四、古の街道
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ケルトの旋律を流しながら読むと、文字がより深く、世界へと染み込んでいきます。
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門柱をくぐった瞬間、空気が変わった。
少年は足を止め、ゆっくりと息を吸い込んだ。森の空気とは違う。あの湿った苔の香りも、雨上がりの土の匂いも、ここにはない。ただ、古さだけがあった。石が長い年月をかけて蓄えてきた、冷たく静かな古さが。
門柱は、二本の巨大な岩でできていた。人が積み上げたのではなく、もともとそこにあった岩に道が刻まれたような、そんな佇まいをしていた。表面は苔に覆われ、亀裂に沿って小さな草が生えている。文字らしきものが刻まれていたが、長い時間で磨耗し、もはや読めない。
これが、王国の領域だった。
旅人が言っていたことを思い出す。王国の影は、ここから始まる。塔の見える都はまだ遠い。でもここから先は、すでに違う世界だ。
少年は歩き始めた。
道は石畳だった。
整然と並べられた石ではなく、大きさも形もばらばらな石が、まるで川の流れのように大地に馴染んで並んでいる。長い年月、無数の足が踏みしめてきた証だった。角が丸く削られ、中央部分がわずかに凹んでいる。
足を踏み出すたびに、音がした。
コツ、コツ、コツ。
森の土とは全く違う、硬くて澄んだ音だ。少年の靴底から石へ、石から大地へ、小さな振動が伝わっていく。
それだけのはずだった。
でも。
少年は気づいた。
石が、答えていた。
靴底が触れるたびに、かすかな共鳴が返ってくる。聞こえるか聞こえないかの、ぎりぎりの音。地面の奥底から湧き上がる、低くて遅い振動。まるで眠っている何かが、足音に反応して寝言を漏らしているような。
少年は立ち止まり、しゃがみ込んで手を石に当てた。
掌に、かすかな温もりを感じた。石の表面温度ではなく、もっと内側から来る温もり。
「……歌ってる」
思わず呟いた。
歌とは言えない、ほとんど何もない音だ。でも確かに、何かがある。森の木々が風に揺れるような、川の水が岩を削るような、そういった大地の呼吸に近い何かが、この石の下に眠っていた。
少年は立ち上がり、また歩き始めた。
今度は、違う踏み方で。
リズムを作って歩いてみた。一定の間隔で、石を踏む。コツ、コツ、コツ、コツ。均等に、続けて。
すると、共鳴が変わった。
地面の奥から返ってくる振動が、少しだけ整ってきた。眠っているものが、夢の中でこちらの声に気づいたような。
少年の心臓が高鳴った。
道の両側には、石が並んでいた。踏み固められた街道から少し離れた場所に、立石が点々と続いている。高さは少年の腰ほどのものから、頭より高いものまでさまざまだ。どれも、人が運んできたとは思えない大きさと重さをしている。
なぜここに置かれたのだろう。いや、置かれたのではないかもしれない。もとからここにあったものを、誰かが道の脇に並べたのか。あるいは道そのものが、石に沿って作られたのか。
少年は一つの立石に近づき、触れた。
手に、ざらりとした感触があった。石の表面には、細かい線が刻まれていた。単純な模様のように見えるが、よく見ると規則性がある。波のような曲線が、螺旋を描いて石の表面を流れている。
森の老婆が言っていたことを思い出した。
「昔は、全てのものが歌っていた」
この石も、かつては歌っていたのだろうか。
少年はもう一度、リズムを刻んで歩いた。コツ、コツ、コツ。足音を石に伝え、石から大地へ、大地の奥の奥へ。
街道の石畳が、少しずつ振動し始めた気がした。
錯覚かもしれない。でも少年は確かに感じた。大地が、目覚めようとしている。長い眠りの底で、誰かの足音を待ち続けていたものが、今やっと気づきはじめているような感覚を。
歩くことで、何かが呼び起こされる。
それがこの道の、本来の意味だったのかもしれない。
道が谷へと降り始めたのは、日が中天を過ぎた頃だった。
両側の丘が高くなり、視界が狭まる。道の石畳が続いているが、ここでは石の大きさが変わっていた。ひとつひとつが、少年の胴体ほどはある巨大な石だ。それでも整然と並び、何千年もの歳月をたくましく生き延びてきた道の様相を呈していた。
谷の空気は、どこか違った。
重かった。水ではなく、時間の重さのようなものが漂っている。音も違う。石畳の足音が、谷の壁に反響してこだまする。自分の一歩が、いくつもの歩みに増幅されて戻ってくるような。
少年は無意識に、歩みを遅くしていた。
何かがある、という予感があった。
谷の奥に、さらに大きな岩があった。いや、岩ではない。最初は岩だと思った。でも近づくにつれ、その輪郭が変わって見えてきた。
それは、山だった。
いや、違う。
少年は立ち止まり、息を呑んだ。
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