7章「見える世界と見えない世界」(陸)
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康樹は、化け物と清司の攻防を目で追うことしかできなかった。
火花が散りそうな激しい金属音と、聞こえる清司の怒声。
時折見える清司の表情が、笑っているように見えるのは気のせいではないだろう。
普通の笑顔ではない。
眼光の鋭い目は見開かれ、口元は犬歯が見えそうなほど口角が上がっている。
一言で言い表すなら、狂気的な笑みだ。
太壱に相談したいが、彼は充晶に呼ばれて後方だ。
「これ、どうすればいいんだよ……」
呼び出した双剣を手にしたまま立ち尽くす。
それにしても、化け物というのはああいうものばかりなのだろうか?
だとすれば、自分の考えは極甘だったと言えるだろう。
清司が止めていたのは、こんな危険な状況に自分たちを巻き込まないためだったのだ。
今更それを実感し、両足の膝が小刻みに震えるのを感じる。
手にした武器と役割がなければ、今頃逃げ出していたかもしれない。
そんなことを考えていると、隣から女性の声が聞こえた。
『主は、術を使うときのことを思い浮かべるのに集中しな。思い浮かべたものが弱ければ、術はすぐに破られるよ』
声の主は自分の玉の朱夏だ。
契約のときは赤い炎をまとった巨大な鳥の姿で、本当に漫画やゲームでよく見る朱雀の姿だった。
が、今は自分より大人の、長い髪に赤いチャイナドレスが似合う女性の姿で隣にいる。
これは他の三人には見えているのだろうか?
朱夏は自分の身長に合わせて少しかがみ、肩に手を置いて話を続ける。
『いいかい。集中を途切れさせるんじゃないよ。途切れた途端、全て崩れるからね』
まるで、今の自分を落ち着かせるような声色だ。
そうだ。
自分がやりたいって言い出して始めたことじゃないか。
ここで弱腰になってどうする。
心の中でそう自分に言い聞かせる。
大丈夫。
きっとうまく行く。
足の震えは、自然と止まっていた。
◆
太壱は、平田が古本屋で手に入れたという本を急いで読んだ。
内容は実におぞましいものだった。
“相対した悪しき蛇のあやかしは、今はこの身に封じている。”
“いつの頃からか山にすまふこのあやかしは、人里に降りては男を喰らいて気を晴らし、女子を喰らいてその身とする、恐ろしき化生。”
“これまでいくつの村や里が被害にあったのか。状況、甚だし。”
“我が術にて経本への封を試みるが叶わず、我が身に取り憑いた為そのまま封じる。”
“我が身も、少しずつ蝕まれつつあることを実感せり。”
“この身が蝕まれ、命尽きるとき、このあやかしは再び世に放たれるであろう。
そうならぬよう、我が命を持ってこれを封じる。”
“これより記すは古の禁呪なり。
再び使われることなきことを切に願う。”
“まずは一人の協力者と、大量の墨を用意されたし。その墨を濃く溶き、おのが身に流れる血を混ぜる。
血の量多ければ良し。
その液を用いておのが身の隅々に経を記す。
これはおのが身に宿りしあやかしを出られぬようにするためである。”
“記したのち、七日七晩経を唱える。休むこと、食事をとること禁ず。”
“次に行うは、おのが身に流れし血を全て桶に集め、おのが身の屍を灰とし、それと混ぜ合わせたもので経を記す。
記すものは長く残りしものであれば尚良。”
“これをもって、我が身と共に永久に、悪しきあやかしを封じることとする。”
ここから字体が少し変わる。
“以下、僭越ながら弟子の慶雲が記す。”
“我が師の術を引き継ぐこととする。”
“師が残した生き血と、師の亡骸を荼毘に付したのち、集めた灰と遺骨をよくすり潰し、粉末としたのちに血と混ぜ、馴染ませる。
それを人の髪で作られし筆にて経を記し重ね、術の完成とする。”
“神経衰弱甚だし。
師の跡継ぎにはなれそうにあらず。
この書を里長に託し、旅立つこととする。”
そこで文章は終わっていた。
太壱は、ふうと息をついて本を閉じる。
この本の最後のくっついていたページは、まさに術者の「死体」と言っても差し支えない代物だろう。
太壱は考える。
このまま戦い続けると、今度は清司がこの本の術者の二の舞いになる可能性が高い。
そうなる前に、戦闘をやめさせなければならない。
と、その時だった。
「ぅがっ‼」
そんな声が聞こえ、後方を振り返る。
見ると、清司が蛇の化け物に肩をえぐられ、血を流していた。




