6章「新しい日常」
軽くシャワーを浴びて汗を流し、気持ちをリセットして。
清司は登校の準備を済ませると、早々に家を出た。
昨日の今日で、両親は心配していたが、大丈夫だと言い切った。
大丈夫。
自分にもそう言い聞かせる。
「おはよう」
黙々と歩いていると、後ろから聞き慣れた声がして、肩を叩かれた。
振り向くと、真新しい学ランを着た太壱が立っていた。
「おはよう」
清司はそう返して歩き出す。
と、太壱が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「清司、大丈夫か?」
「……何が?」
「……お前が大丈夫だっていうなら、何も言わないけどな。無理だけはするなよ」
「……ん」
それだけ言って黙って歩く。
天気は良いが、心の中はぐちゃぐちゃだ。
これを表す言葉が、今の清司には見つからない。
数分歩いて、後方から再び声をかけられた。
「おーい! 清司! 太壱!」
「おはよう」
康樹と充晶だった。
行き先は新しくなったが、いつもと変わらない登校風景に、清司は余計に複雑な気持ちになった。
◆
新しい教室。
新しい机と椅子。
新しいクラスメイト。
新しい担任。
今までとは違う授業。
新しいものづくしの一日を終えて、清司は帰り支度を進める。
まだ部活はないし、放課後特に予定があるわけでもない。
と、そこに康樹と充晶が教室に入ってきた。
「いたいた!」
二人は迷わずこちらに来ると、少しだけ人の目を気にしながら話し始めた。
「おい、このあと暇だろ! オレんち集合な!」
「え?」
いつもより声を抑えた康樹の言葉に、太壱がとまどう。
「昨日のやつ、試してみない?僕、昨日の夜改めて話聞いてみたんだ。そしたら色々とできそうだなって思ってさ」
充晶が、やはり小声で、楽しそうに言う。
その誘いに太壱は、
「おれはいいけど……」
と、ちらりと清司を見た。
「………………」
人目は気にしているのだろうが、登校初日の放課後に、堂々と他のクラスに入ってくるのはいかがなものか。
とりあえず居残っているクラスメイトの視線は、四人に釘付けになっている。
明るすぎる康樹と充晶のテンションについていけず、清司は思わず黙り込んだ。
康樹が首を傾げる。
「もしかして、用事あったか?」
少しだけしょんぼりしたふうに言うが、首を横に振ってみせると、
「じゃ、決定な! 帰ろうぜ!」
と、打って変わって元気よく、先陣を切って歩き出した。
「何あの人……」
「他のクラスの男子が何で……」
などと囁き合う、訝しげな女子の声を無視して、清司も後を追うように教室を出た。
◆
自宅に着いて。
清司は自室に入ると、カバンを放り出し、私服に着替え、ベッドに寝転がった。
このあとの予定には、正直気乗りしていなかった。
今朝の夢のこともある。
あれは完全に彼女の過去だった。
死んだ人間の過去を、その人間の視点で体験する。
そこに自分の意識はなく、その人間の人生、思考を生々しく体験していく夢。
それがただの夢なのか、それとも現実なのか。
目が覚める瞬間までわからない。
そんなことは生まれてこの方、経験したことがなかった。
これから先、こんなことが続くのだろうか。
清司は白秋を呼び出す。
机に置かれたままの玉が光ったかと思うと、それは虎に姿を変え、ベッドの横に座った。
『ここに』
さすがに学習したのか、それとも、それが今ちょうどいいのか、大きさは大型犬ほどだ。
気怠さを感じながらも起き上がり、向き合う。
「……夢を見た……昨日斬った、あの女の人の……」
『正常に『存在の譲渡』が成されたか』
淡々と言う白秋の言葉に眉根が寄る。
「……あれが、そうなのか?」
清司は白秋の目を見てそう言った。
白秋は清司をじっと見つめ返して言う。
『消滅させた『存在』は、世の理から外れ、根本から無となる。しかし、夢見による『存在の譲渡』で、消滅させた対象の情報が、主の魂に直接刻み込まれることにより、『無かったこと』にはならぬ』
淡々としたその説明に、清司はうつむく。
「……消したことには、変わりないんだろ」
『左様。変わりのない事実である』
こいつに感情はないのだろうか。
昨日はあんなにべそをかいていたのに。
「なんで……」
あまりに冷酷な事実を突きつけられたようで、清司は言葉に詰まる。
『………………』
白秋は何も言わない。
それがかえって念押しされているようで、
「なんでこんな力なんだ! こんなもん、ただの暴力装置じゃねえか!」
清司はたまらず立ち上がり、そう声を荒げた。
『主……』
「お前で斬ったもんが全部消えちまうんなら、何もかも消すことができるってこったろ! ……下手すりゃ、生きてる人間だって……」
そこまで言って、力なくベッドに座る。
そうだ。
この力は純粋に危険なものだ。
下手をすれば、あの尖先に触れただけで消えてしまう。
そんなものを、どう扱えというのか。
清司は両手のひらで顔を覆った。
と、指のすき間から光がさす。
見ると白秋は、昨日の子供に姿を変えていた。
どこか申し訳なさそうに正座し、顔を伏せている。
『前のあるじは……』
ポツリと話し始める。
『前のあるじは、我を使うとき、消すものとそうでないものを分けて斬っていた』
「…………?」
『……意志の力は言葉に宿る。あるじは、その言葉に従い、力を使っていた』
清司が何も言えずにいると、顔を伏せたままの白秋は続ける。
『考えられよ、我が主。なぜ主は我を振るうのか』
「………………」
『力は、意志に宿る……あるじは……そう言っていた』
そこまで言うと、子供の姿の白秋は黙ってしまった。
こいつが言う、「前のあるじ」がどんな人間かは知らない。
しかし、よほど武器の扱いと、戦うことに慣れていたのだろうなということはわかった。
白秋が、「前のあるじ」を忘れられないことも。
「おまえ……寂しいのか?」
『?』
清司が思わずそう尋ねると、白秋は意味がわからないのか、こちらを見て首を傾げた。
「……いや。わからないならいい」
言いながらうつむき、ため息をつく。
白秋——玉の力が悪いわけではないのはわかっている。
力の使い方と、使いどころが肝心なのだろう。
まだ納得はできないし、心の整理はつかないが、それだけは理解した。
◆
「守甲隔壁陣!」
充晶が、手にした長弓を空に向けて構え、弦を弾くと同時にそう言うと、光る矢が空に放たれ、空中で五つに分かれる。
分かれた矢のうち四つは、充晶が指定した庭の四か所に刺さると、光の線を描いた。
空には五本目の矢がそのまま残り、地上の線から光の壁が現れると、そのまま空に浮かぶ矢の地点まで伸び、立方体の隔離空間を作り上げる。
「おお! すっげー‼」
そう言って感動したのは康樹だ。
父親が出張で数日いないという康樹の家の、さして広いというわけでもない庭に、四人はいた。
集まって早々。
康樹が、使える術があるなら見てみたいと言い出したのだ。
そこで、
「じゃあ僕から見せるよ」
と、充晶がこの結界を張って見せたのだ。
「これ、どう使うんだ?」
そう聞いたのは太壱だ。
確かに、隔離空間を作るだけなのかは気になる。
「んー。僕の玉、玄冬って名前にしたんだけどね。彼が言うには、ありとあらゆる事象からの隔離って言ってたから、この空間は今、一切の干渉を受け付けないことになってるんじゃないかな?」
「というと?」
充晶の説明に、康樹が理解できず、そう尋ねる。
「……こん中じゃ、ものが壊れることがないってことじゃねぇのか?」
清司が補足してそう言うと、康樹は「なるほど!」と納得した。
「あ! あとね、目に見えないものが見えるようになるっていうのも言ってたかな!」
さらに補足して充晶が付け足す。
そっちの方が重要な気もしないでもないが。
「まじで! じゃあ幽霊とかも見えちゃうってこと⁉」
「そういうことだよね〜」




