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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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8章「終局」(弐)


 太壱は、清司を担いで移動しながら、化け物が康樹の術で拘束されるのを目視で確認する。


「……うぅ……」


 清司は完全に気を失っているわけではないようで、薄っすらと目を開け、時折うめき声を上げている。


 ひとまず充晶たちがいる公園の入口付近まで退散し、清司をベンチに横たわらせた。


 肩の傷口の血が乾きかけているのを見て、早くも出血が止まっているのを確認する。


 そういえば、蒼春からは玉を使用中は身体能力と回復能力が一時的に上昇すると聞いていたのを、太壱は思い出した。


 こういうことかと納得する。


 つくづく便利なものだと。


 そう思っていると、充晶と依頼人の少年が駆け寄ってきた。


「大丈夫なの⁉」

「大丈夫だと思う。今は多分軽い脳震盪起こしてるんじゃないか? 結構しっかり蹴り決まっちまったし」


 充晶の言葉に、太壱が状況を説明すると、依頼人の少年がオロオロしながら言った。


「も、もっと違う止め方なかったんですか?あんな、頭に飛び蹴りなんて……」


 それに対して、太壱は苦虫を噛み潰したような表情で言う。


「ああでもしないと止まらなかったさ。こいつ昔っから、一回戦闘モード入ると相手倒すまで止まらないんだ」


「「えぇ……」」


 充晶と依頼人のリアクションが見事にハモった。


 太壱に向けられる視線が冷たい。


 いくら言っても聞かない親友を止める為とはいえ、その頭に飛び蹴りを入れる人間はまずいないだろう。


 当然のことかと半ば諦めつつ、太壱は付け加える。


「剣道も実力はあるんだけど、こんなんだからかな。審判困らせて試合に出してもらえなくなったって、いつだったかぼやいてた」


 以前、清司が言っていたことを思い出して言うと、ようやくそれは仕方がないと思ってくれたのだろう、それ以上は何も言わなかった。


 さて。


 康樹の集中が切れて術が解けてしまう前に、あの化け物を何かに封印しなければならない。


 真っ赤に燃える鎖に巻かれて、化け物は康樹の術を振りほどこうともがき続け、その動きに合わせて金属が激しくこすれる音がする。


「ところでさ、太壱が封印するんだよね? あれ。普通に封印したら、とり殺されちゃうんでしょ?」


 充晶が話している間にも鎖が数を増し、もはや灼熱の小山となった中でも、なお諦めていない化け物を指差して言う。


 太壱は頷くと、考え込むように腕組みをした。


「うーん。本の内容によると、戦ったときにとり憑かれてるみたいだから、これ以上あれを追い詰めないで、このまま封印できるおれはとりあえず大丈夫だと思うんだ。問題は、何に封印するのがいいかって話で……」


 そこまで言って唸ってしまう。


 すると、それを見た充晶が不思議そうに言った。

 

「この本じゃだめなのかい?」

「おれの術は『永久封印』って言っても、結局刻まれた印が壊れたら封印が解けるらしい。だから、なるべくなら固くてずっと残るものがいい」


 太壱が蒼春から聞いた封印の術についての情報を振り返りそう言うと、充晶は少し考えて、

「そんなもの……あ、石ころとか?」


 と、至極簡単な答えを出した。


「おれもこの際、それでもいいかなって考えてたんだが……」


 そこまで話したその時だった。


「あ、柳谷さん!」


 依頼人のその声に太壱が振り向くと、目を覚ました清司が起き上がっていた。


 何やらつぶやいているように聞こえる。


 聞いてみると、

「……あれは……消さないと……」


 とても低い、唸るような声でそう言っているのが聞こえた。


 表情は一点を見つめ、こちらの事などまるで気にしていないようだ。


 さすがに焦り、声をかける。


「せ、清司、大丈夫か? あとはおれがやるから、お前は休んで——」

 傷の回復を。


 太壱がそう言おうとした矢先だった。


 清司が無言で立ち上がり、刀を出現させ走り出す。


「ばかっ! 止まれ!」


 太壱はすぐさま追いかけるが、玉の使用を解いていた足では追いつけない。


 すぐに化け物のもとに着いた清司が、触れればすぐに焼け焦げそうな鎖の熱などものともせずに近づいて、化け物を一刀両断する。


 清司が術を使って消滅させたのか。


 そう思ったその時。


『やられてなるものかぁ〜‼』


 化け物の断末魔に似た叫びと同時、清司の体に丸い穴ができた。


 化け物がその穴に吸い込まれるようにして消えると、穴も同時に消え、一瞬清司がよろめく。


 直後、彼は自身の体目がけて、刀を突き刺した。


「何やってんだ清司⁉」


 わけがわからないまま駆けつけ、そのままふらりと力を失った清司を支える。


「おい、清司!」


 まさかここに来て自殺?


 いや、そんなはずはない。


 自分の中で浮かんだ考えを、すぐに自ら否定して、太壱は彼の肩を揺すり続ける。


 充晶と康樹も駆けつけた。


「清司、とり憑かれちゃった⁉」

「なに、何がどうしてどうなった⁉」


 それぞれが言うが、どう答えていいかわからない。


 このままではあの本の術者のように、化け物にとり殺されてしまう。


 太壱自身もどうして良いのかわからず、場の空気を混乱が支配しようとした、その時だった。


『主。姿を現すことをお許しください』


 そう言って目の前に現れたのは、青い服を身にまとった黒髪長髪の青年。


 彼は太壱に向かって、その場で片膝をついて頭を下げると、淡々とした口調で言った。


『彼……白秋の主は、白秋とともに『境界』内におります』

「……自分で行ったって事か?」

『おそらくは』


 確かに、言われてみれば清司の身体には肩以外の新しい傷は見当たらない。


 目の前に現れた青年、蒼春の言うとおりなら、あの刀で胸を貫いたように見えたのは、『境界』を渡るためだったのだろう。


 太壱は思わず頭を抱えた。


 

 頭に強い衝撃を受け、一瞬視界が途切れた。


 目を開くと自分は地面に倒れ、目の前には太壱の足。


 起き上がろうとするが、周囲の音が遠い上に目が回ってうまく動けない。


 そうこうしているうちに、化け物が赤い炎の壁に遮られる。


 それと同時に、太壱に担がれその場から連れ出された。


「……うぅ……」


 文句を言おうとするが、空気が漏れるようなうめき声しか出ずあきらめる。


 充晶達がいる公園入口まで連れてこられ、ベンチに寝かされると、回復してきたのか、周りの音が少しずつもどってきた。


 太壱が状況の説明と、あの化け物を封印すると話しているのが聞こえる。


 それはだめだと、自身の中で強く警鐘が鳴らされる。


 あの化け物は自分が生きるためではなく、完全に自分の気を晴らすためだけに、楽しむために生きた人間を殺している。


 そんなものを残しておけば、また封印が解けたとき、同じことが繰り返され、今度は誰も止められないだろう。


 そうなれば大勢の人間が死ぬことになる。


 頭の中で誰かが囁く。


「あれはこの世に残すべきではない」

「お前の手にはその力がある」


 その声は、果たして誰のものなのか。


 しかし今は、そんなことはどうでもよく、無言で起き上がった。


 ただ、

「……あれは……消さないと……」


 と、そんなつぶやきがもれる。


 それを聞いた太壱が声をかけてくるが、それには答えず、手に刀を呼び出すと、そのまま立ち上がった。


 太壱の制止する声を無視して走り出す。


 目には、鎖に巻かれてその身を焦がしながらもなおその身をよじり、逃れようとしている化け物しか映っていない。


 鎖がまとう熱気も無視し、刀を最上段から振り下ろした。


 鎖ごと斬られた化け物が


『やられてなるものかぁ〜‼』


 と、叫びながら手を伸ばし、胸に虚空を開く。


 同時に、化け物はその虚空に吸い込まれるようにして消えた。


 直後、頭の中に化け物の声が響く。


『お前はぁ〜内側から壊してやるよぉ〜』


 そうして胸の虚空は閉じられた。


 一瞬足がふらつくが、すぐに持ち直す。


 まだ終わりではない。


 刀の姿を維持したまま、白秋が念話で声をかけてくる。


『主。御身に『境界』が——!』

「……わかってる。俺を連れて行けるか?」

『お望みとあれば』

「行くぞ」


 低く言って、刀の刃を自分に向けると、ためらうことなく『境界』が開かれた胸へ向けて突き刺した。



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