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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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4章「満塁ホームランの非日常」

 十八時も過ぎた四月の夕暮れ。


 空の橙は消え、薄い青と群青のあいだをさまよう。


 街の影は濃く、そろそろ街灯に明かりが灯り始めようかという頃。


 それが清司の視界に入ったのは、帰路の途中にある公園に差し掛かったときだった。


「おねぇちゃん、トンネルできたよ!」

「ー__;/---_」


 公園の砂場で遊ぶ小さな子供と、首が異様に長いセーラー服姿の少女。


 子供の声は聞き取れるが、少女の声は聞き取れない。


「おねえちゃん! つぎはブランコやろ!」

「-/__--ー■□ーーー」


 彼女はコチラの世界の住人ではない。


 というのも、その公園はいつの頃からか首吊り自殺で有名な公園となっていて、彼女はその公園の見えない主だった。


 しかし今、何故か子供とは意思疎通が出来ている様だ。


 清司は意を決して、普段は絶対に入らない公園に足を踏み入れた。


 その瞬間、強い悪寒が全身を走り、彼はその場で固まってしまう。

 しかしすぐに気を取り直して、ゆっくりと歩を進めた。


 作った握り拳に力を込め、吸った息をゆっくり吐きながら、震えないように奥歯を噛み締める。


 そうして、ブランコに移動した子供のもとに着くと、清司はいたって平静を装い声をかけた。


「こんな時間にまだ遊んでんのか?」

「おにいさんだれ?」


 ブランコに揺られたまま、子供が清司に顔を向ける。


「たまたま通りかかったお兄さんだよ。それより、家に帰る時間、とっくに過ぎてるんじゃないのか?もうすぐ真っ暗になるぞ」


 子供に怖がられないよう、優しく言うと、子供はブランコをこぐのをやめた。


「うん。でもね、おねえちゃんがまだあそびたいっていうの」


 この子供には、この少女がどう見えているのだろうか。


 子供の言葉には、少女に対する恐れは微塵も感じられない。


「そのおねえちゃんとは俺が遊ぶから、お前さんは家に帰ろうな」


 清司はそう言いながら、いまだ揺れているブランコを優しく止めると、子供の手を引き公園を出る。


 子供は無邪気に「またね」と、公園の少女に手を振っていた。


 しかし、後ろからは、なんと表現したら良いのかも分からないような悲鳴が追いかけてくる。


 心の中で強く、とり憑くなら自分に憑くよう念じながら、清司はそんな事はおくびにも出さずに子供に話しかけ、家までの道案内をさせた。


 途中、何かが首に巻き付く感触があるが、この子供を送り届けるまではとノーリアクションを貫く。


 子供の家に着くと、心配して出てきた母親に、至極丁寧に礼を言われた。


 見送る子供と母親に、手を振りながらもと来た道を引き返す。


 引き返すというより、引き戻されている感覚だった。


 程なくして公園に到着する。


 清司は首に巻き付く違和感を不快に思いつつ、何をするでもなく、取り敢えず公園内のベンチに腰を下ろした。


 すると後ろから少女が、頭の真上からこちらの顔をのぞき込んでくる。


 目の前にある真っ逆さまの少女の顔は、首を吊ったあとの死体のそれで、ひどく歪んでいた。


 これがなんの前触れもなく突然現れたら、悲鳴を上げていたかもしれない。


 自分の首には彼女の手がかけられ、少しずつゆっくりと力が込められていく。


 さて、どうしたものか。


 ここに来て金縛りなのか、清司の体は指先一つ動かない状況だ。


 傍から見れば、ただベンチに座っているようにしか見えないだろう。


(俺を殺すのか?)

「__//~/+-□」


 心の中の呟きに答えるように彼女の声が聞こえるが、やはり言葉にはなっていない。


 意思の疎通は難しいらしい。


 この程度の金縛りなら慣れているので、振りほどこうと思えば簡単に振りほどける。


 しかしそれをしたところで、首を絞めている手が一気に力を込めてくる可能性もある。


 その場合は間違いなく死ぬだろう。


 今目の前にいるのは、ただの「幽霊」では無い。


 数々のものが重なり合って集合体になった、化け物に近い存在だ。


 しかし、そんなことがわかっていたところで、今の自分にはなすすべが無い。


 特別修行をして、霊験あらたかな力があるわけでもないし、何かしらの道具を持っているわけでもない。


 そういうものをとてもよく見るというだけの、ただの一般的な学生なのだ。


 清司は、どうにか振りほどく手は無いかと思案するが、それよりも首が締まって呼吸が出来なくなってきている。


「くっ……」


 遂に気道が締められて、ほんの少ししか息が入ってこない。


 視界が狭まり、耳は自身の鼓動の音を拾い、他の音が聞こえず、指先が冷え、しびれるのを感じる。


 このまま意識を失ったら、どうなってしまうのだろうか?


 清司はしびれ始めた頭で、そんな事を考える。


 と、そこに聞き覚えのある声が頭の中に響いてきた。


『我に名を与えよ』


 先の虎の声だった。


『このままでは死んでしまう』

『我を振るえ』


 呼吸ができない苦しさの中、考える余裕は無かった。


「は……く、しゅ、う」


 どうにか口を動かし、言葉を吐き出す。


『承った。これより我が名は白秋。主の力となり御身に仕えよう』


 その声と、自身が座っているベンチがひっくり返ったのはほぼ同時。


 直後、巨大な白い虎が現れ、清司から少女を引き剥がすと、そのまま吹き飛ばした。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 気道が一気に開放され、肺に空気が送り込まれる。


 おかげで激しくむせ込み、清司はその場でうずくまった。


「はぁ、はぁ、はぁっ」


 どうにか呼吸を整え、立ち上がる。


 見ると、少女も離れてはいたが立ち上がっていた。


 そして隣には、ダンプカーくらいはあろうかという大きさの白い虎。


「げほっ……でけぇな」

『小さいほうがよろしいか』


 清司がそう言うと、虎はみるみるうちに姿が縮み、馬ほどの大きさになった。


『主、つるぎは使えるか?』


 顔をこちらに向けた虎は、急にそんなことを聞いてくる。


「つるぎ? 剣道やってっから、刀くらいならなんとかなるんじゃねえか?」

『なればこれを振るえ』


 清司の答えに虎は突然ジャンプしたかと思うと、その体を抜き身の日本刀に変えた。


 回転しながら落下してきたそれは、清司のすぐ目の前の足元にサクリと突き刺さる。


「あっぶねぇな!」


 思わずそう言って一歩下がるが、虎が消えたのを確認した少女が、こちらに向けて突進してきたのを見て、清司は迷わず刀を引き抜き構えた。


 首めがけて伸ばしてきたその腕を横に交わし、刀を振り下ろす。

 と、両腕がスパッと簡単に切り落とされた。


「ーーー_/_/;:--~==/‼」


 内容の聞き取れない悲鳴をあげ、少女がもんどり打って倒れ、のたうち回る。


 そんな少女をよく見ると、その伸びた首の頭の付け根——ちょうど顎のすぐ下辺りに、ロープが巻き付いているのが見えた。


 ロープの先をたどると、首の後ろから公園の端に生えている太い木へと伸びている。


 しかしそれを見たところで、ここからどうすれば良いというのか。


「……こっからどうすりゃいいんだよ?」


 そんな清司のつぶやきに、先の虎の声が答える。


『大元を正せば良い』

「元って……あの木か?」


 言いながらよく見ると、木の枝には、そこで首を括るのに使われたであろうロープが、無数にぶら下がっていた。


 あの木自体が、あの化け物の大元となっているのは確かな様だ。


 しかし、だからといってこちらは日本刀ひと振り——ましてや素人の刀さばきでは、せいぜい木の皮一枚傷つけるのがいいところだろう。


 下手をすれば刃が欠けてしまう恐れもある。


 清司がそんなことを気にしているのがわかったのか、

『切るのではない。消滅させるのだ』


 先の虎の声がそう言った。


「消滅させる?」


 どういうことがわからず、清司がオウム返しに聞き返すと、虎はさらに続ける。


『更新はなされた。今ならば主が念じるだけで、尖先きっさきに触れた全てのモノを消滅させる事ができる。やらねば主が殺られてしまう』


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