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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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7章「見える世界と見えない世界」

「……ずいぶん背負い込んでんな」


 そうつぶやきつつ、清司は屋上へと続く階段に向かっていく生徒を見ていた。


 彼にとってはよく見る光景だ。


 何かがとり憑いている人間には、黒い霧のような、モヤのような、とにかくそんなものがまとわりついていることがよくある。


 そういう人間は、不慮の事故に巻き込まれたり、自ら命を断ったり。


 とにかく、まともな死に方はしないのが常だ。


 しかし、このまま放っておくのはいかがなものか。


 屋上へ向かっているのなら、そこからのノーロープバンジーチャレンジなどという悲劇も、最悪考えられなくもない。


 さて。

 どうするべきか、腕を組み思案していると、廊下の向こうからもう一人の男子生徒が走ってきた。


「平田ー‼」


 どうやら屋上に向かっている人物は平田という名字らしい。


 その平田は、追いついた彼の声かけに答えるでもなく、やはりフラフラと、屋上へと歩を進めている。


「どうしたもんかな」


 清司が迷っているうちに、思いのほか早く屋上の扉の開閉音が響いた。


 屋上は入学して間もない彼の憩いの場でもある。


 晴れた日は屋上の隅で、のんびりと弁当を食べるのが、今は楽しいのだ。


 そこでことを起こされると、屋上が立ち入り禁止になりかねない。


 そうなるのは非常に避けたい事態だ。


 清司はため息をつくと、二人のあとを追い、階段を駆け登った。



 屋上ではすでに、背中に黒い靄を背負った平田がフェンスによじ登り、もう少しで乗り越えようかというところだった。


「くっそ! 早いな‼」


 そう毒づくと、清司はダッシュで近づき、フェンスに飛びつくと、平田の制服を掴んで後ろに引っ張った。


 しかし、かなりしっかりフェンスを掴んでいるようで、なかなか片手では引きはがせない。


「平田ぁ‼」


 足元では、平田の友人が必死に呼びかけているが、彼の耳には届いていないだろう。


 清司の力では足りないのか、平田はありえない力でじわじわとフェンスを登っていく。


 とうとう一番上に手が届くかというとき、清司は意を決して平田の背中に張り付くと、両脇から肩にかけて腕を回し、仰け反る形で引き剥がしにかかった。


「——っ! どっせぇい‼」


 そんなかけ声と同時に力を込める。


 と、その瞬間、平田は力を失ったかのようにフェンスから手を離した。


 非常に悪いタイミングだ。


「う? おあぁあ‼」


 清司が込めた力の分だけ反動がつき、そのままの勢いで屋上の床へ落下する。


 もちろん、清司を下敷きにして。


「ぐぇっ!」


 着地の衝撃とのしかかる平田の重量に、肺の空気が押し出され、そんな声が漏れた。


 と、そんな清司に構うことなく、平田の友人は彼に声をかけ続けている。


「平田! おい! 大丈夫か⁉」


 平田より、今は下敷きになった自分の方を心配してもらいたい。


 若干むっとしながら、清司は自分の体の上で気を失った様子の平田を乱暴にどけた。


 自分が下敷き——もとい、クッションになったのだから、怪我はないはずだ。


「ったく……なんだってんだよ、こいつは」


 そうぼやきながら、清司は平田の頬をぺしぺしと叩く。


「おい、起きろ」


 すこしして、

「う……うーん」

 と、平田がうめきながら目を開けた。


「平田ぁ! よかった‼」


 そう言って友人が安堵の声をあげる。


「あー。俺の心配はねぇのかよ?」


 あまりの無視のされ具合に、いい加減そうつぶやくように言う。


「あ! 助けてくれてありがとう! ……えーっと?」

「B組の柳谷だ。お宅らは?」

「あ、C組の近藤と平田です。平田を助けてくれてありがとう‼本当に、ありがとう‼」


 言うと、近藤は清司の手を両手で握りしめた。


 よほど平田を心配したのだろう。

 近藤の目には涙が滲んでいる。


 しかし、感謝されるのはいいが、握手でもないのに、男にしっかりと、両手で手を握られるのは、あまりいい気分ではない。


 と、清司の微妙な表情に気づいたのか、近藤はぱっと手を離した。


 ふと、黙っている平田に目をやると、彼は何かを探すように、周りをキョロキョロと見ている。


 それに気づいたのか、近藤が立ち上がり、近くに落ちていたメガネを拾って平田に手渡した。


「あ、ありがとう……ぼく、なんで屋上に?」

「覚えてないの⁉」


 驚いた様子の近藤の声に、平田が頷く。


 そりゃ、あんだけどす黒いものを背負って、死んだ魚の眼で歩いていたなら、覚えていなくても仕方がないか。


 清司はため息をつく。


「平田、お前さん、最近変なことないか?」

「変なこと、ですか?」

「例えば、どっかで誰かに押されて危ない目にあった、とか……」


 そこまで言うと、


「……う、うわあぁああああん!」

「え、え、え?」


 突然泣き出した平田に、近藤がたじろぐ。


 こりゃよっぽど溜め込んでたなと、清司は内心あたりをつけた。


「元凶がわかってんなら神社か寺に相談することを勧める」

「ひぐっ、ひぐっ……怖かったです!誰に相談しても、相手にしてもらえなくって……」


 かけた眼鏡をずらして涙を拭きながら、平田が言う。


 清司はそんな彼を見てため息をついた。


「まあ、そんなもんだろ」

「な、なんの話?」


 清司には大体見当がついていたが、近藤にはさっぱりわからない状況だろう。


 ふと、胸ポケットの中の紙片を思い出した。


 “何でも屋”の名刺だ。


 こんな形で、見ず知らずのやつ。

 しかも男に渡すことになるとは思いもしなかった。


 できることなら渡したくはない。


 しかし、今の平田には気休めでも頼れる人間が必要だろう。


 思わず苦虫を噛み潰したような表情になりながらも、そう思いなおし、清司は名刺を取り出す。


 平田に渡すと、彼は疑問符を浮かべながら聞いてきた。


「“何でも屋”、ですか?」

「心霊関係のな。寺も神社もどうにもならなかったら連絡しろ」


 清司はそう言って立ち上がり、その場をあとにした。



 清司がコーヒーを購入してから再び教室へ戻ると、三人は完全に暇を持て余し、だらけていた。


 充晶は椅子にのけぞり、康樹は机に突っ伏し、太壱はスマートフォンのゲームに勤しんでいる。

 

 清司は特に何を言うでもなく自分の席に戻ると、買ってきたコーヒーに口をつけた。


「遅かったじゃーん」


 机につっぷしたまま、くぐもった声で康樹が言う。


「なんかあったー? 腹でも下したー?」

「腹は下してねぇよ」


 続けて充晶が天井を見上げたまま、どうでも良さげに聞いてくるが、清司はバッサリ否定した。


 そして。


「人助けでもしてたか?」

「……………」


 太壱の発言に思わず黙り込む。


 なんでわかったと言わんばかりに視線を向けると、


「ただの勘だけど……図星?」


 そう言ってゲームの手を止めた。


 清司は頭をガシガシと掻きながら、仕方なしに答える。


「ちょっと色々あってな……名刺渡したから、もしかしたら、近々依頼の電話、来るかもな」


 清司のその言葉に、ガタガタっと派手な音がした。


 一人は立ち上がり、一人はひっくり返って床に転がっている。

 立ち上がったのは康樹。床に転がったのは充晶だ。

 太壱は珍しいものを見るかのような表情でこちらを見ている。


「な、なんだよ……」


 三人の反応に驚いていると、


「せ、清司が……」


 目を丸くして康樹がそこまで言って止まる。


「名刺を使うなんて……」


 やはり驚いたのか、太壱が続け、


「いやぁ、びっくりしたぁ……」


 床にひっくり返った充晶が、起き上がるのも忘れ、清司を見上げて言った。


 まあ、その反応も仕方ないといえば仕方ない。


 名刺を渡された当日、清司は最後まで名刺を受け取るのを拒否していたのだから。


 清司はため息をつくと、黙ってコーヒーを流し込んだ。



 心当たりがあるなら神社か寺へ。


 彼はそう言った。


 学校からの帰り道。

 黙々と歩きながら考える。


 心当たりは確かにあった。

 あの本を開いたことだ。


 あの本を、開いた次の日から、おかしなことは始まった。


 最初は些細なことだった。

 階段の上段で躓いて転げ落ちそうになったり。

 自転車とぶつかって道路に飛び出しそうになったり。


 そのうち明らかにおかしなことが増えた。



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