白金の睫毛が同色の瞳に陰りを落とした。
「欲望に忠実なのは実に人間らしいと私は思います。それを卑下することはない。欲望に忠実な貴方の方が、私は好きです」
善意の塊のようだったロイズ。
彼が堕ちていく様を私は見てみたい。
……ロイズがロイズである以上、堕ちていくかは定かでないが。
だからと言って、彼を故意的に堕落させようとまでは思わない。
「まあ、そう気にすることはないということですよ」
何故なら彼は、私の『良心』の気に入りであるのだから。
それが唯一、ロイズを気に掛ける私の真意だった。
きっかり三日三晩で到着したパピロの町は騒然としており、午前十時を回ってなお薄く霧が掛かっていた。
この程度の霧であれば大した枷にはならないだろうが、取り乱した薬師を宥めるため、一行は町役場へと向かう。
「……整備が必要ですわね」
役場の寂れた状態を見て、隣のミリーがぽつりと零した。
私個人の意見としては相応だと思ったが、中央都市しか知らぬ彼女にとっては衝撃だったようだ。
「こちらにどうぞ」
通された先の応接室も粗末で、隣に座ったミリーは、ただ、唇を噛み締めていた。
──結局話を聞いたところで調書とさしたる変わりもなく、泣き崩れる薬師の対処は役場の人間に任せた。
ミリーは私財で購入したという薬草を渡していたが、それに何の意味があるのか私には理解出来ない。
直に実家から商隊もやって来るからと、ミリーは皆に告げていた。
「定期的に薬草を送ろうかしら」
満足気にそう言った彼女に、私の何かが触発された。
「それでここがよくなるとでも?」
「え?」
またも理解及ばずといった顔だ。
──腹が立つ。
そんなことを思ったのはいつぶりだろうか。
もうどれほど生きているかさえ知れないのに、こんなことで、私は腹を立てているのだ。
「ルシア様?」
「貴女はそれでここが発展するとでも?私財を投入し、私事で援助し、そしてここは後にどうなる?甘えばかりが先行し、自ら行動しなくなるのが落ちです。そしてまた、噂を聞きつけた輩が貴女に纏わり付くでしょうね。最後まで面倒を見れますか?他の場所も?」
「……あ……」
「そんなものは自己満足です」
言葉が足りなかったかもしれない。
厳しく言い過ぎたかもしれない。
が、私がここまで感情に流されること自体珍しく、こんなことまで言ってやることもまた非常に珍しい。
私自身が自己満足で生きているというのに。
「……行きましょう」
「……はい……」
特別、彼女を買っているわけではない。
ただ、傍らのロイズのミリーを見つめるその白金が、何とも言えない表情を湛えていたことが気に入らなかった。
私は『ルシア』と約束した。
『ルシア』はディノを気に入っており、ディノは私のなけなしの『良心』でもある。
私は人として欠落しているが、それでも『良心』をそれなりに気に入っているので、それのためならば多少の役には立ってみせよう。
「ふふ、面白い」
ロイズの視線を感じたが、特に気に留めなかった。
私にも感情があるのだ。
心動かされるものが。
ラジア以外にそんなものが存在するなど──今さらになって気付くなど。
武装した軍人を先頭に、名も無き森は目前だった。
そう、尻拭いをしてやろう──私を討伐することは出来ないが、『良心』が見過ごしてしまった『グレーデンの魔女』という遺物程度なら。
鬱蒼とした森は深く、中天に差し掛かろうという日光でさえ地に届くことはそうなかった。
「やたらと瘴気が満ちてるが、これで森が保ってんだなあ」
ゾルゲの言葉に数人が同意を示す。
その程度は感知出来るのか。
あまり交流がないので、正直、如何ほどの者達かわからなかったが、それなりには出来るらしい。
軍人の作る道を歩き続けること数時間、ようやく名も無き丘とぽつんと佇む館が見えてきた。
「結局、『グレーデンの魔女』ってのは何なんですかね」
体力のあるゾルゲは今だ元気に喋り続けており、最もな疑問を口にした。
「魔術師ですよ──元はね」
「ご存知で?」
「ええ、まあ」
話すつもりはなかったが、何故だか今は気分がいい。
教えたところで大した害はないだろうし、あるようなら潰すだけだ。
「そうですね……討伐対象を知っておくのも悪くないでしょう」
「……いいのですか?」
どうやらミリーは私が全てを話さなかったのは、何らかの意図があってのことだと理解していたらしい。
そういうところは聡い女だ。
思ったより大物になるかもしれないと、ぼんやり片隅で思った。
「ええ、暇潰しにでも」
そう、全ては暇潰しに過ぎなかったのだから。
「あの館には昔、一人の魔術師がいたのです。何の研究をしていたのかは定かでありませんが、少なくとも、合成獣程度の術は可能だったそうです──」
それは、遥か彼方の昔話。
もう少し続く番外編。