6章「新しい日常」(参)
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康樹の家から逃げるように立ち去って、清司は気がつくと、昨日の公園にいた。
倒れた木の周りに立ち入り禁止のロープが張られている以外は、昨日と何も代わり映えしない、普通の公園。
ただ、昨日のような強い悪寒は、感じることはない。
静かな公園だった。
昨日、白秋がひっくり返したベンチが元に戻されているのを見て、そこに腰掛ける。
「………………」
そのままぼーっと空を見上げた。
空は夕暮れが近いせいか、まだ十分明るいものの、雲が色づいている。
そのまましばらく、時間が過ぎるのに身を任せる。
今は何も考えたくなかった。
それからしばらくして。
「あ。いたいた」
そう言いながら近づいてきたのは太壱だった。
見ると、コンビニの袋を提げている。
中から缶コーヒーを一つ取り出すと、こちらに放ってよこした。
キャッチすると、ホットだったため、熱さに思わずお手玉状態になる。
「こいつ、便利なのなー。お前の居場所、一発で教えてくれたぜ」
太壱が言いながら、自らも缶コーヒーのプルタブを開け、隣に座った。
せっかくなので、清司もプルタブに爪をかけた。
温かいコーヒーが流れ込み、胃が温まるのを感じる。
「……夢、見たんだ」
少しの沈黙を挟んで、清司はポツリと、独りごちるように話し始める。
「夢?」
「世話になった女の子が、どんな思いをして死んで、俺に消されたかって内容の……」
「それは——」
言いかけた太壱を遮って、話を続ける。
「ただの夢じゃない。あれは彼女の人生の追体験だ」
「そんなことあるのか?」
普通ならありえない現象に、太壱が訝しげな声をあげる。
清司はちらりと太壱を横目で見ただけで続けた。
「俺も初めてだ。ただ、白秋……俺の玉の話だと、『存在の譲渡』ってやつらしい」
「なんだそりゃ?」
「そういうもんを斬って消滅させたとき、夢で見て情報を魂に刻むとか何とか。とにかく、そういう仕組みらしい」
「ふーん」
そう言うと、太壱は音を立てて缶コーヒーをすする。
「お前は、そういう話はしたのか?」
清司が問うと、太壱は肩をすくめ、
「いんや。ただ、おれのは『封印』だからな。そこまでの副作用的なものはないと思う」
そう答えた。
「そうか」
その言葉に少し安堵して、缶コーヒーを飲む。
「……おれたちが見えてるものについて、あいつらに話した」
「………………」
太壱の言葉に、清司は缶コーヒーを飲むのを中断する。
「納得はしたみたいだ。でも、どこまで理解してくれたかはわからん」
「……そうか」
上手く話してくれたのだろう。
清司はそう言って、再び缶コーヒーに口をつける。
「………………」
「女の子は、最後はなんか言ってたか?」
何度めかの沈黙の後、太壱がそう切りだした。
「……?」
清司は言葉の意味がつかめず、疑問符を浮かべる。
「消える間際さ。話も何もできなかったのか?」
言われて、夢の最後を思い出す。
彼女はなんと言っていたか。
「……消してくれて、ありがとうって……」
笑顔だった。
と、思う。
彼女の視点だったので、実際それを目にしたわけではないが、彼女の表情は、ほころんでいた。
「……ありがとう、か」
「………………」
太壱が顔を上げ、空を見ながらそう言うのを、清司は黙って聞く。
と、太壱が続けてたずねる。
「……玉、お前のは白秋って言ったっけ。話したのか?」
「ああ。『存在の譲渡』は正常に済んだらしい」
「それだけ?」
言われて、あの少し不器用そうな子供が、前の持ち主のことを思い出しながら言った言葉を、清司は思い返す。
「前の持ち主は、力をコントロールできて、消す相手を選んで斬ってたんだと」
「お前はそれ、できないのか?」
そう言いながら、前かがみになりうつむいていた姿勢を直した。
「……わかんね。昨日は必死だったし」
「………………」
沈黙した太壱を横目に、清司はため息をつく。
「白秋は、力を使う理由を考えろってさ」
「……力を使う理由、か」
「意志は言葉に宿るってのも、言ってたな」
考えてみれば、白秋にはいろいろと言われた気がするが、これと言って「術はこう使う」というレクチャーのような話はなかった。
「それって、前の持ち主は、何かしら呪文みたいなの言ってから相手を消してたってことじゃないのか?」
呪文とはまたファンタジーな。
そう思いながら、清司は刀を使ったときのことを思い返す。
が、それらしい出来事も、やはり白秋の補佐もなかった。
「……呪文って。そんなもん、わかんねぇぞ」
「そうだなぁ。おれもそれはわからんなぁ。でもヒントにはなるだろ?」
「……ヒントも何も……俺はこんな力、使いたくねぇんだけどな」
そう。
その気持ちだけは揺らいでいない。
使わなくて済むなら、それが一番いい。
「それは使う理由だな。お前、昔っからキレるときって、何かしら身近な人間が理由だったじゃん」
「……そうだったか?」
清司はふむと考え、振り返るが、思い当たることがない。
太壱はやれやれとため息をつくと、前かがみになり頬杖をついた。
「意識なしかぁ。ま、そんなんだからさ。おれは、お前がたとえ力を使ったとしても、間違って違うものを消すってことはないと思ってるけどな」
「………………」
太壱の言葉に少し考える。
力を使う理由。
白秋にも、似たようなことを言われた。
「……昨日の女の子だって、そのままほっといたら、子供が巻き込まれそうだったんだろ?」
「………………」
「だから普段なら近づかない「自殺の名所」なんかに入ったんじゃねぇの?」
それは確かに。
あのまま放っておけば、あの子供は今頃行方不明になっていたかもしれない。
しかし。
「……だとしても」
彼女を『消滅』させていい理由にはならない。
「女の子は、お前に感謝して消えた。それって、お前はその子を、最終的には助けたってことじゃないのか?」
「………………」
言われて、彼女のことを思い返す。
あの日々が、どれほどの地獄だったことか。
「今はわかんなくてもしゃーなし。でもさ」
「……でも?」
「でも、お前のその力って、絶対人助けには使えると思う。世の中玉もらう前のおれ達みたいに、「見えても何もできない」って人は大勢いると思うからさ。それに、人間にとり憑くのは、なにも幽霊だけじゃないだろ?」
そう言って、太壱はベンチから立ち上がった。
それを見上げるように視線を向け、清司は眉根を寄せる。
「俺は、そんな、世のため人のためなんて柄じゃねえぞ」
「ははは、そうだな。でも、身近な人間が困ったら放っておけないだろう?」
軽く笑いながら言う太壱に、何だか見透かされているような気分になる。
「そりゃ……まぁ……」
「それでいいんじゃね?」
軽く言いながら、太壱は両腕を上にあげ、体を伸ばす。
「………………」
「おれだって、『万物の封印』なんて力だけど、そんな大げさに使うつもりねぇし」
軽いストレッチが終わると、太壱は飲み終わってベンチにおいてあった缶コーヒーの缶を、公園に設置されているゴミ箱めがけて放り投げた。
缶は音を立ててゴミ箱に収まる。
「………………」
「あの二人がはしゃぎすぎなんだよなー」
清司に背を向け、腰をひねりながら太壱が言う。
「そうだな」
「おれたちはゲームの主人公でも何でもない、ただの一般人なんだからさー」
「……そうだな」
そんな言葉に同意して苦笑しつつ、清司も飲み終わったコーヒーの缶を、ゴミ箱めがけて放り投げた。
◆
翌日。
帰りのホームルームが終わるとともに、やはり康樹と充晶が教室に入ってきた。
その二人とすれ違った担任は、怪訝な顔をしていたが、特に何も言うことはなかった。
「早いな」
太壱が言う。
それはそうだ。
チャイムが鳴ったのとホームルームの終わりはほぼ同時だったし、二人が入ってきたのはそのすぐ後だ。
「僕たちのクラス、ホームルーム終わるの早かったんだ」
そう言う充晶は、昨日のことはどこ吹く風の満面の笑顔だ。
思わずため息をついて、要件を聞く。
「で、今日は何だ?」
すると康樹が、待ってましたと言わんばかりに
「このあとオレんち集合!」
と、元気よく言った。




