間層 借りは返す(後)《蛇字丸 友》
不安を解消するように二人の傍にいると、少しして奇妙な音と臭いがした。それと家を囲うように四方八方からデモらしき声も。
ダンジョンがどうのと叫んでいるのが聞こえる。借金取りのとこの差し金か、ヤバイやつらの間でそういう名簿でも回っているのかは分からないが厄介なことは続くものだ。
包囲網を突破しようと二人を抱えて走り出す――前に音と臭いの原因が判明した。火だ。どうやら家に火を放っていたらしい。祖父母の遺した家、思い入れはあるが命には代え難い。
姿勢を低くしつつ、火の音が比較的マシな正面玄関の方へ向かおうとしたその時。
「――っ! 【守勢聖域】!」
炎が牙となって襲ってきた。いや違う。
狼だ。炎そのものといった様相の狼が襲ってきたのだ。
防いだ牙が欠けて見慣れた薄黒い霧が漏れ出ている。
モンスター、だ。
なぜ、とか色々考えるべきことはあるかもしれないが今は目の前の障害を排除するのが第一。
「【聖女の旗】【攻勢聖域】【回天聖域】」
旗を突き立てて自身に強力な強化効果を付与。
そして攻撃の威力が上がるエリアと回復するエリア結界のようなエリアの上にを作った。この中からなら、多少は攻撃が通じるはずだ。
エリアの移動が再発動しかできないのがネックなスキルではあるが、こういった何かを守りながら戦うのには向いている。
炎の狼が爪で攻撃してきたものを【守勢聖域】で防ぎ、最短の距離で反撃に出る。エリア内からちょっかいをかけるのは慣れているが、本格的な攻撃は初めてかもしれない。
「はあッ!」
探索して身体機能も一般人とは一線を画してきている自覚はあったが、そこに自分のスキルを上乗せすると意外な結果になった。
倒せたのだ。ド素人のテレホンパンチでも。
――私ひとりでも戦える。強化効果に時間制限があるのがネックではあるものの、今後敵のヘイト管理だけをするなんてことにはならなそうでよかった。
「ねぇねすごい!」
「かっこいい!」
この場を凌げたのはいい。だが、狼が暴れたせいで火の手は既に【守勢聖域】の周囲一帯を覆ってしまっていた。
部分的に重なるように移動した後、一瞬で再発動すれば脱出できたかもしれないが、再発動までには時間を要する。いわゆるクールタイムというのがあるみたいなのだ。
「ねぇね、いこー」
「あぶないよ?」
「……少し待ってくれるか。準備がいるんだ」
仕方なく誤魔化すと、素直に「はーい」と受け入れてくれた。どういう仕組みか【守勢聖域】で煙は入ってこないが、効果時間も無限ではないので念の為低い姿勢をとらせた。
とはいえ現実は過酷なもので、聖域が切れるまでには行動に移さなければならない。二人を抱えて走る、しかも火で出口すら見えない中を。
最悪、私はどうなっても――
「蛇字丸さん!」
火の中から八百枝が飛び出してきた。制服やお面は節々が焼け焦げてはいるものの、それを苦にした様子はなさそうだった。
「八百枝! 悪いけどこの子達を先に――」
「よっしゃ、全員俺に掴まれ!」
「は? 何言って――」
「えぇい! これでもくらえ、ドミナスブラックビッグハグ!」
問答無用と私たちをまとめて抱き寄せてきた。その直後、私たちは外に居た。瞬間移動のスキル……なのだろうか。人肌とは思えない、体温を感じさせない彼の腕が離れた。
「これぞ、ドミナスブラックテレポート! どや!」
「おー! ミナミ兄ちゃんすっご!」
「ミナミにぃにすごーい!」
うざったいドヤ顔をしているが、私にはそれが正当な勝者の権利のように思えた。
「……さんきゅ、何から何まで」
自身の無力さを痛感した。所詮私に何かを変えることなんてできず、ただ誰かに頼ってばかり。そんな人生が反映されたスキルなのだろうか。私には、本当に何も無い。ただ守って、癒して、支えて、誰かに活躍してもらう戦い方が、どうしようもなくみじめでしょうもないものだと再確認できてしまった。自分を強化したとてたかが知れている。
――私は、どうしようもなく何もできない。
「俺だけの力じゃないっての。蛇字丸さんが火の手から守っていたからこそ傷一つなく救出できたんだし」
「そもそもサポートくらいしかできないから……」
それしかできない。
目の前の異質な存在に比べれば、私なんて――
「いいじゃんそれで。人間誰しもできることできないことくらいあるだろ。っと、ドミナスブラックとしての責務を果たさねば! ちょっとアイツらシメてくる!」
何気ないように、なんてこと無いように彼は流した。
できることできないこと、か。
確かに私は私ひとりで強敵を倒すなんてできないし、やれることに限りはある。でも、確かに逆に私のようなサポートができる人間がどれくらいいるだろうか。
そう考えると、自分の存在が肯定されたように思える。
あんなでも、ちゃんとマトモなことを言うんだと心の奥で少し笑いが込み上げてきた。
「ドミナスブラック! がんばれー!」
「にぃにおうちのかたきー!」
「ああ、行ってくる」
子供達の声援を、カッコつけて応じる八百枝。
瞬間移動で消えた直前の頼り甲斐のある背中は、どうしてもかっこよく見えてしまった。
笑みが漏れる。
兎渡香が惚れた男なだけはあって、人を惹きつける何かを持っているように思えた。
それから少しして、外国人の少女が信者? の暴走をどうのと謝罪し、借金が彼の手によって無くなったこと、放火のあれこれの補填としてホテルを丸々くれると伝えられた。流石にホテルはもらっても困るので断ったが、この辺で一軒家を用意してくれるとのこと。
決まるまでは、とホテルに移動した。
子供達が高級ホテルのフカフカベッドにはしゃぎ、部屋の中を駆け回るのを見ながら
明日、アイツにお礼ちゃんとしないとな。
すっかり更けた夜空を眺めながら、少しだけ“蛇字丸”という苗字が好きになったのだった。




