2章「日常の延長」(弐)
「うわ! なにそれ、宝石?」
清司の後ろから顔を覗かせていた康樹が、それを見て興味津々に言う。
木箱の中には、真ん中にある馬のような動物をかたどった彫刻を囲い、四色の玉が、上下左右の四方向に嵌められていた。
真上が黒。
右側が青。
下が赤。
左は白だ。
大きさは、五百円玉より少し大きいくらいか。
「宝石とはちと違うかの。これは大昔のとある国で作られた玉だ」
言いながら老人は、笑みを崩さず清司を見やる。
「へぇー」
言いながら、箱に顔を近づけたのは康樹だが。
清司は掴んでいた康樹の肩を、さらに強く掴んだ。
「何だよ、痛いって!」
康樹が反発して手を払うが、清司はその康樹を睨みつけて黙らせた。
流石に察してくれたか、康樹は不満げに数歩下がる。
これでおさまってくれればよかったのだが、
「これをお前さんらに一つずつ渡そうと思っての」
老人は構わず続けた。
その言葉に、康樹のとなりにきていた充晶が身を乗り出す。
「え、いいの? 僕達金ないよ?」
そう言った彼の目は、箱の中身に釘付けだ。
堪らず太壱に目配せするが、太壱も「ムリ」と肩をすくめて見せた。
確かに。今までこうなった充晶を止められたためしが無い。
しかし、清司の心情を気に掛けることなどない老人は、さらに追い打ちをかけるように言った。
「なぁに。この店はちょいと特殊でな。ワシが持ち主を選ぶこともある。お前さんらにはこれらを渡したいと思ったのだ」
たまらず、清司は言う。
「ちょっと待て! 充晶、頼むから落ち着け。こんな上手い話あるわけ無いだろ?さっきの話が本当ならかなりの年代物だぞ⁉」
「それなら今の話も本当じゃない?」
焦ったように止める清司の言葉に、充晶は落ち着いた笑顔で答えた。
確に、老人の話が本当であれば、どういう理屈があるかはともかく、この玉の持ち主は自分達という事になるが。
「じゃあ遠慮なくもらっちゃうよ?」
そこに反論できる言葉を考えているうちに、充晶と康樹が清司の前に出る。
「好きな色を選びなさい」
「じゃあオレはコレ!」
笑顔を崩さない老人の声に、そう言って康樹が手にしたのは赤い玉。
「僕はこっちかな」
嬉しそうな充晶が選んだのは黒の玉だ。
「……えーっと……」
清司と同じく、玉の異様さに気付いている太壱は、それを手にすることに抵抗を感じているのか、どう断ろうか迷っているようだ。
表情が引きつっている。
「俺はいらない」
そんな中、清司は一度落ち着くための呼吸をしたあと、そうスッパリと断った。
が。
「そう言わず受け取りなさい。コイツはお前さんに必要になるものだから」
老人は言いながら残り二つの玉を手にカウンターから出てくると、半ば強引に二人の手を取り、それぞれに玉を持たせた。
「……ちっ」
思わず舌打ちして、清司は握らされた玉に目をやる。
その時だった。
「——!?」
一瞬で、周りから一切の光が無くなったが、自分の体は見えている。
今の今まで様々なものに囲まれ、すぐ側に老人と三人がいたはずなのに、それらがいっぺんに消えてしまった。
明らかに異空間に放り込まれた形になった清司は、どちらに進んでよいのかも、このままここにとどまって良いのかもわからず立ちつくす。
「だから嫌だったんだ」
そう毒づいて、握らされた玉に改めて目をやる。
すると、突然玉が消え、目の前に白い虎が姿を現した。
『我が主』
虎の口が動いたかと思うと、その姿からは想像もつかない子供の声で、そんな言葉が発せられる。
虎は、実在する猛獣のトラではないだろう。
その証拠に、後ろに見え隠れする尾は二本あるし、虎の縞模様は薄い青緑色。
眼は金ではなく、青でもない。
宝石の様な緑色だ。
虎は頭を垂れると、再び言葉を発した。
『我が主となりし者。我に名を授けられよ』
何でこんなことになったんだよ。
そう胸中で毒づく。
コレはよくありがちな契約というやつだろう。
この展開で言えば、この虎に名前を付ければ契約は成立。
晴れて元の場所に戻れるだろう。
しかし、できればそれはしたくない。
こんなものと関係性を構築など、しないにこしたことはない。
だが、確認したいことはごまんとある。
幸いこの虎は人間の言葉を理解しているし、態度も友好的に見える。
「お前に名前をつけるかどうかの前に、聞きたいことがいくつかある」
『何なりと』
清司に言われ、虎はそう言うと、その場にぺたんと座り、じっと彼を見つめた。
『我は古の頃。国を護る術として造られた者。それ以上でも、それ以下でもない』
そう言うと、虎はゆっくりとまばたきをする。
清司はそれを聞いて、目の前の虎が自然発生的なものではなく、人造のものだと言うことは理解した。
ならば次だ。
「この国のモノか?」
その質問に、虎は前足をぺろぺろとなめ、猫がするように顔を洗う動作をしはじめた。
『我はこれ迄眠っていた。故に、時が過ぎているのは理解しているが、今我がいる国が何処かは解らぬ』
言い終わると、大きくあくびを一つして、その場で伸びをする。
清司はそれを見て、随分とリラックスし始めたなと感じながら尋ねた。
「そうかい。じゃあなんで眠ってたんだ」
そう聞くと虎は再び座り、目を伏せた。
虎の表情など分かりはしないが、心なしか悲しげだ。
『……あるじが身罷った故に』
「みまか? 死んだって事か?」
『あるじは国を守るために、最期まで我を振るった……』
そこまで言うと、虎は完全にうなだれた。
清司はそれを見てがしがしと頭をかいて、
「あー、わかった。そこはもういい。辛いことを聞いたみたいだ。悪かった」
そう謝った。
相手が何だろうが、会話ができる相手に対して、過去の傷を掘り返すようなことになるのは本意ではない。
清司の言葉に虎はぱっと顔を上げ、再び清司をみつめる。
『主が謝られることは無い。いずれは語らねばならぬこと』
心なしか表情が明るいので、気持ちは切り替わったようだ。
清司も話題を切り替えようと、次の質問をする。
「じゃあ質問を変える。お前に名前を付けたら何が起こる?」
『契約は更新され、主は我が力をその身に宿し行使することができる』
その言葉に、清司は首を傾げた。
契約ならわかるし、何かしらの力を使えるようになるであろうことも予想が着いていた。
しかし、なぜ「更新」なのだろうか。
疑問に思っているのが伝わったのか、虎は説明を続けた。
『魂の契約自体は既に成されている。故にこれは更新となる』
「魂? どういうことだ。俺はお前と会ったのは、今が初めてだぞ」
そう言ってまたも首を傾げる。
この虎との契約が魂ベースの契約というのはなんとなく理解できるが、すでにそれが進んでいるとはどういうことか。
『我が造られしときに、契約はすでに済んでいる。主は前のあるじの魂の転生者であるゆえに』




