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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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6章「新しい日常」

 軽くシャワーを浴びて汗を流し、気持ちをリセットして。


 清司は登校の準備を済ませると、早々に家を出た。


 昨日の今日で、両親は心配していたが、大丈夫だと言い切った。


 大丈夫。

 自分にもそう言い聞かせる。


「おはよう」


 黙々と歩いていると、後ろから聞き慣れた声がして、肩を叩かれた。


 振り向くと、真新しい学ランを着た太壱が立っていた。


「おはよう」


 清司はそう返して歩き出す。


 と、太壱が心配そうに顔をのぞき込んでくる。


「清司、大丈夫か?」

「……何が?」

「……お前が大丈夫だっていうなら、何も言わないけどな。無理だけはするなよ」

「……ん」


 それだけ言って黙って歩く。


 天気は良いが、心の中はぐちゃぐちゃだ。


 これを表す言葉が、今の清司には見つからない。


 数分歩いて、後方から再び声をかけられた。


「おーい! 清司! 太壱!」

「おはよう」


 康樹と充晶だった。


 行き先は新しくなったが、いつもと変わらない登校風景に、清司は余計に複雑な気持ちになった。



 新しい教室。

 新しい机と椅子。

 新しいクラスメイト。

 新しい担任。

 今までとは違う授業。


 新しいものづくしの一日を終えて、清司は帰り支度を進める。


 まだ部活はないし、放課後特に予定があるわけでもない。


 と、そこに康樹と充晶が教室に入ってきた。


「いたいた!」


 二人は迷わずこちらに来ると、少しだけ人の目を気にしながら話し始めた。


「おい、このあと暇だろ! オレんち集合な!」

「え?」


 いつもより声を抑えた康樹の言葉に、太壱がとまどう。


「昨日のやつ、試してみない?僕、昨日の夜改めて話聞いてみたんだ。そしたら色々とできそうだなって思ってさ」


 充晶が、やはり小声で、楽しそうに言う。


 その誘いに太壱は、

「おれはいいけど……」


 と、ちらりと清司を見た。


「………………」


 人目は気にしているのだろうが、登校初日の放課後に、堂々と他のクラスに入ってくるのはいかがなものか。


 とりあえず居残っているクラスメイトの視線は、四人に釘付けになっている。


 明るすぎる康樹と充晶のテンションについていけず、清司は思わず黙り込んだ。


 康樹が首を傾げる。


「もしかして、用事あったか?」


 少しだけしょんぼりしたふうに言うが、首を横に振ってみせると、


「じゃ、決定な! 帰ろうぜ!」


 と、打って変わって元気よく、先陣を切って歩き出した。


「何あの人……」

「他のクラスの男子が何で……」


 などと囁き合う、訝しげな女子の声を無視して、清司も後を追うように教室を出た。



 自宅に着いて。


 清司は自室に入ると、カバンを放り出し、私服に着替え、ベッドに寝転がった。


 このあとの予定には、正直気乗りしていなかった。


 今朝の夢のこともある。


 あれは完全に彼女の過去だった。


 死んだ人間の過去を、その人間の視点で体験する。


 そこに自分の意識はなく、その人間の人生、思考を生々しく体験していく夢。


 それがただの夢なのか、それとも現実なのか。


 目が覚める瞬間までわからない。


 そんなことは生まれてこの方、経験したことがなかった。


 これから先、こんなことが続くのだろうか。


 清司は白秋を呼び出す。


 机に置かれたままの玉が光ったかと思うと、それは虎に姿を変え、ベッドの横に座った。


『ここに』


 さすがに学習したのか、それとも、それが今ちょうどいいのか、大きさは大型犬ほどだ。


 気怠さを感じながらも起き上がり、向き合う。


「……夢を見た……昨日斬った、あの女の人の……」

『正常に『存在の譲渡』が成されたか』


 淡々と言う白秋の言葉に眉根が寄る。


「……あれが、そうなのか?」


 清司は白秋の目を見てそう言った。


 白秋は清司をじっと見つめ返して言う。


『消滅させた『存在』は、世のことわりから外れ、根本から無となる。しかし、夢見による『存在の譲渡』で、消滅させた対象の情報が、主の魂に直接刻み込まれることにより、『無かったこと』にはならぬ』


 淡々としたその説明に、清司はうつむく。


「……消したことには、変わりないんだろ」

『左様。変わりのない事実である』


 こいつに感情はないのだろうか。


 昨日はあんなにべそをかいていたのに。


「なんで……」


 あまりに冷酷な事実を突きつけられたようで、清司は言葉に詰まる。


『………………』


 白秋は何も言わない。


 それがかえって念押しされているようで、

「なんでこんな力なんだ! こんなもん、ただの暴力装置じゃねえか!」


 清司はたまらず立ち上がり、そう声を荒げた。


『主……』

「お前で斬ったもんが全部消えちまうんなら、何もかも消すことができるってこったろ! ……下手すりゃ、生きてる人間だって……」


 そこまで言って、力なくベッドに座る。


 そうだ。


 この力は純粋に危険なものだ。


 下手をすれば、あの尖先に触れただけで消えてしまう。


 そんなものを、どう扱えというのか。


 清司は両手のひらで顔を覆った。


 と、指のすき間から光がさす。


 見ると白秋は、昨日の子供に姿を変えていた。


 どこか申し訳なさそうに正座し、顔を伏せている。


『前のあるじは……』


 ポツリと話し始める。


『前のあるじは、我を使うとき、消すものとそうでないものを分けて斬っていた』

「…………?」 

『……意志の力は言葉に宿る。あるじは、その言葉に従い、力を使っていた』


 清司が何も言えずにいると、顔を伏せたままの白秋は続ける。


『考えられよ、我が主。なぜ主は我を振るうのか』

「………………」

『力は、意志に宿る……あるじは……そう言っていた』


 そこまで言うと、子供の姿の白秋は黙ってしまった。


 こいつが言う、「前のあるじ」がどんな人間かは知らない。


 しかし、よほど武器の扱いと、戦うことに慣れていたのだろうなということはわかった。


 白秋が、「前のあるじ」を忘れられないことも。


「おまえ……寂しいのか?」

『?』


 清司が思わずそう尋ねると、白秋は意味がわからないのか、こちらを見て首を傾げた。


「……いや。わからないならいい」


 言いながらうつむき、ため息をつく。


 白秋——玉の力が悪いわけではないのはわかっている。


 力の使い方と、使いどころが肝心なのだろう。


 まだ納得はできないし、心の整理はつかないが、それだけは理解した。


 ◆


守甲隔壁陣しゅこうかくへきじん!」


 充晶が、手にした長弓を空に向けて構え、弦を弾くと同時にそう言うと、光る矢が空に放たれ、空中で五つに分かれる。


 分かれた矢のうち四つは、充晶が指定した庭の四か所に刺さると、光の線を描いた。


 空には五本目の矢がそのまま残り、地上の線から光の壁が現れると、そのまま空に浮かぶ矢の地点まで伸び、立方体の隔離空間を作り上げる。


「おお! すっげー‼」


 そう言って感動したのは康樹だ。


 父親が出張で数日いないという康樹の家の、さして広いというわけでもない庭に、四人はいた。


 集まって早々。


 康樹が、使える術があるなら見てみたいと言い出したのだ。


 そこで、


「じゃあ僕から見せるよ」


と、充晶がこの結界を張って見せたのだ。


「これ、どう使うんだ?」


 そう聞いたのは太壱だ。


 確かに、隔離空間を作るだけなのかは気になる。


「んー。僕の玉、玄冬って名前にしたんだけどね。彼が言うには、ありとあらゆる事象からの隔離って言ってたから、この空間は今、一切の干渉を受け付けないことになってるんじゃないかな?」

「というと?」


 充晶の説明に、康樹が理解できず、そう尋ねる。


「……こん中じゃ、ものが壊れることがないってことじゃねぇのか?」


 清司が補足してそう言うと、康樹は「なるほど!」と納得した。


「あ! あとね、目に見えないものが見えるようになるっていうのも言ってたかな!」


 さらに補足して充晶が付け足す。


 そっちの方が重要な気もしないでもないが。


「まじで! じゃあ幽霊とかも見えちゃうってこと⁉」

「そういうことだよね〜」



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