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FOREST WIZARD~赤髪の少年魔法使いの物語~  作者: Lyric of Fantasy
第四章 選択と回循

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12/12

最終話、霧は晴れ、森は残る

これで、本作品は終わります。ここまで読んでくれた方々、お付き合いいただきありがとうございました!


ぜひ、『FOREST WIZARD~赤髪の少年魔法使いの物語~』の楽曲を聴きながら、最後まで楽しんでください。

▶ BGMはこちら → [https://www.youtube.com/watch?v=nLcDQyHGrVY]

王国は、変わらなかった。

少なくとも、その夜は。

少年が都で歌った翌朝、街の石畳はまだそこにあった。建物も、塔も、井戸も、全て変わらずにあった。人々は朝になると、また静かに動き始めた。昨夜のことを話し合う声は、ほとんど聞こえなかった。

でも、違うことが一つあった。

広場の中央を、人が通るようになっていた。

端を歩かずに。真ん中を、普通に。

それだけだった。でも少年には、それが十分に見えた。

都の門を出る時、少年は振り返った。

塔の最上階に、明かりが見えた。窓の前に、人影があった。老いた王の影だった。

少年は、その影に向かって、軽く頭を下げた。

返事は来なかった。

でも、明かりが、かすかに揺れた気がした。


少年は都を出た。

来た道を戻った。

石畳の古道が、あった。

足を踏み出すたびに、石が答えた。以前よりも、少しだけ強く。以前よりも、少しだけ明確に。地面の奥底から来る振動が、確かに増していた。

眠っていたものが、少し目を覚ましていた。

谷に差し掛かった時、少年は立ち止まった。

谷の奥の岩が、動いていた。ゆっくりと。おそろしくゆっくりと。巨人が、また体を起こしていた。

少年は待った。

巨人の目が開いた。深い緑色の目が、少年を見た。

「聞こえた」巨人は言った。

声が、谷に響いた。

「聞こえましたか」

「石を通して。遠かったが、確かに聞こえた」

少年は何も言わなかった。

「王国は、変わらなかっただろう」巨人は言った。

「はい」

「それでいい」

少年は顔を上げた。

「それで、いいんですか」

「世界は、一つの歌では変わらない」巨人はゆっくりと言った。「百でも、千でも足りないかもしれない。でも、始まりが必要だった。それが今日だった」

「ぼくが歌っても、星はまだ少ないです」

「そうだ」

「都は、まだ静かです」

「そうだ」

「何も変わっていないように見えます」

「見える、な」巨人は言った。「でも石は知っている。大地は覚えている。今日、広場で音が溢れた。その音が、石を通して、大地の底まで届いた。今日から、何かが変わり始める。お前たちには見えない速度で、ゆっくりと」

「いつ変わるのですか」

「分からない」巨人は素直に言った。「私の時間で言えば、すぐかもしれない。お前の時間で言えば、何年もかかるかもしれない。でも、方向が変わった。それは確かだ」

少年は空を見た。

昼の空に、星は見えない。でも夜になれば、少しだけ多くなっているかもしれない。少しだけ、昨日より明るくなっているかもしれない。

「お前はどこへ行く」巨人は尋ねた。

少年は少し考えた。

「森に帰ります」

「そうか」

「ここへ来る前にいた、霧の森に。また歌います。あそこで、もう一度歌います」

「誰もいない森でか」

「いい場所です」少年は言った。「木が聞いています。鳥が聞いています。苔が聞いています。森が聞いています」

巨人は、何か言おうとして、止めた。

それから、深く息を吸い込んだ。

その呼吸で、谷に風が生まれた。

「行け」巨人は言った。「また何百年か後に、誰かがここを通るかもしれない。その時まで、私はここにいる」

「……ありがとうございました」

「礼はいらない」巨人は言った。「ただ、歌え」

「はい」

「歌い続けろ。正しくなくていい。止まらなければ、それでいい」

少年は頷き、歩き始めた。

巨人がまた眠りについていくのを、背中で感じながら。


帰り道。

門柱をくぐった後、少年は振り返った。

王国の領域の境界に立ち、都の方向を見た。

塔が、夕暮れの空に黒く立っていた。

変わっていなかった。

でも少年の目に、何かが違って見えた。

単純な違いだった。あの塔の中に、疲れた王がいることを知っていた。石畳の下に、大地が息を吸い始めていることを知っていた。広場に音が溢れた夜があったことを、石が覚えていることを知っていた。

知っている、ということが、景色を変えた。

少年は前を向いた。

歩き始めた。


霧の森に戻るまでに、何日かかった。

石畳の古道を歩き、境界の門柱を抜け、丘を越え、林を抜け、少しずつ、霧の匂いが増えていった。

湿った苔の香り。

雨上がりの土の匂い。

鳥の声が聞こえてきた。

少年は足を止めた。

目を閉じた。

鳥の声を聞いた。以前と同じ声だろうか。変わっただろうか。少年には分からなかった。でも確かに、聞こえた。

森に入った。

木々が迎えた。というよりも、ただそこにあった。木々はいつでもそこにあった。少年がいなくても、少年がいても、変わらずにそこにある。

霧があった。

以前と変わらぬ霧が。薄く、白く、木々の間を漂っていた。

少年はゆっくりと歩いた。

苔の上を踏みしめた。足の裏に、柔らかさが伝わった。石畳とは全く違う、生きている柔らかさが。

木の幹に触れた。

掌に、温もりがあった。森の温もりが。

「ただいま」

少年は呟いた。

誰にでもなく。森に。霧に。苔に。木々に。

答えは来なかった。

でも、来なくていいと思った。

森はただ、そこにあった。それで十分だった。


少年は森の奥の、小さな開けた場所に腰を下ろした。

子供の頃からよく来た場所だった。三本の木が三角形に立っていて、その中央が少しだけ開けている。霧がうまく流れ込んで、いつもここだけ少しだけ霧が薄かった。

空が見えた。

夕暮れの空が。

星が出始めていた。

少年は数えた。一つ、二つ、三つ、四つ。

そこで止まった。

止まったのは、数えられなくなったからではなかった。多すぎて、追いきれなくなったからだった。

一つ、また一つ、星が現れ続けていた。

都にいた夜よりも、多かった。はるかに多かった。森の空気が澄んでいるせいかもしれない。でも少年には、そうではない気がした。

昨夜より、増えている気がした。

確かめる方法はなかった。

でも少年は確信していた。

少年は口を開いた。

今度は、ためらわなかった。

音が出た。

広場で歌った声よりも、少し落ち着いていた。震えはあった。でも以前の、誰にも聞かせたくないような震えではなく、生きているものが持つ自然な揺らぎだった。

木々が、少し揺れた。

風ではなかった。風はなかった。ただ、木々が揺れた。

鳥が一羽、枝に止まった。少年の方を見た。少年が歌うのを聞いた。それから、一声鳴いて、また飛んでいった。

霧が動いた。

いつも漂っているだけの霧が、少年の方に向かって、少しだけ集まってきた。

その霧の中に。

輪郭があった。

人の形をした、輪郭が。

少年は歌いながら、その霧を見た。

霧の女だった。でも以前とは少し違った。輪郭が、前よりも薄かった。形が、前よりも曖昧だった。

「歌った」女の声が言った。

少年は歌いながら、頷いた。

「聞こえた」

また頷いた。

「私の中にあるものが」女は言った。「少し軽くなった」

少年は歌を止めなかった。

「まだある」女は続けた。「三十年分はすぐには消えない。でも、少し」

霧の形が、かすかに揺れた。

「ありがとう」

女の声は、そのまま霧に混ざっていった。形が薄れ、霧に戻り、森の中に広がっていった。

少年は歌い続けた。

霧が、森全体に広がっていく様子を感じながら。


夜が、来た。

焚火を起こした。

炎がぱちぱちと音を立てた。その音に合わせるように、遠くで梟が鳴いた。草が、風に揺れた。

少年は炎を見ながら、歌っていた。

上手くなかった。正しくなかった。

でも止まらなかった。

空の星が、増え続けていた。数えるのは諦めた。数えなくていいほど、そこにあった。

世界は、救われなかった。

王国は静かなままだ。都の人々は、昨日と同じ朝を迎えたはずだ。魔法使いたちの目はまだ死んでいるかもしれない。広場を端ではなく中央を歩くようになったとしても、それだけだ。星は増えたかもしれないが、それがどれほどの意味を持つか、少年には分からない。

何も終わっていなかった。

何も、始まったばかりだった。

でも。

森があった。

霧があった。苔があった。木々があった。鳥がいた。梟がいた。炎があった。

そして少年がいた。歌える少年が、森にいた。

それだけのことが。

少年には、十分に思えた。

焚火の炎が揺れた。

少年は空を見上げた。

星が、あった。

霧の向こうに、かすかに輝く星が。森の木々の間から、覗き込むように見える星が。

全てではない。まだ全部の星が戻ったわけではない。

でも、あった。

あり続けていた。

少年は歌い続けた。

誰にも聞かせなくていい。鳥が聞いていれば十分だ。霧が聞いていれば十分だ。地面の奥底の石が聞いていれば十分だ。

歌が、霧の中に溶けていった。

霧が、木々の間を流れていった。

木々が、その歌を根の先まで伝えた。

根が、石に触れた。

石が、大地の底へと届けた。

遠い遠い谷で、巨人が眠りながら、微笑んだかもしれない。

塔の上で、老いた王が窓から夜空を見て、何かを感じたかもしれない。

集落の魔法使いの一人が、夢の中で、忘れていた旋律を思い出したかもしれない。

少年には分からなかった。

でも歌い続けた。

星が、少しずつ、少しずつ、増えていった。

霧の中で、少年の赤い髪が、焚火の炎に照らされて揺れていた。

生まれた時から知っていた、あの世界の中で。


そして世界は、また歌い始める。

ゆっくりと。

静かに。

完璧ではなく。

でも止まらずに。

次回作は、竜と吟遊詩人の物語を予定しています。お楽しみに!


この『FOREST WIZARD~赤髪の少年魔法使いの物語~』が気に入っていただけたら、チャンネル登録もぜひ。

新しい物語が公開されるたびに、音楽も一緒にお届けします。

▶ チャンネル登録はこちら → [https://www.youtube.com/@Lyric-of-Fantasy]

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