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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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2章「日常の延長」(参)

「転生? ……生まれ変わりってことか?」


 またも新しいワードが出てきたことに、清司は少しめんどくささを覚え始めた。


 眉間にしわが寄るのを感じる。


 虎はそんなこちらの表情を見て、何かを察したか、

『そう捉えられてもかまわぬ……今は』


 二本ある尻尾を、ゆらゆらと揺らしてそう言った。


 虎のこの言い方だと、今ぐだぐだと説明を求めても、話は進みそうにない。


 清司は眉間のしわはそのままに、ため息をついて言う。


「……まあいい。で、力ってのは何だ?」

『消滅の力』

「消滅?」


 何をどう消滅するというのだろう。


 清司がオウム返しに言うと、虎は補足して答えた。


『この世のすべての物、事を消滅させる力』


 その虎の言葉に、清司は表情を険しくした。


「……とんでもない力だな。俺はそんな物は要らない」


 何もかもを消し去る力とは、ずいぶんと物々しい力である。


 正直に拒否をすると、虎は目を伏せ、

『なれば我はただ御身の側にあろう。主が我を呼ぶその時まで』


 そう言ってその姿を歪ませると、玉に戻ってしまった。


 空中に浮いていたそれは、すぐに力を失ったかのようにストンと落下し、コツンと硬い音を立てる。


 転がったそれを拾い上げると、先程まで真っ白だった玉が無色透明に色を変えていた。


「まさか契約進んだんじゃねぇだろうな?」


 玉の変化に、思わず警戒心もあらわにそうつぶやくと、頭の中に虎の声が響く。


『我が力を振るうには名が必要。それなしには更新は成り立たぬ』


 これもありがちな展開か。


 そう思いながら今日何度目かのため息をついた。


 念話と言うやつだろう。


 どうやら契約はしなくても、会話は可能にはなったらしい。


 すると、程なくして世界に色と音が戻り始める。


「——清司!」


 呼びかけていたのは太壱だった。



 太壱が目を開くと、隣で清司が手のひらの玉を見つめたまま立っていた。


「おい、清司……清司!」

「お?あ、あぁ」


 太壱が声をかけ、何度か肩を揺すったところで、ようやくぱっと顔を上げた。


 清司も何かを見ていたのだろうか。


 その答え合わせは後でするとして、直前までの暗い空間から一転して、もとの場所に戻っていることに戸惑う。


 太壱自身も、突然周りが真っ暗になったかと思えば、目の前に青い龍が現れて契約を迫られた。


 契約のあかつきには「ありとあらゆるモノの流れを止め、封印する力を得る」と言われたのだが、正直そんなものは必要なかったので、丁重にお断りした。


 そうして戻ってきたのだが、清司が隣で放心したようになっていたというわけだ。


 清司と二人で、周囲を見回す。


 もといた古道具屋の店内であることには変わりない。

 

 そんなに時間は経っていないのだろうか、戻ったのは、ほんの少し太壱のほうが早かったというだけのようだ。

 

 店の主の老人はニコニコとこちらを見ているし、モノたちも相変わらず遠巻きにこちらを見ている。


 しかし、心なしかガッカリした様子のものもいるのは気のせいだろうか。


「大丈夫か?」


 清司の状態が気になり、そう声をかけると、「ああ。大丈夫だ」と返ってきた。


 すると、清司が康樹と充晶がいない事に気がついた。


「二人は?」

「わからない。おれも今戻ってきたんだ」


 清司の問いに、太壱がそうかぶりを振って答えると、清司は深く息を吐いた。


 そして老人に向き直り、尋ねる。


「あんた……二人をどうした」

「あの二人は契約をしたんじゃろう。店の外におるよ」


 こともなげなその返答に、清司は唸るように低い声で言う。


「——っ。あいつらは……普通の人間だぞ」

「そうじゃな。であるが選ばれた。今は普通の人間でも、過去はそうではなかったのかもな」


 明らかに怒気を含んだ清司の言葉に、やはりどうということもないように返す老人の表情は、ピクリとも変わらない。


「じいさん……それはどういう——」


 太壱は老人の言葉の真意を確かめようと口を開いたが、


「過去なんざ関係あるか! 『見えない』人間を巻き込むな‼」


 ついに清司が声を荒らげた。

 これはまずいかもしれない。


「清司! 落ち着けって!」


 太壱は咄嗟にそう言って清司の腕を掴んだ。


 しかし、


「落ち着いてる! 落ち着いてなきゃ……ぶん殴ってる‼」


 言いながら彼の手を振りほどいた清司の表情は、今にも老人に噛み付きそうなほど凶暴なものになっている。


 普段は、そんなに仲が良いようには見えないが、彼なりに二人の事は友人として大事に思っているらしい。


 清司が発した「ぶん殴る」という言葉に、太壱は思わずたじろいだ。


「ほぉほぉ、流石じゃ。わしの正体が見えるか」

「けっ。最初っから怪しいと思ってたんだ」


 あごをさすりながら、感心したように片眉を上げて言う老人に、清司は吐き捨てるように言う。


 太壱はそこで疑問符を浮かべた。


「正体って……清司、おれには何がなんだか……?」

「コイツが人間じゃねぇってことだよ!」

「はぁ⁉」


 カウンター越しの老人を睨みつけたまま、清司が言った。


 この店の中にいて、あの少年とこの老人は人間だとばかり思っていた太壱は、思わずすっとんきょうな声を上げた。


「どういうことだ! 説明!」


 状況が飲み込めず、清司に説明を求めるが、答えたのは柔和な笑みから、感心した表情に変わった老人が答えた。


「なぁに、簡単な話じゃ。種明かしをするとな、わしはこの店の付喪神よ。あの白いのはネズミの変化へんげじゃな」

「はぁ?」


 太壱の反応がよほど愉快だったらしい。


 老人の姿をしたそれは、ハッハッハと笑いながらそう言った。


「待て待て待て、話が急展開すぎる!」

「急展開も何も、最初から俺は——」

「そうさなぁ。お前さんは初めから、ここのモノ以外に、ワシのことも警戒しておったなぁ。鋭い子よなぁ」


 とまどう太壱と、苛立つ清司の言葉をさえぎり、笑いながら言う老人の言葉に、太壱は思わず頭を抱えた。


 清司は依然として老人——もはや老人と言って良いものか——に対して、全身の毛を逆立てて威嚇する猛犬の様になっているし、おそらくはこの店主の味方であろうもの達は、清司を警戒してか、先程より視線が鋭くなっている。


 しかし、どれだけ清司が怒り狂って暴れたところで、ここのもの達には敵わないだろうし、下手をすれば自分たちの命が危ういという状況なのは目に見えていた。


 太壱は一度短く深呼吸をして、努めて冷静に、清司に声をかける。


「清司、落ち着け。二人は外にいる。別に取って食われたわけじゃない」

「……コイツのやり方が気に食わねぇ」


 それに対し、低い声で唸るように言う清司。


「それはおれも一緒だ。でも契約自体は断る事もできた。選んだのはあいつらだ」

「………………」

「選択肢はあったんだ。それをあいつらは選んだだけで、じいさんはその選択肢を見せただけだ」

「……畜生! 分かってるよ‼」


 太壱の説得に、最終的に清司は怒鳴るようにそう言って、老人に背を向けた。


 太壱が言ったことは本人も分かっていたのだろう。


 落とし所がつけばあとは落ち着くのを待つだけだ。


 清司は一度大きく深呼吸をして、店を出ていった。


 残された太壱も後を追おうと踏み出したが、


「待ちなさい」


 何故か老人にそう引き止められる。


「……何でしょう?」


 そう言って振り向くと、老人は深々と頭を下げていた。


「え?」

「こたびのことは悪気あってのことではない。それは分かってくれんかの」


 老人の申し訳なさそうな言葉に、太壱はどうしたものかと頬をかき、


「わかってますよ。きっと、あいつも」


 そう言って少し笑ってみせた。


 そうかと納得しながら老人が続け、


「それとな。あの子が持つ玉だが、あれは四つの中で一等力が強い。どうか支えてやってくれ、水縹みはなだの子」


 言い終わると同時。


「……え?」


 太壱は店の外にいた。

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