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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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4章「満塁ホームランの非日常」(弐)

 いつの間にか少女は消え、足元には先程見たものと同類と思しきロープが、木から何本も伸びてきていた。


 これにからめとられれば、翌日には新しい首吊り死体として発見されることになるだろう。


 彼は一つ深呼吸をして意識を集中させる。

 相手は目の前の木。


 相手が消える事をイメージして胴斬りを叩き込めばいいのだろうか。


 やってみなければなんとも言えない。


 やるしかない。


 吐く息を、細く、鋭く。

 正眼に構え、踏み出す。


 同時に、襲ってくるロープの絵図らが何ともシュールだが、そんなことを考えている場合ではない。


 ロープに触れないよう避けつつ全速力で前へ進む。


 数メートルの距離を一気に縮め、勢いを乗せ、全力で木の幹に胴を叩き込んだ。


 剣道のやり方だが、手応えはあった。


 木を斬ったはずなのに、全く別のものを斬ったような手応えを感じ、すぐさま木へと向き直る。


 すると、木からぶら下がったり、根元から地を這うように伸びていたロープが、まるで生き物のように空中にひと塊に集まる。


 油断せずに身構えていると、塊は蠢きながらどんどん収縮し、最終的に粒となって消えてしまった。


 終わったか。


 そう思ったのもつかの間。


 木から、ミシミシと音が聞こえ始めたのだ。


 それはだんだんと大きくなり、最終的には清司が胴を叩き込んだ部分を中心に、バキバキと大きな音を立てて倒れた。


 あまりに大きな音がした為、周りの家の窓が開く音や、玄関から人が出てくる気配がする。


 自分がこのままここにいれば、間違いなく警察のお世話になってしまう。


 それだけは避けたい。


「白秋、飛べるか?」


 清司がそう言うと、手元の刀が消え、虎が姿を現す。


 白秋と呼ばれた虎は、

『主が望めば』


 そう言って清司の顔をじっと見た。


「じゃあ今すぐ俺を乗せて飛べ!」


 清司が言いながら白秋に跨ると、『御意』と一言返事をした白秋は、人目が届かないうちに地面を蹴って空へと逃げる。


 しかし、その後は考えていなかった。


 そう。


 着地のことまでは。



「う、おわぁぁぁあーーー‼」


 飛ぶと言ったのは、超高高度のジャンプでしかなかった。


 一旦空高く飛び上がった白秋は、放物線を描き、物理法則に従って加速した状態で、かなり離れた空き地に着地。


「ぐぇっ!」


 着地の反動でそんな声が漏れる。


 清司は、ヨロヨロと白秋の背から降りると、ゼイゼイと肩で息をしながら白秋の鼻っ柱をひっぱたいた。


『痛いではないか』

「お前は! 飛べるって言ったじゃねぇか!」


 ふらつく膝に手をつき、無表情な目をこちらに向けて抗議する白秋に怒鳴るが、白秋は納得がいかないのか、

『飛んだであろう』


 と、憮然とした声で言った。


「アレはジャンプ! 飛び上がっただけだ!」


 清司は地団駄を踏みそうになるのをこらえて言うが、やはり意図は伝わっていないようで、白秋は首を傾げる。


『何が違うのだ』

「……あーもう!」


 確かに「飛べ」としか言わなかったし、どう捉えるかは、白秋の理解力に賭けるしかなかったのだから、これはもう仕方がないかと、彼はため息をつく。


 ともかく、現場からは離れることができたのだから良しとしよう。


 一息ついて、清司は今度こそ家に帰るべく、一歩踏み出した、その時だった。


「あ、れ?」


 ぐにゃりと視界が歪み、暗転。


 そのまま彼はその場に倒れた。



『主様』


 突如、頭の中に昼間のあの龍の声が聞こえて、太壱は眉根を寄せた。


 家に帰ってから小一時間ほど。


 夕食を済ませた太壱は、翌日の学校の準備をしていた。


 なんの事はない。


 他にやることが思い浮かばなかったのだ。


 そこに人外から声をかけられ、彼は明らかに不機嫌になった。


 無視を決め込み作業をすすめる。


 が、


『主様。白虎の主が倒れました』


 そう言われて思わず手を止め、カバンに入れたままになっていた玉を取り出した。


 手のひらの中の青いガラスのような玉に向かって言う。


「どういう事だ?」

『今、白虎……白秋から連絡が入りました。至急助けて欲しいと』


 その言葉に、太壱は首を傾げた。


 「白虎」という玉があって、自分のが青い龍ということは、玉の正体——と言っていいかは定かではないが、それは四聖獣がモチーフになっている可能性が高い。


 康樹と充晶の玉が何かはわからないが、あの玉の色合いから見て、それぞれ「朱雀」と「玄武」だろう。


 そして、清司の玉が白であったことを考えると、清司の玉が「白虎」であろうことは確かだ。


「それは本当なのか?」


 「「白虎」の持ち主が倒れた」という話の真偽を改めて問うと、玉はすぐさま答える。


『真でございます。私どもは嘘をつけるようには出来ておりません』


 その言葉に、太壱はため息をついた。


「何があった?」


 ことと次第によっては、今からでも駆けつける必要があるだろう。

 

『わかりません。とにかく白秋も混乱しているようで、助けてとしか……』


 感情が感じられない玉の声に、太壱は苛立ちを覚えるが、聞き出さなければならないことは他にもある。

 

「場所は?」

『申し訳ございません。私は契約がなければ外の情報を知り得ないのでございます。外の情報がわかるようになれば、玉同士の場所も把握できるのですが……』


 条件がそろわなければ、権限的なものが限定されるとは、まるで課金アプリのようだ。


 太壱は、苛立ちがつのるのを抑えるように立った状態で、つま先をぱたぱたと上下させる。


 行儀は悪いが貧乏ゆすりだ。

 

「お互い念話はできるのに?」

『覚醒していればそれは可能なのです。他の者たちは契約したのでしたね。彼らに助力を求めますか?』

「……ちっ」


 そこまで話して思わず舌打ちをする。


 理由はどうあれ、倒れた清司をあの康樹と充晶に任せるのは宜しくない。


 清司とは、小学校一年時からの付き合いだが、時折化け物の類に襲われたり、その気に当てられたりして、具合が悪くなったり、倒れることがあった。


 別に虚弱体質ということではなく、本人曰く倒れる時は本当にいっぺんに視界が暗転して、気がついたら倒れているのだという。


 その後は決まって体調を崩していた。


 今回も恐らくそれだろう。


 最近めっきり減っていたから、失念していた。


 太壱は、手にしていた玉を叩きつけるように机に置くと、


「お前の名前は、「蒼春そうしゅん」だ」


 そう言った。


 瞬間、部屋が埋まるほどの大きさの青い龍が姿を現し、


『承りました。只今より、私は蒼春として、主の御身に仕え、共にあることを誓います』


 言いながら深々と頭を垂れた。


「すぐに準備して出る。お前は玉に戻れ。念話で場所だけ教えろ」

『御意』


 そう言って、彼は着替えもそこそこに上着を引っ掴むと、飛び出すように家から出て駆け出した。



「キミは、毎日会いに来てくれる?」

「うん」

「約束だね」

「うん。やくそく!」


 幼い頃。


 見知らぬ年上の少女と交わした約束があった。



 今にも雨が落ちてきそうな曇天の下。


 その日も清司は、家から少し離れたその公園で一人遊んでいた。


 家の近くにも公園はあるが、近所の子供たちは皆、清司を気味悪がってまともに遊ぼうとはしない。


 清司の目には、生まれたときから人には見えないものが映っていた。


 両親は朗らかな性格の持ち主で、そんな清司を気味悪がることも無く、普通の子供として育てていたため、自分が見えているものが他の人にも見えていると信じ、それが当たり前と思っていた。


 幼稚園に入り、自分が他の子供とは違うということを自覚してからは、目に見えるものを、他の人に伝えるということをしなくなっていた。



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