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境界に佇む者たち  〜柳谷清司の怪奇録〜  作者: 風月
サイキック・ケースワーカーズ 結成譚
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4章「満塁ホームランの非日常」(参)

 守ってくれていた祖父の影響が無くなってからは、他の人には見えない世界の住人からちょっかいを出されることも多く、その度に反応してしまったり、何もないところで怪我をしたりを繰り返していた彼は、いつしか幼稚園や近所の子供たちの中でも浮いた存在になってしまっていた。


 その結果、こうして一人、家から離れた場所にある公園まで遠征してきているのだった。


 ここなら人目を気にせず、思いっきり遊ぶことができる。


 ひとり遊びに慣れていた清司は、誰もいないことをいいことに、ブランコを独り占めしたり、アスレチック遊具で楽しんでいたが、とうとう雨が落ちてきた。


 濡れないようにと、とりあえずドーム型の遊具の中に入り込む。


 と、そこには先客がいた。


「わ! びっくりした」

「驚かせちゃった? ごめんね」


 暗がりに馴染むように、さして広くもない遊具の内側の隅に、一人の少女が膝を抱えて座っている。


 まだ幼い清司には、制服を着た姿の彼女がとても大人に見えた。


「えっと。おねえさんは、どうしてここにいるの?」


 驚いて跳ねた鼓動も落ち着いた頃。


 外の雨も気になったが、そのまま黙っていることにも耐えられなくなり、そう尋ねる。


 内心、彼女が自分にしか見えていない人だったらどうしようかという不安もあったが、話しかけずにはいられなかった。


 公園の遊具の、それも小さな自分が潜り込むような穴ぐらに、自分よりもずいぶんと年上の少女がいるのは、子供ながらに不思議に思ったのだ。


 外は雨脚が強くなり、遊具の中は先程よりも薄暗くなった。


「うーん。そうだよね」


 少女は少し考えると、


「ここなら、見つからないかなって思ったんだ」


 そう言って、少し困ったような笑顔を見せた。


「かくれんぼ?」


 清司が首を傾げながら問うと、少女はまた困ったような笑顔で答える。


「そうだね」

「そと、おれしかいないよ?」 

「そっかー。みんな雨降ってきたから帰っちゃったかなぁ」


 変わらない表情を浮かべたまま、はははと笑ってみせる少女。


 清司はなおも質問を重ねる。


「じゃあ、ひとりぼっち?」

「そうだね」

「さみしい?」


 彼がそう聞いたところで、少女は一瞬目を丸くするが、すぐに、

「今はキミがいてくれるから寂しくないよ」


 そう言って笑顔になる。


「そっかー。よかったね」


 少女の優しい返答に、清司は無邪気に言ってにかっと笑うと、彼女もつられて笑い声をもらした。


「フフッ。ぼく、お名前は?」

「おれ? やなぎやせいじ! ごさい!」


 先程の不安など吹き飛んでしまった清司は、彼女の質問に元気よく言って、手を広げて見せる。


「おねえさんは?」

「私? 篠宮しのみやミカ。十七歳です!」


 そう言って彼女——篠宮は、清司と同じように手を使って十と七を示して、自己紹介をした。


「しのみや……ミカ、さん」


 名前をたどたどしく言う清司に、篠宮が微笑みながら言う。


「ミカお姉ちゃんでいいよ」


 すると、清司は少し不安げな表情になり、うつむき加減で篠宮を見た。


 毎日のひとり遊びが寂しくないはずもなく、当然遊び相手がほしい。


 そんな期待を胸に、尋ねる。


「ミカおねえちゃんは、あしたもここにくる?」


 篠宮はそんな清司を見て、ぽんぽんと頭を撫でると、

「毎日来るよ」


 と、明るく言った。


「ホント⁉」

「うん」

「じゃあ、おれもまいにちくる!」


 期待していたとおりの答えを聞いて、清司は狭い遊具の中でぴょんと跳ねる。


 雨の中、そんな会話を交わし、どちらからとも無くゆびきりをした。


 肌寒い中でも、触れた指はあたたかく、確かに生きた人のぬくもりだった。


 気づくと、外は雨脚も弱まり、少し空も明るくなっている。


「そろそろ帰らないと、おうちの人心配するんじゃないかな?」


 篠宮が言うと、清司は「うん」と頷き、そっと遊具から外に出た。


 雨はまだ降っているが、先程よりもだいぶ静かな降り方だ。


 走り出す清司に、篠宮が後ろから声をかける。


「また明日ね」


 清司は振り返ると、元気よく手を振った。


「うん! バイバイ!」

「バイバイ」


 まだ遊びたい気持ちはあったが、その日はそれで別れた。


 以降、この公園で清司は、篠宮という少女と毎日のように遊んで過ごす。


 幼い清司にとって、当時唯一の遊び相手で、それはずっと続くものと、彼は疑わなかった。



 風邪をこじらせてしばらく外で遊べなかった日が続いたが、それが解禁されたとある日。


 いつものように公園に行くと、そこにはいつもは居ない大人達で人だかりができていた。


 近くにはパトカーと救急車も停まっており、公園の入り口は黄色いテープで出入りができないようになっており、物々しい雰囲気だった。


 公園の端にある木の周りはブルーシートで覆われていて、そこに何があるのかは、清司からは見えない。


「ごめんね」


 何が起こっているのか理解できず、一人立ち尽くしていると、耳元に篠宮の声がして、


「ミカおねえちゃん?」


 つぶやくように言って振り向くと、そこには首が不自然に伸びた、歪んだ顔の篠宮の姿があった。


 あまりの姿に何も言えず、ひゅっと息をのんだ。


 そこからの記憶はない。


 以降、清司がその公園に近づくことはなかった。


 心の奥底にしまわれた、幼い頃の記憶。




「ごめんね」


 少女の声。


 気がつくと、公園によくあるブランコに揺られていた。


 隣には顔が黒く塗りつぶされたように見えない少女が、やはり同じくブランコに揺られている。


 何を謝ることがある?


「こんな事になるなんて思わなかった」


 こんな事……?


「君がまた来てくれるとも思ってなかったから、うれしくて……」


 前に会ったことあったっけ?


「忘れちゃったよね」


 ……ごめん。


「いいの。私が悪いの。私が嫌になって、諦めちゃったから」


 諦めた? 何を……


『——るじ!』


 あ?何だこの声


『目を覚まされよ!』


 うるさいな……


「……戻ったほうがいいね」


 そうか?


「私を……——てくれて、ありがとう」


 え? 



『主‼』

「う……」


 過去の夢と、断片的な映像から目を覚ますと、そこは先程白秋に乗って降り立った空き地だった。


 どうやら気を失っていたらしい。


『ぐすっ……あるじぃ……』


 声の主を見ると、そこには自分が白秋と名付けた虎ではなく、見覚えのない子供が、涙をいっぱいに浮かべて地面に手をつき、顔をのぞき込んでいた。


 声からして白秋なのだろう。


 宝石のような緑色の目がはっきり見える。


 人の姿にもなるのかと、心の中で感心しつつ、

「呼んでたの……お前か」

 と言いながら、ゆっくりと起き上がった。


 気分は最高潮に悪い。


 なんなら今にも吐きそうだ。


 それを知ってか知らずか、子供の姿の白秋は、ひしっと清司にしがみついてきた。


『主……死んでしまったかと……思って……ぐすっ』

「……誰が……死ぬか」


 かすれた声でそう言いつつも、具合が悪い事には変わり無く、その場で再び仰向けに寝転がる。


 空はすっかり日が暮れて、街灯の明かりがわずかに届く程度のこの空き地は、人通りもなく、よほど騒ぎでもしない限り、休むにはちょうどいい。


 このまま少し回復するまで。

 せめてこの、目が回る感覚が落ち着くまで休んでもいいか。


 そう思い目を閉じるが、


『主ぃ! 死んではならぬぅ~! 主ぃ~!』


 そう言いながら、白秋がベしょべしょになった顔をこすりつけながら更に泣くものだから、清司は仕方なく起き上がり、頭を撫でてやる。


「だから……俺は、死なねぇって」


 これではとても休まらない。


 泣きやまない白秋を、よしよしと慰めていると、こちらに近づいてくる足音に気がついた。


 とたん、子供ははっと顔を上げ、白虎の姿に変わり、空き地の入り口に向かって立つと、毛を逆立てる。


 どうやら守ろうとしてくれているらしいが、人間相手にそれは必要ない。


「白秋、大丈夫だ。玉に戻れ」

『しかし』

「いいから……お前が見られたほうが、騒ぎになって大変だ……戻れ」


 そこまで言うと、ようやく白秋は逆立てた毛を落ち着かせて消えた。


 普通の人間の目に見えるのかどうかはさておき、この白い虎には、色々と物事を教えたほうが良いような気がする。


 さて。


 テンポのいい駆け足で近づいてくる足音は、空き地の前でピタリと止まった。


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