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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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7章「見える世界と見えない世界」(弐)

 誰もいない踏切で電車待ちをしていたら、電車が通過する直前に、誰かに背中をぐいぐいと押されて、遮断器を超えそうになった。


 もちろん、振り向いても誰もいない。


 それは横断歩道の信号待ちでも起こった。


 ギリギリで止まってくれた車の運転手には歩行者側が赤信号だったこともあり、怒鳴られてしまった。


 その時も、自分以外には誰もいなかった。


 通っているスイミングスクールでは、泳いでいる最中に、足を引っ張られ、水の中に引きずり込まれて溺れそうになった。


 もちろん、コースには自分と、離れたところにコーチがいただけで、コーチが助けてくれなければ完全に溺れていただろう。


 だんだんと、外に出るのが怖くなった頃。


 自宅の近所を歩いていたらマンションの上の方から植木鉢が落ちてきた。


 落下地点は自分のつま先すれすれの位置。


 あと少し歩くのが早ければ、自分の頭を直撃していたに違いない。


 すぐに上を見上げたが、もちろん誰もいない。


 しんと静まり返り、気配すらしなかった。


 最近おかしなことが起こることを、両親には相談した。


 しかし両親は、注意力が足りないだけ、ただの偶然と、とりあってはくれなかった。


 両親に相談してもそんな状態だ。


 友達に相談しても、やはり偶然の重なりだと、相手にはされなかった。


 眠れば決まって、自分がひどい死に方をする悪夢で目が覚める。


 おかげでまともに眠れない日が続いているし、ここ数日は、自分の耳のそばで誰かがずっと囁く声が聞こえている。


 そのせいか、今日は朝からぼーっとしてしまい、最後の授業が終わったあとから彼に助けられるまでの記憶がおぼろげだった。


 中学からの友人の近藤の話によると、屋上のフェンスをよじ登り、飛び降りようとしたと言うのだ。


 その話を聞いてゾッとしたのは言うまでもない。


 彼に助けられてからはあの声はおさまっている。


 これはチャンスかもしれない。


 彼の言うとおり、あの本をすぐにでも近所のお寺に持っていってみよう。



「で、どうすりゃお前をただの刀として使えるようになるんだ?」


 自宅に帰り、宿題などやるべきことを終わらせた清司は、白秋を呼びだし、彼を質問攻めにしていた。


 力の範囲は斬る対象のみ。


 効果は斬った対象がこの世に誕生した瞬間から消滅の瞬間までの、存在情報の根本的な消滅。


 そして『存在の譲渡』という名の悪夢を見るという副作用付き。


 そこまではわかった。


 問題はその「使い分け」だ。


 白秋は子供の姿で現れたが、獣のような緑色の瞳は、表情が読み取りにくかった。


 ただ、今は質問がどうにも答えづらいのか、眉根を寄せている。


『……力を「術」と捉え、言霊を発したときのみ力を行使するようにすれば……あるいは』

「そんなことができるのか?」

『これが正解というわけではない。前のあるじは、そのようなことはしなかったのだ。だから我も試してみないと……』


 そう言うと、口をへの字に曲げる。


「そもそも、『消滅』の力を使うときは、お前自身が使ってるのか? それとも俺が使ってるのか?」

『我を振るうのは主であり、我は力そのものである』

「……っつーことは、やっぱりお前が力を制御してるってことか」

『?』


 どうやら自覚はないようだ。


 清司はふむ、と少し考えて、

「じゃあ、俺が言うまで力を使わないで、ただの武器でいることはできるのか?」


 そんな質問を投げる。


 白秋は顔を上げて清司を見たあと、口をとがらせて言い淀んだ。


『それは……可能であるが……』

「なんだ、できんのかよ」

『しかしそれでは……!』

「それでは?」

『主を、守ることができぬ……』


 そう言うと、白秋は膝の上の小さな手をぎゅっと握りしめる。


 前の持ち主は、一体どんな死に方をしたというのか。


『………………』


 白秋は過去を思い出してしまったのか、きゅっと目を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。


 それを見て、清司はため息をついて言った。


「残念だな。俺はお前に守ってもらおうとは思ってねえんだよ」


 これは本心。


 これまで色々と危険な目にはあってきたが、どれも自分で解決してきた。


 確かにそれで周りの人間に心配をかけることは多かったかもしれないが、たとえそれが一番付き合いの長い太壱相手でも、本心から「助けてほしい」と泣きついたことはない。


 そんな清司の言葉に、白秋はようやく顔を上げる。


『主……』

「よし。それじゃあなんか合図みたいなの決めとくか」


 そう言うと、清司は本棚から国語辞典を引っ張り出し、パラパラとめくり始めた。



 翌日。


 清司は大きなあくびをしながら登校していた。


 あのあと更に玉の力やその他諸々について、白秋から情報を聞き出したため、寝るのが遅くなったせいだ。


 玉は四つとも、それぞれの主にあわせた武器に変化できること。


 四つの姿は、中国の四聖獣の姿を模して作られたこと。


 それぞれに使用できる属性があり、白秋は風を操る力があること。


 玉の持ち主は、玉の力を使っている間に負った傷に限り、回復力が増し、傷の治りが早くなること。


 同じく、玉の力を使用している間に限り、身体能力が向上すること。


 玉はもともと、一国を守護する目的の他に、国の民を襲う化け物を退治することを主な目的として作られたこと。


 玄武の玉だけは、『隔離』の能力を使い、国の防衛に当たっていたこと。


 化け物は『境界』という、あの世とこの世の狭間のような空間を自ら作り、そこに潜み、人間を襲うときにこちらの世界に現れること。


 この今の時代は、その『境界』がそこら中にあふれかえっていること。


 昨日の話だと、そんなところだった。


 そして、無駄に時間を要したのが『消滅』の力を使う合図の言葉の決定だ。


 どうにも自分にはネーミングセンスというものがないらしい。


 国語辞典、漢字辞典を駆使しても、それらしい言葉が浮かばなかった。


 これは、ぶっつけ本番になるかもしれない。


「……はぁ。まあ、いいけどよ」


 歩きながら独りごちる。


 とりあえず、そんな化け物と戦うことなど、ありえはしないのだろうから。



 目を覚ますと、机の上に本が一冊置かれているのが、ぼんやりとした視界に入ってきた。


 寝る前に本なんか出しっぱなしにしたかな?


 そう思いながら眼鏡をかける。


 改めて本を確認すると、それは昨日寺に預けてきたはずの古本だった。


「ひぃっ……!」


 短い悲鳴を上げ後ずさる。


 同時に、あの声が再び耳元でささやく。


『お前はうとまれているよぉ〜』

『死んだほうが楽だよぉ〜』

『楽になりたいだろぉ〜』

『周りの人間もみぃ〜んなお前の陰口を言っているよぉ〜』


 その声に、心が乱される。


「や、やめろ‼」


 耳をふさいでそう叫んでも、声は止まらない。


『お前の父親はお前のことが嫌いさぁ〜』

『お前の母親はお前なんて産まなけりゃよかったと思っているよぉ〜』


 そんなことはない。


 家族関係はうまく行っているはず。


 父と母は再婚だが、自分のことはかわいがってくれているはずだ。


 しかしそんなことを言われると、どうしても不安がつのる。


『お前がいなくなればみぃ〜んな楽に、楽しく生きられるのにねぇ〜』

『お前が楽になりたいのなら手伝ってやるよぉ〜』

『なぁに、痛いのも苦しいのもほんの一瞬さぁ〜』


 自分は何にとり憑かれてしまったのだろう?



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