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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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8章「終局」(肆)

 赤い舌を覗かせながら、こちらをじっと見つめている。


『我らと共にあの二人を討ち滅ぼしてやりましょうぞ』


 大蛇がそう言うと、その大きな顎門あぎとが開かれ、丸呑みにされてしまう。


 そのまま意識は混濁し、薄れていった。



 はじめに襲ったのはあの二人だった。


 それはよく覚えている。


 男はなぶって殺した後に飲み込んだ。


 女は腹を食い破って打ち捨てた。


 それだけで気がおさまるわけもなく、自分を慰みものにした男たちを探しては、一人一人なぶり殺しにしていった。


 そして、いつしか自分以外は食い物に変わる。


 男はなぶるのを楽しみながら殺し、女は皮を剥いで、被って使った。


 そんなことを繰り返しているうちに、一人の僧侶が自分を封じに現れた。


 僧侶ははじめ、自分に悔い改めよと諭したが、到底受け入れられるはずもなく、戦ったすえ僧侶にとり憑いた。


 内側からじわじわと苦しめたが、最後には僧侶の体ごと長い時間封印されることになる。


 その間も恨みが晴れることはなく、時間だけが過ぎ去った。



 解放されたのは数日前。


 封印を解いたのはまだ年若い男だった。


 手にしたものが何なのかもわからずにあつかい、封を解いたようだが、そのようなことは些末なこと。


 当然呪い殺そうととり憑いたが、邪魔が入った。


 とり憑いた若い男と、同じ年頃の男と戦うことになる。


 しかし、今度はひどく追い詰められてしまい、相手の男の身体めがけて境界を作った。


 これで逃げ切れる。


 そう思っていたが、それは違っていた。


 生きた人の肉体に境界を重ねたことで、その人間の中、魂の奥深くを垣間見ることとなる。


 相手の男のそれは酷く優しく、あたたかいものだった。


 ああ、このような人間になら、斬られても、滅せられてもいい。


 そう思う。


 うしろから声がする。


 魂の姿となってまで追ってきた男に振り向く。


 男が刀を振り上げた瞬間。


 男の顔が、それはそれは悲しそうで。


 頭上から刃が振り下ろされるのを、笑顔で受け入れた。



 清司が目を開けると、彼の目の前にはいつもの三人と平田の顔があった。


 皆一様に心配そうな顔をしているが、

「うわぁ⁉」


 思わずそんな声と同時に飛び起き、突如強い吐き気に襲われた。


「うっ!」


 急ぎ近くの茂みに駆け込み、胃からせり上がってくる内容物を吐き出す。


「だ、大丈夫か?」


 そう言って康樹が背中に手を伸ばすが、


「っ! さわるな‼」


 思わずそう怒鳴った。


 直後、またこみ上げる吐き気とともに嘔吐を繰り返す。


 そんな彼の状況を見て、太壱が言う。


「……清司はおれが看るから、今日はもう解散しよう」


 その言葉に、三人は仕方ないというふうにそれぞれ帰っていった。


「……大丈夫か?」


 少し離れたところから、居残った太壱が声をかける。


 それに答えようと少し顔を上げたところで、また吐き気が襲ってくる。


 そんな彼を太壱は落ち着くまで黙って見守っていた。


「はぁ、はぁ……うっ……」


 胃の内容物どころか、胃酸まで吐ききって、これ以上は胃袋が口から出てくるのではないかというくらいえずいたあと。


「……そろそろ吐ききったか?」


 太壱がそう声をかけてきた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ああ」


 肩で息をしながら、短く答えた。


 フラフラとした足取りでベンチに歩み寄り、どさっと腰を下ろす。


 太壱はそのベンチの端。なるべく清司から離れた位置に座った。


「……落ち着いてからでいい。何を見たのか聞かせろよ」

「……なんの話だ」

「バックレんなよ。どうせ消滅させたんだろうが。お前が自殺みてーな真似して倒れてから、何時間経ってると思う?」


 言われて、スマートフォンを確認すると、時刻は十八時をさしていた。


 公園に着いてから軽く三時間は経っている計算だ。


 そんなに長くあの化け物と対峙していたとは思えない。


 倒れてからの時間の方が長かったのだろう。


「……わりぃ」


 それだけの時間をただ待たせてしまったことに謝罪する。


 あの三人にも、明日顔を合わせたら謝らなければならないことに気づき、彼は胸中で毒づいた。


 が、太壱は時間のことで怒っているわけではないようだ。


「何があったか、きちんと聞かせろ。お前はそれだけのことをやったんだ」


 言われて、自身の行動を振り返る。


「……心配かけたな……すまん」

「っ! すまんじゃねぇんだよ‼」


 太壱の叫びのような怒鳴り声が、公園に響き渡る。


 充晶の結界が消えた公園には幸い誰もおらず、あたりはしんと静まり返っていた。


 いつもは声を荒らげない人物が声を荒げたことに驚きを隠せずにいると、太壱は伏せた顔を両手でおおい、続けた。


「……こっちが、どんだけ心配したと思ってる」


 くぐもった声で言った彼は、どこか疲れきった様子だった。


「……すまん」

「……謝るなら、ちゃんと話してくれ……なんであんなに突っ走った」

「……あれは、人間を殺すことを楽しんでた……そんなものを、野放しにできるほど……俺の頭は楽にできてねぇってこった」


 清司は一言謝って、自身の行動の理由を話す。


 太壱の方に顔を向けられず、それだけ言って黙った。


「……おれが封印すれば話は済んだ」

「お前の封印だって、いつかはどっかで崩れるだろ。そうなりゃまた死人が——」

「だからってお前が今死んだらもともこもない‼」


 清司の反論とも取れる言葉に、太壱は言うと同時に立ち上がる。


 そのままこちらに近づいてくると、胸ぐらをつかまれ、うつむいていた顔を上げさせられた。


 見上げた太壱の顔は、今にも泣き出しそうだった。


 真っ直ぐに見つめ返し、言うべき言葉を探すが、

「……すまん」


 出てきたのはその一言だった。


「——っ!」


 感情のやり場を失ったのだろう。


 太壱は乱暴に手を離すと、先ほどと同じ場所に座り直し、天を仰いだ。


「……せめて……」

「………………」

「……何があったのか聞かせろ」


 太壱の剣幕に、清司は言葉が見つからない。


「………………」

「……じゃないと……色々と納得できん」

「……わかった」


 清司はようやくそう言うと、『境界』であったこと、そしてその後目にした『存在の譲渡』による追体験の内容を、ゆっくりと話し始めた。



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