4章「満塁ホームランの非日常」(肆)
「ここで間違いないな」
誰かと通話でもしているのだろうか。
そんなことを言いながら空き地に入ってきた。
声は聞き馴染みのあるもので、清司は足音の主の名前を呼ぶ。
「太壱、か?」
「清司! 大丈夫か、何があった?」
そう言って駆け寄ってきた太壱は、よほど急いで来たのだろうか。
珍しく息が上がっていた。
「どうして、ここに?」
「お前、玉と契約したろ。おれの玉が教えてくれた」
それを聞いてため息をつく。
「なんだ……つー事は、お前も、契約したのか……」
清司がそう言うと、太壱もため息まじりに肩を落とした。
「ああ、なんだかんだで結局な。とにかく、お前の家まで行くぞ。立てるか?」
太壱が言いながら手を引き、清司が立ち上がるのを手伝ってくれる。
「悪いな」
そう言いながら素直に肩を借り、清司はゆっくりと歩き始めた。
「公園でな……子供が遊んでたんだ……こんな時間に……」
黙ったまま歩くこと数分。
清司はなんとなく、ぽつりぽつりと先ほどまでの出来事を話し始める。
肩を貸す太壱は黙って聞いていた。
「……あの公園……俺、近寄らないように……してた……」
現に今日まであの公園に足を踏み入れることはなかったのだ。
相変わらず気分が悪いため、とぎれとぎれに言う。
「首吊りがあった、曰く付きの公園なんて……何があるか……」
独り言のように、清司は話を続けた。
「でも、今日……行って、わかった……」
言葉にしながら、胸が締め付けられるのを感じる。
「あそこで……ガキの頃……大事な人が、死んだんだ……」
夢の少女の、最後の言葉を思い出す。
「……その人を……消したかも……しれない」
声にして、胸の締め付けが更に強くなった。
彼女が何を言ったのか、ようやく理解する。
「……俺は、彼女を……成仏もさせずに……消したのに……『ありがとう』って……」
言いながら、膝から力が抜け、太壱の肩からずり落ちるように、その場にへたり込んだ。
太壱も合わせるかのように、その場にしゃがむ。
清司の目には、いつの間にか涙が滲んでいた。
「なあ、太壱……」
「うん」
「俺……人間を……人を消滅させたのかなぁ」
「………………」
涙声になりながら、心の中でなおもわだかまる思いを吐き出し、ただ地面を見つめる。
太壱は黙って、清司を見つめていた。
そして、
「……お前が手に入れた『消滅』の力のこと、玉にきちんと聞くべきだと思う」
太壱がいつもよりも静かに、言い聞かせるようにそう言った。
清司はその言葉に、無言で頷き涙を拭うと、再び太壱の肩を借り、歩き始めた。
◆
家につくと、鬼の形相の母親が、帰りが遅くなった清司を迎えたが、彼の満身創痍の状態を見て、すぐに状況を理解したのか、自室で寝るよう言い渡された。
怒られなかったのはありがたいが、心配させてしまったようだ。
清司は、申し訳ないと思いつつ寝間着に着替えると、ベッドに横たわる。
あの後、太壱とは玄関前で別れ、再び走って家に帰っていった。
太壱が怒られないといいのだが。
と、そんな心配はさておき。
眠ってしまう前にやらねばならないことがある。
白秋と名付けた虎に、改めて話を聞かなければならない。
清司は重い体を無理やり起こし、明日の準備を手短に済ませると、玉を手に、ベッドに腰を下ろした。
つるりとした表面の、まるで質の良いガラスのような光沢を放つそれを手のひらに乗せ、つぶやく。
「白秋」
『はい』
清司の呼びかけに、玉が仄かに光るとともに、白秋の声が聞こえる。
「お前の、『消滅』の力について、いくつか質問をする。詳しく聞かせろ」
『御意』
泣いていた子供の姿からは、想像もつかない硬い返答を聞いて、清司は一度立ち上がり、玉を机に置いた。
玉は、平らな机の上で転がることなく、ただ白い光を放っている。
清司はごほんと咳払いをすると、ベッドの端に座り直した。
頭の中を整理して、言葉にする。
「まず、『消滅』ってのは何だ?そのままの意味か?」
『左様。先にも申し上げたが、この世のありとあらゆる「物」、「事」を『消滅』させる術である』
変わらず感情の無い声が答え、清司はふむと考えて聞いた。
「……その『消滅』させたものはどうなる?」
一言に「消滅」と言っても、ただ単に消し去るだけなのか、それともそれ以上のものなのか。
玉はその光を静かに揺らすと、静かに答える。
『この世から、存在ごと消え去る。「物」を斬ったのなら存在しなかったことに。「事」を斬ったのなら無かったことになる』
そこで清司は疑問に思う。
「じゃあ、今日俺が斬ったのはどうなった?」
『木に宿っていたあのモノは無かったことになった』
「……なかったことになるなら、俺が今こうして覚えているのはおかしくないか?」
そう。
斬ったものが「なかったことになる」というのであれば、なぜ実際にこうして自分の記憶は変わっていないのか。
「なかったことになる」のであれば、様々な矛盾はどうなるのか。
いわゆるタイムパラドックスの問題だ。
その清司の疑問に、さも当然のことであるかのように、玉の白秋は答えた。
『それは、主の魂に『存在の譲渡』が行われるからである』
また新しいワードだ。
清司はため息をつきそうになるのを抑え、質問を続ける。
「何だその『存在の譲渡』って?」
『『消滅』を使うことは万物の理の矛盾の発生を意味する。それを防ぐためのものだ』
「…………?」
白秋の言葉に、清司は思わず首をかしげる。
それを察したのか、玉の光が大きく揺れて、白秋が続けた。
『一つの「物」がなかったことになるとき、そこに関わった他の「物」や「事」もなかったことになってしまう。そうするとありとあらゆる事象に矛盾が生じ、やがて世界は崩壊——』
「まてまてまて! 段々と話がでかくなってきてないか⁉」
『それを防ぐための『存在の譲渡』である』
「そ、そうか……」
そこまで聞いて、思わず前のめりになって立ち上がりかけるが、やはり事も無げに話す白秋の声に落ち着き、事の重大さに頭を抱える。
まさか、ここまででかい話になるとは思いもよらない。
しかし、使ってしまったものは仕方がない。
白秋の話では『存在の譲渡』とやらで、その矛盾が防げるのだから、なんとかなるのだろう。
どんなものかは知らないが、腹を括るしかなさそうだ。
「よし、わかった。じゃあその『存在の譲渡』ってのはどうすりゃできる?」
『眠れば良い』
「は?」
清司は思わずそんな間抜けな声をあげた。
事の重大さに対して、対応が「睡眠」とは何と言う落差だろう。
玉がくるりと光を揺らし、白秋が続ける。
『眠れば、『消滅』させたモノの情報が夢を介して主の魂に直接刻み込まれる』
「夢見りゃいいってことか?」
『そういうことだ』
「……わかった」
そう言うと白秋は沈黙し、玉の光はおさまった。
清司は随分単純なものだなという感想を胸に、目覚ましをセットして、部屋の電気を消すとベッドに潜り込んだ。
そのまま目を閉じる。
今日は色々なことがありすぎた。
清司は考えるのをやめ、襲ってくる睡魔に身を委ねた。




