第7話:義に殉ずる者
鄆城県の小役人である宋江。彼は、役人でありながら困窮する者には惜しみなく金を施し、人々の争いがあれば誠心誠意仲裁に入り、その慈悲深さから「呼保義(保義を呼ぶ者)」、あるいは「及時雨(時を得た雨のように人々を救う者)」と称えられ、誰もがその名を敬った。彼は梁山泊の豪傑とは対極にいるように見える、穏やかで理知的な男であった。
しかし、その善良さが、皮肉にも彼を運命の渦中へと突き落とす。
宋江には、囲っていた妾の閻婆惜がいた。ある日、閻婆惜は宋江が梁山泊の晁蓋から受け取った「秘密の感謝状」を見つけてしまう。それは、晁蓋たちが生辰綱を奪った後に、宋江の恩に報いるために送ったものだった。閻婆惜はこの書状を武器に、宋江をゆすり始める。「自分を妻として正式に迎えろ」「財産を全てよこせ」。彼女の執拗な追及と卑劣な態度に、常に冷静だった宋江の心にも暗い火が灯った。
言い争いの中、宋江は激高し、ついには閻婆惜を殺害してしまう。宋江にとって、それは生涯で一度の、そして取り返しのつかない過ちであった。
この事件により、宋江の平穏な生活は完全に崩壊する。彼は追われる身となり、各地を放浪する。その逃亡の果てに、彼は柴進のような富豪の知遇を得たり、花栄のような腕利きの弓の名手と出会ったりと、奇妙な巡り合わせで多くの好漢たちと繋がりを持っていくことになる。
かつての宋江は「法」を守る側であった。しかし、ひとたび殺人の罪を犯し、社会から切り離された時、彼は初めて「社会の裏側」にいる者たちの痛みと誇りを知る。彼らがなぜ梁山泊を目指すのか、なぜ朝廷に背いてまで己の筋を通そうとするのか。宋江は、その心根に触れ、やがて彼自身もまた、梁山泊という巨大な影へと引き寄せられていく。
流刑地である江州へ送られる道中、宋江は静かに空を見上げる。彼がかつて大切に守ろうとしていた「秩序」は、実は自分のような善良な者さえも追い詰める冷酷な檻に過ぎなかったのかもしれない。彼が梁山泊へ至る道は、単なる逃亡ではなく、彼自身の魂が「何のために生きるか」を見定めるための長い苦難の旅であった。
宋江という「光」を失った町には、もはや彼の慈悲を呼ぶ声は届かない。その代わり、梁山泊の湿原には、一人の新たな英雄がやってこようとしていた。彼が加わることで、梁山泊の百八星はいよいよその結束を固めていくことになる。




