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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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7章「見える世界と見えない世界」(肆)

 裂けた口からは、ちょろちょろと蛇特有の細長い舌を覗かせ、感情のない爬虫類の瞳でこちらを見ている。 


『あぁ〜生意気だぁ〜式のくせに生意気だぁ〜!』


 そう言いながら、こちらに向かって青い炎を吐きかけてきた。


 ごうっという炎の音を聞きながら、横に素早く避けると、蛇へ突進してくる。


 蛇の腹めがけ、勢いのまま頭突きをお見舞いすると、蛇は一瞬姿勢を崩し、炎を吐くのをやめた。


 その隙をついて、虎の太い前足で蛇の頭を叩き、そのまま押さえ込む。


 とその途端、真っ白い空間に歪みが生じる。


 顔を上げると真上の虚空に窓ができていた。


 そこから現世うつしよに逃げるつもりか。


 ここが、主が使っていたあの板を場とした境界であるならば、出口もあの板の先に繋がっているに違いない。


 白秋は四肢を使って蛇を押さえつけつつ、虚空——あの窓の先の空間へ向けて叫んだ。


『電話とやらの持ち主よ! 今すぐ電話から離れられよ‼』



 東町まで走って五分。


 スマートフォンのマップを頼りに目的の公園を見つけた。


 後ろから三人がついてきているかを確認する間もなく、公園に駆け込むと、平田がすでに待っていた。


 しかし、様子がおかしい。


 スマートフォンを手に持ちおろおろとしている。


 よく見ると、スマートフォンのディスプレイから、通常ではありえないような光が発せられていた。


 先ほど白秋が「境界」に入ったときと同じ光だ。


「平田‼」

「柳谷さん!」


 清司は走る勢いを殺さず平田に駆け寄り、有無を言わさずスマートフォンを取り上げると、急ぎ離れて地面に置いた。


 平田が抗議の声を上げる間もなく、スマートフォンのディスプレイの光が強くなる。


 するとそこから声が発せられた。


『電話とやらの持ち主よ! 今すぐ電話から離れられよ‼』


 白秋の声だ。


 さて、何が出てくるのか。


 清司はある程度の覚悟を決めて、白秋に命令を下す。


「白秋! そいつをそこから引きずり出せ!」

『御意』


 直後、画面から大きな虎の前足がにゅっと現れる。


 それを皮切りに、薄緑色の縞を持つ白い虎が、何か大きな緑色の長いものを咥えて出てきた。


 虎はそれを数回地面に叩きつけるように振り回すと、ぺっと放り投げる。


 投げられたものに目をやると、それは女性の上半身に、下半身は黒光りする鱗を持つ緑の蛇の化け物だった。


『痛い〜痛いよぉ〜許さぬよぉ〜』


 そう言って上体を起こす。


『男はぁ〜なぶり殺しにしてぇ〜食ろうてやるぅ〜。女はじわじわとはらわた食ろうて役にたてようなぁ〜。許してはやらぬよぉ〜』


 振り乱した長い黒髪。


 その顔面は半分崩れ落ち、蛇のものが見えているため、片目が蛇のそれになっている。


 一糸まとわぬ姿だが、所々がやはり腐り落ち、両腕はあるものの、骨が折れているのか、もとの形状を維持していない。


 右足は付け根からなく、残った左足も腕同様ぐにゃぐにゃの状態だ。


 ともすれば腐臭が漂ってもおかしくなさそうなほどだが、長い時間を経て蛇と一体化してしまっているのだろう。


 臭いを感じることはない。


 今まで色々なものを見てきたつもりだったが、ここまでおぞましいものを見たのは初めてだ。


 恐怖に縛られないよう握りこぶしを作り、全身に力を入れ、震えてかちかちと鳴りそうな奥歯を、きつく噛み締めてこらえる。


 若干の息苦しさを感じ、きちんと着ていた制服の上着を脱ぎ、ベンチに放り投げた。


「あ……う……わぁ」

 後ろで平田が声にならない声を上げている。


 確かに、こんなものを見たら普通なら卒倒してもおかしくない。


 そう思ったときだった。


 ドサッという音がして思わず振り向く。


 思ったとおり、平田は目を回して倒れてしまった。


 と、後ろからバタバタと足音が聞こえる。


 追いついた三人が公園に駆け込んできた。


「はぁ! はぁ! 清司! 早すぎ‼」

「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜえっ、む、むりぃ」


 それなりに体力のある康樹と、普段特別な運動をしていない充晶が、それぞれ膝に手をつき、ぜーぜーと息をして言う。


「はぁ! 清司! 間に合ったか⁉」


 その隣で、余裕を残した太壱が状況を見ながら言った。


 おそらく、自分の足がいつもより早い上に、体力的にも疲れていないのは、今現在白秋を使っているからだろう。


 それよりも、今は化け物に集中しなければならない。


 そちらに視線を戻しつつ、充晶に言う。


「充晶、出番じゃねぇのか?」

「あ、そうだね!」


 彼は若干バテ気味に答えると、その手に弓を出現させ、空に向けた。


 そして。


守甲隔壁陣しゅこうかくへきじん‼」


 言葉と同時に、目一杯弦を弾く。


 康樹の家の庭で見たときと同じように、光の矢が放たれ、五つに分かれる。


 一本は空中で静止。


 四本は公園の四隅に向かって突き刺さった。


 瞬時に光の線が結ばれ、壁が形成されていき、あっという間に隔離空間が出来上がる。


 と、自分の両隣に康樹と太壱が並んだ。


「あれが今回相手にするやつかぁ。初戦にしてはエグい見た目だな」

「あ、あれが化け物かよ……オレ、吐きそう……」


 それぞれの感想を聞きつつ、清司は一歩前に出る。


「あれは俺が相手する」

「おい、お前、白秋使う気か?」


 太壱が心配した表情で言う。


 『存在の譲渡』の心配をしているのだろう。


「……消さないやり方はわかった」

「けど……」

「あんな化け物、お前一人で相手できるわけないじゃん!」


 なおも食い下がろうとする太壱のセリフに割って入ってきたのは、吐き気から立ち直ったらしい康樹だった。


「逆に、俺達にぶっつけ本番でコンビ芸ができるってのか?」

「う……」


 清司が康樹に目線を向けて言うと、さすがに返す言葉が浮かばないのか、黙ってしまった。


 しかし、今はそれでいい。


 白秋が牽制しているので今の所動きはないが、何がきっかけで化け物が動き出すか、予測などできない。


「お前は捕縛の準備してろ。使うの初めてだろ?」

「わ、わかった」


 重ねて言うと、康樹は一歩下がって自分の武器を呼び出す。


朱夏しゅか!」


 初めて見る康樹の武器は大小の双剣で、赤い柄の部分には二本の剣を繫ぐ鎖がついていた。


「た、タイミングみて、オレが勝手にやってもいいか?」

「康樹、おれが言うから待て」

「お、おう!」


 初めての実戦。


 緊張しているのだろう。


 康樹にいつもの勢いがない。


 太壱はそれを見越しているのだろう。


 康樹にいつもより優しく声をかける。


 と、太壱も蛇の化け物を睨みながら、


「で、お前が一人で行って、勝算はあるのか?」


 そう訪ねてきた。


「さあな。剣道の試合でもあるまいし、初めて見た化け物相手に、勝算もクソもあるかよ」

「それもそうか」


 清司の言葉に納得して、太壱も自身の武器を呼び出す。


蒼春そうしゅん!」


 現れたのは、太壱が一番得意とする武器であろう薙刀だった。


 柄の部分は青く、反りの深い刀身には、龍の彫り物が入っている。


「入れそうなら、おれも加勢するからな」

「……わかった」


 そう答えて、前へ進む。


 少しずつ、心のどこかで、何かが込み上げて来るのを感じる。


 あの化け物は、人を食い殺すと言っている。


 生きるために食うのではなく、自分の気を晴らすために殺すと言っている。


 それはとても。


 とても放ってはおけない、許せないことに感じる。


 恐怖はおさまっている。


 代わりに、何か違う感情が、心を埋め尽くそうとしている。


 化け物と睨み合う白秋の隣に立ち、静かに言う。


「白秋、やるぞ」

『御意』


 白秋は、所々に緑の装飾が施された、白鞘の日本刀になり、清司の左手に収まった。



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