Witch of Gloden.3 sideミレンツィア
討伐隊編成の指示を受けてから僅か三日で出立を可能にした。
未だ、薬師の娘は怯え戦っていることだろうと思うと、胸が痛んで堪らなかった。
三日でも遅いくらいだと思う。
わたくしは、そんな経験はなかった。
お父様は優しかったし、お母様は厳しいながらもわたくしを愛してくださっていてのことだと知っている。
恵まれた環境を、生きていく術を、わたくしの両親は与えてくれていた。
薬草一つ、満足に買えない環境って何?
薬草一つのために、危険な地区に行かねばならない環境って何?
討伐隊編成のため、選抜した魔術師達の日程を無理矢理最短で捻じ込んで調整する間、ずっと考えていた。
パピロの町は確かに廃れており、薬師を営む家は一軒しかないらしい。
辺境であるパピロに街から商隊が訪れるのも稀で、もちろん、価格は法外に高価だそうだ。
しかし、パピロの薬師が法外な値段で薬を売ることはなかったと、調書には記載されている。
いつかお父様が言っていたことを思い出した。
『パピロへの商いは儲からない』
幼少のわたくしには意味がわからず、ただ、そうなのかと思ったばかりだった。
そんな環境で戦ってきた娘。
想像を絶するほど過酷な状況で生きてきた娘に、これ以上の試練など、何故与えることが出来ようか!
薬師は薬草がなければ商売にならず、また、薬師によって、助けられている人々があの町には確かにいるのに。
この三日が歯痒かった。
わたくしがここで出来ることと言えば、お父様にパピロへの商隊編成願いを出すことくらいだ。
詳細を記載したので、きっと、良心的な価格で卸してくださるはず。
わたくし自身、出来る限りの私財で薬草を購入したので、出立の際にはそれを届けるつもりでいる。
──そうして三日後、わたくしとロイズ、ルシア様を含めた最上級魔術師二人と専属魔術師五人、軍人十人で編成された討伐隊は、ハシルスを出発した。
「ミ、ミレンツィア様、大丈夫ですか?」
「何がですの」
終始落ち着かない様子のロイズの言葉に、額に青筋が走る。
大丈夫かですって?
なら、あの馬鹿男を黙らせて!
「おいおい、ミレンツィア嬢、大丈夫かあ?あんたにゃまだ、荷が重いんじゃねえの?」
無遠慮な物言いに、また、青筋が増える。
声の主は専属魔術師ゾルゲ・ヴァイヴァリー──規格外の体躯と無骨な手、大雑把で粗野な性格をしたわたくしより年上の青年だ。
青年とは言え、実年齢はわからないけれど。
ゾルゲは出発してからずっと、こんな感じでことあるごと、わたくしに絡んでくる。
今だって、そう広くない幌付きの荷台で調書を読んでいただけだと言うのに。
──失敗した。
焦るあまり、実戦経験と実力ばかりを優先させ、人柄まで考慮しなかった結果だ。
けれど、ルシア様がいる以上、売り言葉に買い言葉のような馬鹿な真似は出来ない。
わたくしはただ、黙ってやり過ごすしかなかった。
「ゾルゲ、いい加減にやめてよ」
ロイズが吃ることなく苦言を呈す。
普段もそうやってわたくしに話せばいいのに。
逸れた思考の隅で、「けっ」と唾を吐いたゾルゲに引き戻された。
「だいたい、何でロイズ様ほどのお人がこんな女についてやってるんですか?」
ロイズ様ほどの人?
どういうこと?
二人は知り合い?
あきらかに理解及ばずといった感じで首を傾げたわたくしに、ほら見たことかとばかり、ゾルゲは嘲笑って見せた。
「ゾルゲ」
「いいじゃねえですか。ついでだから教えてやりましょうよ。この顔、わかってないって顔ですぜ」
「いいんだよ」
苦笑混じりで返したロイズに、また、青筋が一本増える。
──何、何が『いい』と?
何を知らないと言うの?
わたくしが、何を知らないと?
少なくともロイズとゾルゲはわたくしの知らない何かを知っている。
わたくしの知らないロイズの何かを。
ロイズの経歴は調べたつもりだし、特別な何かもなかった。
専属魔術師である以上、無能とまでは思わないが、わたくしの部下として相応しいとは思っていない。
けれど、ゾルゲの言葉端には、ロイズに対する尊敬の念さえ感じられるのは──何故?
と、ふいにルシア様が向かいから口を開いた。
「ロイズは『特殊能力者』なんですよ」
「え?」
思わず聞き返してしまったとき、わたくしは、どんな顔をしていたのだろう。
ジャガーノート──ルシア様は、ジャガーノートと言った?
ロイズが『特殊能力者』だと?
「そ、んな……調書には……」
「故意的に削除したんでしょう。誰が、とは言いませんが……まあ、記載しない方が身のためでもある能力ですから、賢明とも言えますがね」
「ほら!やっぱり知らなかったんですよ、こいつは!」
驚愕、と言うよりは呆然に近い。
こともなげに言ったルシア様も、騒ぎ立てるゾルゲも……ロイズがどんな表情をしているのかも、わたくしには見えなかった。
『ジャガーノート』とは今でこそ特殊能力者に当て嵌めて使われるが、それの含む意味は多々存在する。
古の力、神々の力、特殊魔力、先祖返り、古代種、最強の魔力──全てが『ジャガーノート』と同義語となる。
これらは血筋など無関係に、突如として現れる能力であり、一括して言えることは『魔力を消費せずして同等の力を扱える』ことにある。
そして特徴としては、本人の持つ魔力自体の測定が不可能であると言われて──、
「……ああ」
突然に、すとんと腑に落ちた。
何だ、調書にはしっかりと書いてあったというのに。
わたくしが理解していなかっただけで、ロイズは嘘を吐いていたわけではないのに。
ただ、わたくしが未熟だっただけだ。
ようやくロイズの顔を見た。
苦笑とも違う……どちらかと言えば、諦めに近いような、そんな表情を浮かべた彼は、笑っているように見えて落ち込んでいるようにも思えた。
「何で言っちゃうんですか、ルシア様……」
「君の弟子の心情を汲んだだけですよ」
ああ──ゾルゲはロイズの弟子だったのか。
ならば最初からわかりやすく『師匠』とでも呼んでいればよかったのに。
わたくしには師がいないけれど、敢えて挙げるなら、それはお母様。
お母様を蔑ろにされるような発言や行動があれば、わたくしだって、口の一つも挟みたくなるに違いない。
どこまでも、わたくしは未熟だったのだ。
「……ごめんなさい、ロイズ」
わたくしは貴方に相応しくなかった。
「ミ、ミレンツィアさ」
「貴方の今後は、帰ってから考えましょう」
最後まで言わせたくなかった。
これがわたくしの精一杯だった。
『特殊能力者』に、わたくしの部下という立場は相応しくなど──ない。
やっぱり、ロイズの顔は見れなかった。
以降、パピロの町に到着するまで、時折ゾルゲが絡んでくる以外、わたくしに何かを言う者はいなかった。
いつだって結局、わたくしは自分のことばかり。
薬師の娘のことも、パピロの町のことも、ロイズのことも、ルシア様のことも。
結局何も、理解などしてはいなかったのだ。
本当の絶望が、何であるのかさえも。
まだまだ終わらない番外編。