6章「新しい日常」(弐)
相変わらずきゃっきゃと楽しそうな康樹と充晶。
「じゃあさ! 幽霊退治もできるかな! オレ、捕まえるしかできないっぽいけど!」
そんな康樹の言葉を聞いて、清司は自分の血の気が引くのを感じた。
頭がしびれ、周りの声が遠くに聞こえる。
息がしづらい。
視界が明滅する。
いよいよ立っていられなくなり、その場にしゃがみこんだ。
「おい! 大丈夫か! 清司‼」
一番近くにいた太壱が駆け寄って声をかける。
返事をする間もなく、しびれが頂点に達し、視界はブラックアウトした。
◆
「——から、こいつは昔っから幽霊のたぐいとか影響受けすぎるんだって!」
太壱の声が聞こえる。
「でも今はそんなもんいないんだろ?」
この声は康樹だろうか。
「いないけど、影響受けて今絶不調なんだよ!」
「それはわかったけどさ。そんな影響いつ受けたの?」
こっちは充晶か。
「それは……」
なにやら言い合っているのを聞きながら、清司はゆっくりと起き上がって、息をつく。
それに気づいたのはやはり太壱だった。
「清司! 大丈夫か⁉」
「ああ、わりぃ。心配かけた」
彼の声かけに、清司は頭を抑えながら返す。
「もー! びっくりしたんだからなー! 調子悪いなら言えよー!」
「そうだね。言ってくれないと困るよ」
そばでしゃがみ、清司の目線に合わせて話す太壱に対して、康樹は怒っているのか、腕を組んで立っているし、充晶は少し離れてしゃがんでいる。
それぞれ心配はしてくれたようだ。
「わるかった。もう大丈夫だから」
そう言いつつも、体はまだ少し怠い。
そんな清司の様子を見て、太壱が言う。
「そのままでいいから、昨日のこと、話してくれないか?」
「………………」
「このままじゃ、おれたち納得しないぞ?」
そう言った太壱の表情は真剣だ。
「……わかった」
言うつもりはなかった。
しかし、このままだと三人に余計な心配をかけ続けることになる。
清司は意を決して、昨日あったことを、ゆっくりと話し始めた。
◆
夕方、公園で化け物と遊ぶ子供を送り届けたこと。
その後その化け物に取り憑かれて殺されかけたこと。
白秋と契約せざるを得なかったこと。
公園の木に憑いていた怨霊のような化け物を白秋で斬ったら、本体の木が倒れてしまい、その場から逃げたこと。
化け物の正体が、子供の頃遊んでもらった、女子高生だったこと。
そこまで話して、清司は言葉を切った。
三人は特別騒ぐこともせず、黙って聞いている。
思った以上に深刻に捉えられたようで、部屋の中は沈黙が支配し、壁にかけられた時計の針の音がはっきりと聞こえるほどだった。
「……じ、じゃあ、その女の子、消しちまったってことか?」
「……ああ。そうなる」
康樹の、事実を確認するかのような質問に、ゆっくりと答えた。
何かが凍りついたように、表情は動かない。
そうだ。
彼女を消したのは、紛れもない事実だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「俺の力は、基本、使えない。何でもかんでも消しちまうからな」
清司はそう言って、息をついた。
「で、でもさ! それならなおさら幽霊退治に向いてるんじゃ——」
思い空気が漂う中、そんな流れを変えたかったのだろう。
康樹が明るい声で言いかけるが、
「バカ野郎!」
「っ⁉」
清司は思わず声を荒げる。
「消すっつーことは、この世から消すだけじゃねぇんだ!本当に、何もなかったことに……いなかったことにしちまうってことなんだよ‼」
そう、康樹を怒鳴りつけてしまった。
康樹は悪くない。
こいつは、ただ単純に、触れてみたいだけなのだ。
あちら側の世界に。
怒鳴られて固まる康樹を見て、やるせない思いが胸を締めつける。
誰も、悪くない。
「……ご、ごめん」
康樹のその言葉に、いたたまれなくなる。
「……俺の方が悪かった。怒鳴って、すまん」
そう言って立ち上がる。
「ワリ。もう帰るわ。また明日な」
それだけ言って、清司はその場を後にした。
◆
清司が出ていって。
「オレ……あいつに悪いこと言ったんだな」
しょぼくれた様子で康樹が言う。
確かに、今の清司にとって、康樹の発言は無神経だっただろう。
だが、彼は幽霊は退治できると単純に考えているフシがあるので、仕方がないとも言えた。
「明日謝ればいいよ。アイツも頭に血が上ったんだよ。きっと」
充晶が康樹を慰めるように言うと、康樹は黙って頷いた。
事はそんな単純ではない。
太壱はため息をついて、二人の前に座った。
「あのな、ちょっと簡単に説明してもいいか?」
「何を?」
康樹が首を傾げる。
「お前たちが言う、「幽霊」について」
「是非聞きたいね」
続けた太壱に、充晶が聞く姿勢を見せる。
二人の同意を得て、太壱は話し始めた。
「お前らが言う「幽霊」って、どんなのイメージしてる?」
「えっと、生きてる人間に悪さするやつ?」
「生きてる人に悪影響を及ぼすもの?」
太壱の質問に、康樹と充晶が答える。
言葉は違うが、言っている内容はほぼ同じだろう。
うんと頷いて、太壱は続ける。
「違うんだなこれが」
「どゆこと?」
「?」
「確かに、一般的に「幽霊」ってのはそうかもしれないけど、実際は、この世に未練を残してどこにもいけない、ただの死んだあとの人」
見ると、康樹はまだ理解できないといったふうで、充晶はただじっとこちらを見ている。
「要するに、肉体があるかないかの違いだけで、「人」なんだよ」
「じ、じゃあ、悪さするやつって何なんだよ?」
太壱の言葉に、やはり疑問符を浮かべたのは康樹だ。
太壱はそれに答えるように続ける。
「それは悪霊とか、地縛霊とかそんなん。生きてる人間だって、悪いことするやつはごまんといるだろ?それと同じさ。でもそういうやつだって、結局は「人」だ」
二人は黙って話を聞いている。
すっかり冷めてしまったお茶に手を伸ばし、喉を潤した。
「だから、お前らが言う「幽霊」ってのは、確かに驚かされることも多いだろうけど、基本「人」と変わりないんだ。そして、未練が晴れたり何かしらの執着する気持ちがなくなれば、自分で行くべきところへ行くことができる。次の世界があるんだ。もしかしたら、生まれ変わりなんてのもあるのかもしれない」
そこまで言って、ようやく二人の表情が変わる。
「じ、じゃあ、清司が言ってた「消す」ってのは……」
「……本当に、消すことができるんじゃない?」
強張った表情になった康樹に、難しい顔をしている充晶が答えた。
「そう。あいつが言ってたのはそういうことだと思う。本当ならまだ続きがあった「人」の未来を、あいつは奪ってしまったんだと思う」
太壱は言いながら、お茶を喉に流し込む。
冷めてしまったからだろうか。
それは、いつもよりもだいぶ渋く、苦く感じた。
「あいつ、生まれつきそういうものが見えてたって言ってた。おれも似たようなもんだけど。だからこそ、「幽霊」になった人は、あいつにとって他の人に見えないだけのただの「人」なんだよ。だからあいつ、昨日のことはもしかしたら「人を殺した」っていうふうに捉えちまってるかもしれない」
「……そんな」
「そこまで……」
やっと、清司の力の意味と、彼の状況が伝わったのか、二人は何も言えないようだ。
誰にも咎められることがないぶん、清司にとってどれだけ負担になることか。
考えただけでも胃が痛む。
まして今回は、かつて世話になった人という事実も重なっているのだ。
自分なら、耐える自信はない。
きっと今頃発狂しているだろう。
康樹と充晶は沈黙したままだ。
これ以上は、今は話すことはない。
そう思い、残ったお茶を飲み干すと、太壱は立ち上がった。
「おれも行くわ」
そう言い残して、康樹の家を後にした。
◆
二人残されて。
「オレたち、ちょっと甘かったな」
「そうかもね」
「オレ、「幽霊」なんて、ゲームに出てくるような、人間を襲う化け物と一緒に考えてたのかも」
「僕もそれは一緒さ」
「もうちょっと、ちゃんと考えないと、だなー」
「そうだねー」
二人はそう言うと、大きなため息をつきながら天井を見上げた。




